12.姉妹格差
アリア・ロースター。
私の三つ下の、腹違いの妹。
私が妾の子供で、彼女は正妻の子供。
その影響もあって、屋敷内での私たちの扱いは天と地ほどの差があった。
アリアが溺愛されている中で、私はいない者のように扱われる。
ほしいものはなんでも手に入る彼女と、願うことすらできなかった私。
最近では、婚約者を私から奪った。
「使用人たちが噂していたから、まさかと思っていたら……本当にいらしていたんですね。お姉さま」
「……ええ。元気そうね、アリア」
「はい。アリアはとっても元気ですよ。この通り」
彼女はその場でひらりと回って見せる。
きらびやかな服装を見せつけるように。
「この服似合いますか? 新しい服なんですよ」
「……そうね。似合ってると思うわ」
「ありがとうございます。ちゃんとお礼を言わないといけませんね。カイン様に」
「――!」
アリアの口から、その名前を聞きたくはなかった。
いいや、彼女とこうして向かい合った時点で話題には出ただろう。
なぜならアリアは、私のことが嫌いだから。
表情を曇らせた私を見て、アリアは楽しそうにニコッと笑う。
「お姉さまもご存じですよね? 私、カイン様と婚約したんです」
「……」
ご存じ?
当り前じゃない。
カイン様は私の婚約者だったんだから。
声に出して文句を言いたくなったけど、なんとかぐっと我慢した。
反発しても空しいだけだ。
早く会話を終らせたくて、私は作り笑顔で彼女に言う。
「婚約おめでとう。アリア」
「ありがとうございます。これもお姉さまのおかげですね」
「っ……」
わざとだ。
彼女はあえて私を煽っている。
怒りを吐き出す姿を楽しみにしている。
アリアはそういう子だ。
昔から……。
新しいドレスを貰うと、必ず私に見せに来る。
どうですか?
似合っていますか?
お決まりのセリフに私は答える。
うん。
似合ってる。
そう言うと彼女は嬉しそうに笑う。
だけど、褒められたから嬉しいわけじゃない。
私には一生縁がないものを見せつけて、その反応を楽しんでいるだけだ。
彼女は私のことが嫌いだ。
直接口で言われたことはないけど、間違いないと思う。
そういう嫌味な態度やセリフを聞いているうちに、私も彼女のことが苦手になっていった。
「ところでお姉さま、ここで何をされているんですか?」
「調べものよ」
「そうだったんですね。聞きましたよ。ユリウス殿下の元で働いているんですよね? すごいです」
「……ありがとう」
笑顔が少しだけ怖い。
快く思っていないことがよくわかる。
私の出世は彼女には面白くなかっただろう。
「でも、わざわざ屋敷に戻って調べものですか……王城で探せばいいのに。もしかして、王城にも居場所がないんですか?」
「……そんなことないわ。ここへ来たのは、よく知ってる場所のほうが調べやすいと思っただけよ」
「そうなんですか~。てっきり私、殿下の期待に応えられなくて追い出されちゃったのかと思いました。早とちりしてしまったみたいですね」
「……」
そうだったらよかったのに……。
声に出さなくても、彼女が考えていることなんて手に取るようにわかる。
あれはそういう表情だ。
本当に面白くないんだね。
私が殿下の元で働いていることが。
私が認められたことが。
こうして向かい合っているだけで、彼女の苛立ちが伝わってくる。
それが少しだけ……心地いいと感じてしまう。
私は読んでいた本を重ねて持ち上げ、本棚へと近づく。
「あら? もう調べものは終わりですか?」
「ええ、調べたいことはわかったから」
それに、アリアが来ちゃったら書斎も居心地のいい場所とは呼べない。
書斎にある呪いについて記された本は目を通した。
もう、ここで得られるものは何もない。
本を片付け終わった私は、急ぎ足で扉のほうへ向かう。
「そんなに急いで戻らなくても。せっかく久しぶりに会えたんですから、夜まで残っていってはどうですか? 夕食をご一緒できるかもしれませんよ?」
扉の前で道を塞ぐように立っていたアリアから、思わぬ提案をされた。
食事なんて、今まで一度も一緒に食べようとしなかったのに。
どういう風の吹き回しなのか。
「夕食を?」
「はい。お姉さまの分を用意していただけるかはわかりませんが」
「……そう」
そういうことね。
私に惨めな思いをさせようという……。
「ごめんなさい。夕食は先約があるの」
「先約? お姉さまに? 一体どんな方なんですか?」
「ユリウス殿下よ。夕食は一緒に食べようって約束しているの」
アリアがピクリと眉を動かし反応する。
明らかに笑顔がひきつる。
私のことを笑おうとした……これまでの意趣返しだ。
「ユリウス殿下と? ふふ、冗談がお好きですね、お姉さま」
「嘘じゃないわ。嘘みたいだけど本当なの。私も夢みたいって思っているから」
「……そうですか。殿下もお暇なのですね」
「そんなことないわ。毎日忙しそうにしているわよ」
言葉を返す度にアリアの表情が変化していく。
もはや笑顔とは言えない絶妙な表情で、私のことを睨むように見る。
私は心の中で笑ってしまう。
悪くない感覚だと。
「それじゃ私は行くわ。殿下から預かった大切なお仕事もあるから」
「……へぇ、どんなお仕事なんですか?」
「ふふっ、内緒よ」
「……」
私は彼女の横を通り、書斎から出ていく。
最後の顔は見ていない。
でも、容易に想像できる。
きっと今まで私に見せたことのない……面白い顔をしていたに違いない。