一発では済みませんでした
暴力的な描写があります。ご注意下さい。
身体を清め、ローブを羽織りフードを被り、長い廊下の国王の寝室の前。
この長い廊下に立っているのは、アシュリー1人。
ドアをノックすると『入れ』と声が聞こえた。
扉を開けて中に入ると間接照明の薄暗い部屋で、ガウンを一枚羽織っただけの国王が、牛皮で作られた最高級の椅子に座り酒を飲んで寛いでいる。
『来たか』
その下卑た好色な目が、アシュリーの身体を上から下に舐めるように見る。
『そのフードを取れ』
顔まですっぽり隠していたフードを取ると、アシュリーの銀の髪が揺れた。薄く化粧を施しただけの艶やかな肌に、ほのかに赤みを差した頬が愛らしい。
先程の舞を踊った気の強そうな顔から一転、あどけない少女の顔が見える。
このいたいけな少女を蹂躙するのも、また。
『ふふふふふ、悪くない』
グラスを一気に空にすると、カンッと硬い音を立ててテーブルに置いた。
『こっちにこい』
『……』
アシュリーはその場から動かない。
『おい、聞こえないのか!』
『陛下にお聞きしたいことがございます』
国王はギロリと睨んだ。
『ふざけるな小娘。娼婦ごときが舐めた口を利くな』
『それは困りましたね。私は娼婦ではないので、そんなこと言われても』
アシュリーは、クスクスと笑う。
『お前、何者だ!』
国王がそう叫んだと同時に、アシュリーが一気に国王に詰め寄り、喉元に隠し持った剣を突きつけた。
『なっ?』
アシュリーがニコリと笑う。
『何者でしょうか?』
『あ、暗殺者か?』
『さぁ?』
『え、衛兵!侵入者だ!衛兵!』
『残念』
『な、何?』
アシュリーは剣を指差した。
『これ、外の衛兵さんからお借りしました』
アシュリーをこの部屋に案内しようとした者、廊下に立っていた衛兵たちは床に倒れている。
『お話をしましょう』
『……何を、だ』
『あ、そうそう。鍵あります?』
アシュリーは魔法封じのアンクレットをつけた足をテーブルに乗せた。
『……』
口を開こうとしない国王の首にさらに剣を強く押し付け横に動かすと、僅かに皮膚が切れ血が滲んだ。
『横のチェ、チェストの二番目』
椅子の横に置かれたチェストの二番目の引き出しを開けると、紋章の刻まれた四角いブローチのようなものがあった。勿論ブローチではない。アンクレットの鍵だ。
アシュリーはそれを取り出すと国王に渡した。
『これ、魔力を注入するのよね?』
『……』
『安心して下さい。別にあなたを殺しに来たわけではないんで』
『では、何しに来た?』
『とにかく、早く鍵を使えるようにしてください。話はそれからです』
国王は、苦々し気な顔をしながら鍵に魔力を注入した。それをアンクレットに翳すことで鍵が外れる。
アシュリーはアンクレットを外し、剣をベッドの上に放り投げると、国王の座る椅子の対面に置かれたもう一つの牛革の椅子に座った。
『貴様、暗殺者でないなら目的はなんだ!』
『昔話が聞きたいんですよ』
『なんだと』
国王は意外な言葉に眉を顰めた。
『ムーラを知ってます?』
『ムーラだと?』
国王は暫し考えてから、急に笑い始めた。
『はははは、わかったぞ。お前、あの時のムーラの子供か!』
合点がいったのか、下卑た顔が戻ってきた。
『思い出してくれました?』
『あぁ、思い出したよ。あははは!あれは良かったなぁ。いい女だった。踊りも一流だったしなぁ。閨でも随分と楽しませてくれたものだ。あぁ、思い出したわ。私を謀って、逃げ出したムシケラが!だが、まぁ、いい。その分、愉しませてもらったからなぁ』
ニヤニヤしたその顔が益々醜く歪む。
『でも一番傑作なのは、あの、醜く媚び諂った顔だ。男たちに犯されて、助けてー、許してー、と叫んでおったわ。はははははは。あれは最高だったなぁ、もう見られないのは残念だ』
『……』
国王はアシュリーの方に身を乗り出して。
『お前の母親は実に惨めだった、ははははは』
アシュリーは俯いて拳を震えるほど力を込めて握っている。
小さく詠唱した国王はニヤッと笑って手を翳した。
『爆発』
国王がアシュリーに向かって放った爆発を、アシュリーは顔を上げることもなく、青白い炎を纏わせた手で弾き飛ばすように相殺した。
『な、ん…』
アシュリーは立ち上がり、国王に近づく。国王は続いて一発、二発と爆発を放ったが、全て相殺された。
『く、来るな』
『なんで攻撃するかなぁ』
アシュリーの目は、それだけで震えあがって動けなくなるほどの憎悪を孕ませている。
その身体から立ち上る黒い揺らめきは一体なんだ?
『ヒッ…』
アシュリーに睨まれた国王は、再び爆発を放とうとしたが口が震え詠唱が出来ず、目の前に立ったアシュリーに顔を殴られた。
『ガッ』
国王の口から歯が飛んだ。
『それで?』
『ヒッ…』
更にもう一発。
『グゥッ』
『お前は、母を殺したんだな?』
『わ、わ、わた、私が殺したんじゃない!」
もう一発。
『ウッ』
『同じだ』
更に。
『グァ!た、たすけ』
『母もそう言ったはずだ』
思い切り。
『ガッ!ゆ、ゆるし、て』
『母も同じことを言っただろう?』
殴って殴って殴って。
『ただ、お前と違うのは、母は自分が助かりたいから言ったわけじゃない。私を守るために惨めに振舞ったんだ。お前のクソみたいな欲望を満足させるために』
アシュリーの顔に返り血が付き、手は血まみれ。でも殴る手は止まらない。
殴って殴って殴って殴って。
心の底から湧き上がってくる憎しみが、殺してしまえ、と訴えてくる。
息も絶え絶えの醜い肉塊が、アシュリーのどす黒い感情を掻き立てる。
もっと殴りたい。もっとぐしゃぐしゃになるくらい。辺りが真っ黒になるくらい。
もっと苦しめ、赦しを乞え。それを踏みつけるのは。
快感だ。
――絶対に殺してはいけない――
ふと頭の中にサミュエルの声が聞こえた。
漸く止まったアシュリーの拳は真っ赤で、ローブにも返り血が飛んでいる。気を失っているのか国王は声も発せず。
『……』
でも、まだ息はある。サミュエルとの約束は、今のところ守られている。
血まみれの国王を見て、自分の手を見た。顔にも返り血を浴びた。
「汚い」
アシュリーはそう呟いて、ベッドのシーツで手を拭いた。でも、キレイには拭えない。
「……」
心に根付いた醜い感情のドス黒さは自分も国王も大差ない。
自分に巣食うものは怒り。国王は欲。ただそれだけの違い。そして、境界線を越えるか越えないかの違い。
越えたら終わりだ。アシュリーは今、その線を越えそうになった。
「セーフ」
と、一人で納得した。まだ、殺していない。
気が付けば、王宮内の人間が騒ぎ始めていた。
廊下に衛兵が倒れてて、異常事態に気が付いたのかもしれない。
大きな足音が聞こえてくる。
アシュリーは窓を開けると素早く屋根を伝い、西の離宮に向かった。
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