アシュリーは騎士になった
ユーゲル家に来て四年の間に、アシュリーはすっかり言葉を覚え、可愛らしく逞しく育った。
勉強は好きではなかったが、サミュエルがちゃんと勉強はした方がいいと言うので、アシュリーはその言葉に従った。
元々元気で活発なアシュリーは、言葉を覚え生活に慣れてくると、お転婆な本性を現し始めた。
ジェイやオリビアの嫌がらせに対して抵抗したのは七歳の時。
その頃には言葉も随分と達者になり、言い返せるまでになった。
「時々魔法が勝手に出ちゃうの」と言うアシュリーは、自分に嫌味を言うジェイとオリビアの前で火柱を発動して、二人を驚かせようとした。でもちょっと火力が強すぎた。二人は泣きながら逃げ出して、カミラに二倍にも三倍にも話を盛って告げ口。
カミラに、罰として一週間の間、一日にパン一つのみにされたのは流石に堪えた。
八歳の頃、言葉を教えてくれていたマデリア伯爵夫人が振り上げた鞭を灰にした。
突然のことに理解が追い付かないマデリア伯爵夫人に対して、青白い炎を手に纏わせて態度を改めるように脅迫をした。
マデリア伯爵夫人がカミラに言いつけ教師を辞すると、罰としてアシュリーの食事が一ヶ月間、一日にパン一つのみにされた。
その時は、サミュエルがお菓子をいつもより多めに持ってきてくれた。
そして、何故か毎日フルーツが部屋の前に置かれていた。誰が置いて行ってくれているのかは分からなかったけど、美味しく頂いた。
九歳の頃には可愛らしい容姿に美しさが加わり、益々カミラの嫉妬を買うことになる。
庶子といえど、公爵令嬢。加えて、美しい容姿に、青白い炎をいとも簡単に発動する素質。
もし、社交界にデビューすれば間違いなく求婚が殺到する。そんなこと、カミラが許せるはずもない。
ガトレアはアシュリーに淑女としての教養を全て身に付けさせようとしたが、カミラはダンスや刺繍などは習わせなかった。
しかし、アシュリーにしたらありがたい話だ。ダンスも刺繍もアシュリーには退屈過ぎる。
アシュリーは踊り子の娘。貴族の優雅なダンスより、妖艶で情熱的な踊りの方が胸が躍る。
母親と離れるまでずっと踊りを見てきた。自分もいつかは母のような踊り子になりたいと思っていたのだから。
十歳の誕生日。アシュリーは騎士団に入ることになった。
折角の魔力も使わなければ持ち腐れ。
そう笑って、アシュリーが十歳になったら騎士団に入れるように、カミラがガトレアに進言したのだ。
それは、アシュリーが屋敷に来て間もない頃の話。つまり六歳の頃には、夫婦の間で騎士団入りが決まっていた。
騎士団にしたらいい迷惑だ。
ガトレアからは絶対に怪我をさせるなと言われ、カミラからは他の見習いと同じように扱えと言われた。
どちらに従ってもどちらかの不興を買う。
団長の頭髪が頼りなくなってきたことには、誰も触れなかった。
「アシュリー!そこで一気に行け!!」
「ガイ!引くな!!もっと踏み込め!!」
今はユーゲル公爵家有する騎士団の演習場中央で、休憩時間を使って行われている模擬戦の最中。勝てば今日の晩御飯は敗者持ち。
アシュリー対ガイの戦いが決したのは、アシュリーがガイの剣を躱して空に舞い、更に下から上に振り上げたガイの剣を躱し、逆にアシュリーが横に振り抜いた剣に一瞬遅れたガイが、脇腹を強か打ち込まれたからだ。
「くっ、ま、参った…」
「よし、今日は夜鍋屋だ」
そう言ってニッと笑ったアシュリーに、仲間たちが近寄って来た。
「ガイ、情けないぞ」
「団長、アシュ相手によくやったと褒めてやってくださいよ」
騎士団団長であるゲオルフの言葉に返したのはガイではなく、ガイに治療薬を飲ませているマシューだ。
「今日はイケる気がしたんだけどな」
ヘラッと笑うガイに、アシュリーもニヤッと笑う。
「食べ物を賭けたら、私は負けないよ」
その言葉に騎士団の団員がドッと笑った。
「アシュの食い意地には誰も敵わないからな」
アシュリーは花も綻ぶ十六歳になったが、その花は可憐とは程遠く、戦いの際には勇ましくも先陣を切る先駆け隊長に成長していた。
騎士団は平時、魔獣討伐や災害時の救助活動などを主としてる。そして戦争が起これば、前線で戦う。
幸いここ数十年国家間の争いもなく、表面上は平和を保っている為、騎士団の仕事は魔獣の討伐が殆どだ。
アシュリーは、銀色の美しい髪を靡かせて軽々と舞い、細い身体のどこにそんな力があるのか、信じられない力で巨体の魔獣を蹴散らす。
半年前に大猪が三頭領内に出没した際、アシュリーが先陣を切り二頭の首を立て続けに斬り落とした。
「また夜鍋屋か。アシュは本当に好きだな」
「サミュ副団長」
騎士団副団長のサミュエルが、アシュリーの頭にポンと手を乗せて微笑んだ。アシュリーは、今も変わらずサミュエルをサミュと呼ぶ。
「副団長、アシュを甘やかすのは止めて下さいよ」
サミュエルがアシュリーに甘いのは騎士団の誰もが知る所だ。
アシュリーの生い立ちを知る者たちにしたら、サミュエルが妹のように可愛がることも仕方がないと理解できる。
実際、騎士団に来るまでアシュリーの傍にいたのはサミュエルだけ。とは言っても、庭の隅に隠れている僅かな時間しか傍にいることは出来なかったが。
最初、サミュエルをアシュリーの護衛にしようとガトレアは考えた。しかしカミラはそれを許さなかった。そもそも、サミュエルは次期当主であるジェイの護衛騎士になる予定なのだ。
しかしガトレアは、別邸で一人で過ごし、庭の隅で一人で過ごすアシュリーが心配でならない。
彼女は自分の血を受け継いだ公爵令嬢なのだ。それに……。
それならばと、サミュエルが別邸に足を踏み入れず、アシュリーが十歳になったら騎士団に入れることを条件に、庭でのみ面会を許した。
公爵令嬢が騎士になるなどあり得ないことだ。
きっと厳しい訓練に耐えきれず、逃げ出すに決まっている。その時は、上手に邸を出て行く方法を教えてあげよう。そして、自分の実家である侯爵家の使用人にでもすればいい。カミラはそう思っていた。
残念なことにアシュリーは先駆け隊長にまで成長し、騎士団は最高の居場所となってしまったが。
「サミュ副団長も行きますよね?」
アシュリーに期待がいっぱい詰まった瞳で言われれば、サミュエルが行かないと言えるだろうか?
「勿論行くよ、ガイの奢りだろ?」
「ひぇー、勘弁して下さいよ」
ガイの情けない声にマシューも便乗した。
「ガイの金がなくなると、今度は俺がこいつに奢らないといけなくなるんで、ホント勘弁して下さい!」
「本当にお前たち、仲が良いな」
ガイとマシューはずっと二人で頑張ってきた。
サミュエルのように、貴族で騎士として入団する者も居れば、平民で見習いから騎士になる者も居る。
平民の場合は十歳から見習い騎士として仮入団が認められ、厳しい訓練に耐え実力を認められた者だけが騎士になれる。
ガイとマシューは幼馴染で、平民ながら公爵家の騎士となった、いわば叩き上げだ。
ユーゲル公爵家の見習い騎士への門は広い。
平民の誰にでもチャンスがあって、体力を試す簡単な試験だけで見習い騎士になれる。
それに、見習い騎士にお給金が出るのも平民にはありがたい。だが、お給金目当てで仮入団した者は、それを手にするより前に早々に逃げ出す。
見習いの騎士にはなれても騎士になれるのは、厳しい訓練に耐え抜いた者だけ。
それに、十六歳までに騎士として認められなければ、諦めて去らなければならない。
見習い騎士が騎士になれるのは、力を認められたほんの一握りなのだ。
「仕方がない。今日は俺が奢ってやるよ。来たい奴は練習が終わったら適当に夜鍋屋に集合!」
ゲオルフの言葉に団員たちはワッと賑やかになる。
「さすが団長!」
「ごちになります!」
さっきまで全く行く気の無かった若い団員たちも、顔を輝かせて模造剣を振り出した。
「ったく、現金な奴らだな」
頭をポリポリと掻くゲオルフを、ニヤニヤしながら見ているのは、ベテランのヤクマとトマス。
「やっぱり我らの団長は優しいな」
「まったくだ」
揶揄い気味の口調にぴくッと鼻を拡げるゲオルフ。
「お前らは行く気は無いようだな」
「ま、待てよ、団長」
「そうだよ、冗談だって」
「なら訓練終了まではしっかりと剣を振れ」
ゲオルフのその言葉に、ハイよっと軽く返事をして、二人は剣を合わせた。
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