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敵陣の真ん中で


式典が終わりいよいよ歓談の時間となり、アシュリーの出番も近づいてきた。


「やっぱり無いわね」


ダーシャは大きく溜息を吐いた。


アシュリーが使うはずの聖剣がどこを探しても無い。


通常聖剣は、火の鳥を模した台座に置かれ厳重に保管庫に保管されている。


それを、今日の為に保管庫から出し、特別な部屋に用意されていた。その部屋の扉の前には衛兵も居たのだ。


それにも関わらず聖剣がないと言うことで大騒ぎとなっている。


このままでは衛兵の首は跳び、管理を任された者、さらには踊り子であるアシュリーに疑いが掛かり、ダーシャにも飛び火する。


「まさかそんなことをするとは思えないけど」


ダーシャの頭にメリルダが浮かんだ。仮令気に入らないことがあったとしても、こんな浅慮なことをするような子ではなかったはずだ。


取り敢えずメリルダを捕まえて聞き出そうとするも、そのメリルダが見つからない。


「これは決定的かしら?」


爪をギリッと噛んで焦るダーシャの横で、アシュリーは大会場に並ぶ料理に目が釘付けだ。決してアシュリーが食べることは無いのだが。


「あれは絶対に旨い」


もう、涎が垂れそうだ。


「あんた、何のんびりしているのよ」


衛兵も侍従も王宮内を探し回って大騒ぎしているのに、とダーシャは溜息ばかり。


既にほかの踊り子が踊り始めている。あと二曲終わればアシュリーの番だ。


『あら、どうしたの?』


不意に後ろからメリルダの声がした。メリルダはアシュリーの前に踊る。


『どうしたじゃないわ。あんた聖剣をどこにやったの?』


ダーシャがメリルダに詰め寄った。


『やだぁ、聖剣を無くしたの?大変じゃなぁい』


メリルダは両手で口元を隠して目を見開いた。


『白々しいわね』

『私を疑っているの?止めてよ、私は知らないわ』


困ったような顔をしたメリルダに、アシュリーがずいっと近づいて顔を覗き込んだ。


『な、何よ?』

『ふふふ、悪い顔』


アシュリーは可笑しそうに笑う。


『なんですって?』


アシュリーはそれだけ言って、準備しておいた水を口に含む。


『問題ないわ、ダーシャ』

『大問題よ!』

『見つからないもんは仕方がないわよ。それに、犯人が捕まれば罰を受けるでしょうし』


アシュリーはチラッとメリルダを見た。犯人が捕まれば間違いなく斬首。メリルダは僅かに蒼褪めたが、フンとそっぽを向いた。


ダーシャはドキドキしながら、誰かが聖剣を届けてくれることに僅かな望みを託した。が、残念ながらアシュリーの番が来てしまった。


真っ蒼なダーシャ。


「ジュジュ……」


もう泣きそうだ。


「大丈夫」


アシュリーはそう言うと大きく深呼吸をして、大会場に入って行った。


アシュリーが会場に入ってきた時、皆一様に驚いた。


誰もがメリルダが剣の舞を踊るのだろうと思っていたが、予想に反してメリルダは別の曲を踊り、真っ赤な衣装を着て出てきたのは、新顔の銀髪に白い肌をした少女。


真っ赤な衣装と言うことは剣の舞だ。なのに聖剣を持っていない。その両手に持っているのは赤い布。


ザワザワとする人たちを気にも留めないで、賓客が囲む広いステージに立った。


ステージと言っても、国王と王太子そして王妃を中心に王族の賓客たちがぐるっと大きく囲むその中央がステージ。


アシュリーが手にしているのは、ヒップスカーフの両サイドに垂らしていた赤い絹。


楽団は音楽を始めていいのか迷っていたが、アシュリーが小さく頷くと演奏を始めた。


『なんてことだ!』

『聖剣はどうした!』


直ぐに周りから非難の声が飛ぶ。


聖剣を持たない剣の舞などあってはならない。


『誰か、アレを止めろ!』


王族の一人の声で、衛兵がアシュリーに近づこうとしたが、それを制する国王の声。


『よい!!』


その言葉に衛兵が止まった。


『ふふふふ、これはこれで面白い』


国王はアシュリーを舐め回すように見ている。


白い肌に銀色の髪。なかなかの上玉だ。それに、メリルダ(アレ)にもそろそろ飽きてきた。丁度替え時だ。国王は下卑た嗤いを浮かべた。


アシュリーは踊りを止めることなく、赤い絹を剣の様に振り軽々と跳んだ。赤い絹は炎の様に揺らめき、次第に人々がアシュリーに目を奪われていく。


腰を艶めかしく振り、誘うように視線を流し、かと思えば激しく情熱を赤い絹に揺らす。


数回高く回転するように跳び、赤い絹を両手で掴む。それはまるで剣のようで炎のようで。


赤い絹を持って腕を前に突き出し、にじり寄りながら挑むように向けた目は、存分に国王をゾクゾクさせた。


あの目を屈服させるは、さぞや痛快であろう。


『……』


王太子は横目に国王を見ながら溜息を吐いた。


自分の誕生祝いでなかったら、こんな席さっさと立っているのに。


あの娘は哀れだ。何も知らずに、父に気に入られようと必死に媚びて。いつまでそんな目をしていられるやら。


若く美しく、生命力に溢れた情熱的な踊り子。最初は皆そうだった。だんだん、欲に(まみ)れてくだらない策を巡らして濁っていく。


この国は腐敗している。国王は国を治めることよりも欲を満たす方だけに注力している。王族は国王に取り入ることに頭を働かせ、私腹を肥やすことだけが全て。


この国に尽くしているのは、本当に国を思い憂いている一部の良識ある者だけ。


それらは、王太子である自分が早く国王になることを望む者ばかり。


しかし、国王は死ぬまでその座を退く気は無いだろう。


国を憂いているのに行動を起こせない自分の弱さが情けない。このままでは、この国は沈んでしまうというのに……。


気がつけばアシュリーの踊りは終わり、この会場を後にしていた。


まだまだ、余興は続く。





踊り終えて控室まで来た時、中が騒がしいことに気が付いた。


部屋に入るとメリルダと数人の踊り子が拘束されていた。聖剣が保管されていた部屋の扉の前に立っていた衛兵も拘束された。


メリルダは恐ろしい形相で、ダーシャに罵声を浴びせている。


『あんたが、あたしを裏切ったからよ!』

『……』

『あんたがー!』


ダーシャは何も言わずに悲しそうな顔をしてメリルダを見つめている。


衛兵に引き摺られるようにして、部屋を出ようとしているメリルダがアシュリーに気が付いた。


『あんた!許さないから!絶対に許さないからね!!』


メリルダはアシュリーに体当たりをせんばかりに近づこうとしたが、衛兵に引っ張られそのまま部屋を出て行った。


メリルダを見つめるその先に、アシュリーを見つけたダーシャはホッとした。


アシュリーが聖剣を持っていないことで国王の怒りを買えば、全てがお仕舞だと思ったが、その心配は杞憂に終わった。


しかしホッとしたのも束の間、聖剣を隠したのがメリルダであることが発覚し、そちらに向かわなくてはならなくなったのだ。

 

メリルダの所に向かおうとした時に、国王の側近から呼び止められたが、それは予定通り。


最後までアシュリーの踊りを見ることができなかったのは残念だったけど。


兎にも角にも。


「ジュジュ、……よかった」

「本当、これ踏んで転ぶようなことがなくてよかった」


アシュリーは手に持った赤い絹をひらひらした。


いや、心配していたのはそこじゃない。…でも、まぁ生きていればなんでもいい。


「それにしても、こんなのを代用するとわね。捕まったらどうするつもりだったのよ」

「なんとかして逃げるつもりだったわ」


特に何も考えていなかったのね。


しかし、まさかのヒップスカーフを聖剣の代わりにしてそれを許すとは、国王がいかに王太子を軽視しているかよく分かる。


さて。


「ジュジュ、国王の閨に呼ばれたわよ」


アシュリーはニヤッと笑った。








読んで下さりありがとうございます。

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