一発殴ると決めました
暴力的な描写があります。ご注意下さい。
最初で最後と決めたステージを終え、アシュリーの中では何かが完結した気がした。
母との思い出は幸せな部分だけでいい。
母が自分を生かしてくれたんだと思えば、娼婦であったことにショックを受ける方が失礼だ。
母は精一杯生きて自分を育ててくれた。だから、母の影を追うのはもう止めよう。
そう自分で納得した。
「ムーラを殺したのは国王だよ」
その言葉をダーシャから聞くまでは。
「なんで…」
アシュリーは身体の血が一気に下がるのを感じた。頭から顔に氷が這うような不快感。
なぜ?
「なんで国王に、お母さんが?」
「ジュジュ」
つい声が大きくなってしまったアシュリーをサミュエルが止めた。
「サミュエル様?サミュエル様は知っていた…?」
「……」
「サミュちゃん?知ってたの?」
ダーシャが眉根を寄せてサミュエルを見た。
「……すまない。公爵閣下から少し聞いているのは確かだ。ムーラ殿が拘束されたという事実は掴んでいるから、多分そうだろうと」
「嘘、なんで…?」
「……ジュジュが知っているのか分からず、話すことが躊躇われた」
惨い話なのだ。知らない方がいいこともある。
「教えてください、サミュエル様。私には知る権利があります」
アシュリーの真剣な目を逸らすことが出来ず、サミュエルは大きな溜息を吐いた。
隠すことは出来ないと諦め重い口を開き、ガトレアから聞いたことを話した。出来る限り感情を殺して。
そして、サミュエルの後にダーシャがパトロンから聞いた話を続けた。
拘束されたムーラは、王宮に連れていかれ、そこで王族の男たちに犯され、興奮した若い男たちに殴り殺されたと。
ダーシャのパトロンもムーラを犯した男たちの一人だった。
国王は、笑いながらムーラの亡骸をゴミ置き場に捨てて来いと言った。
「ムーラは泣きながら許しを乞うてな、陛下は満足そうに笑っていたんだ。あの女が惨めであればある程、陛下は喜んでいた。それには本当、ゾッとしたよ」酒に酔ったパトロンが、「昔のことだ」と言いながら話している間、ダーシャは何度その首を絞めてやろうと思ったか。
ダーシャが話をしている間、部屋には余計な物音一つせず、ドアの向こうで子供達がキャーッと楽しそうに騒いでいる声が聞こえる。
ライは、自分と同じように屋敷に住む子供達と仲良くなり、毎日駆け回っている。
そんな幸せな空間の隣で、アシュリーは血が滲むほど唇を噛み締めているのだ。
「母は、ワザと惨めに振舞ったのね」
「……そうね」
国王が満足するように。アシュリーのこと等忘れてしまうくらい満足するように。
「……」
アシュリーは静かに口を開いた。
「ダーシャ、前に言っていた王宮のパーティー。私も一緒に行けない?」
「ジュジュ、ダメよ…」
「別に死にに行くわけじゃないのよ」
「……復讐をするのか?」
静かにサミュエルが口を開いた。
「……」
「私は、ジュジュのしたいようにすればいいと思ってる」
「サミュちゃん!!なんてことを言うの?」
サミュエルの思いがけない言葉にアシュリーはじっとサミュエルを見た。
「ただ、絶対に殺してはいけない」
「本当に何を言っているのよ!当たり前でしょ?」
「アシュリー」
サミュエルは真っすぐにアシュリーを見た。
「私の言っていることがわかるかい?」
「はい、ただ、一発殴りたいだけです」
「ならいい」
サミュエルはアシュリーと呼んだ。ジュジュと呼ぶと決めてから、一度もアシュリーとは呼んでいなかったのに。
アシュリーは、騎士団の先駆け隊長。
ジュジュは、ただの踊りが好きな女の子。
今、サミュエルの目の前にいるのは冷めた瞳に青い炎を宿したアシュリーだった。
魔獣を討伐する時、一切の躊躇いもなく殲滅するアシュリーは、表情もなく淡々と行う。だが、時折見せる笑みをサミュエルは見逃さなかった。
アシュリーは楽しんでいる。魔獣を殺すことを。
害なす魔獣に情けは要らないが、あの表情にゾッとしたのも確か。
アシュリーの中に眠る狂気を見た気がした。
今のアシュリーは、その狂気を呼び起こそうとしているようで、サミュエルは釘を刺した。
その狂気が国王と対峙した時に目を覚ますことだけは無いように。
「ジュジュ、本気?」
「何が?」
「復讐よ」
ダーシャは自分の声が震えていることに気が付いた。アシュリーが復讐をすると言うなら、きっとするのだろう。
「一発殴るだけよ」
「……そう。……なら、私も協力するわ」
ダーシャは覚悟を決めた。ここで逃げるわけにはいかない。
国王を敵に回すのだ。怖くて怖くて震えが止まらない。
でも、引き下がるわけにはいかない。自分にも復讐を手伝う理由がある。
まさかパパもムーラを?それを知った時、本当に殺してやろうと思った。でもダーシャにはあの男を殺すなんて出来なかった。
でも、決めた。パトロンとして使えていたのはとうの昔。搾り取る金も無いし、名前以外には使い道のないジジィだ。別に愛した男じゃない。
ダーシャはグッと拳を握った。
「まずは宮殿の見取り図が必要です」
アシュリーが言った。
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