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ヘタレ、へっぽこ、意気地なし


なかなか寝付けない夜。


数日経ってもアシュリーの興奮は冷めない。ベッドで横になって目を閉じても、あの夜を思い出すと焦がれる熱が全身を駆け巡る。


なんだか卑猥に聞こえるが、全て初舞台の踊りのことである。


全く眠気を感じないアシュリーは、寝るのを諦めてベッドから降りた。少し開けていた両開きの窓を大きく開け星を眺めていると、後からライの寝言が聞こえてきた。


『あめー、ちゅちゅ、あめーはちゅちゅ……』


最近お気に入りの歌らしいが全然意味が分からない。


ライはラジャ語は随分と話せるようになり、出会った頃からは想像できないほどやんちゃな男の子になってきた。


「ふふふ」


可愛いなぁ。


「ずっと、このままでいられたらいいなぁ」


ここに来てから、いろいろと母の辛い話を聞いて沢山泣いたが、それでもあの家に居た時よりずっと幸せだと感じている。


自分の心が固まっていたことに気が付いてから、泣きたい時は泣くことにした。


自分の気持ちが分からない時は、ゆっくりと自問自答してみることにした。


知らなかった感情を受け入れて混乱したら、全部言葉に出してみることにした。


そうしたら、とんでもないことに気が付いてしまった。


好き。


言葉にしたら、また混乱してしまったのだが。


「ジュジュ」


どこからかサミュエルの声が聞こえる。


「サミュ様」


アシュリーの部屋は屋敷の二階。サミュエルの声は外から聞こえる。アシュリーがバルコニーまで出て下を見ると、サミュエルが見上げていた。


「何しているんだ?」

「星を見ながらライの寝言を聞いていました」

「ああ、それはいいな」


アシュリーはクスクスと笑った。


「そっちに行ってもいいか?」


サミュエルが訊くと、アシュリーはちょっとドキッとしながら「はい」と返事をした。


それを聞いてサミュエルは身体強化を掛けて跳び上がり、バスコニーに居るアシュリーの横にトンと立った。


「寝ないのか?」

「なんだか眠れないんです」

「そうか」


そう言ってサミュエルは空を見上げた。アシュリーも。


美しい弓張月を眺めながら、ふとサミュエルの顔を見た。


「ん?」

「い、いえ」


サミュエルの穏やかな顔は昔とちょっと違う?


「サミュ様、どうかされましたか?」

「いや、なんとなくジュジュに会いに来た。寝てたら帰ろうと思っていたんだ」

「そうでしたか」


『ぶたしゃは、ととのーおなかとおなじ…』


「「……ふふふふふ」」


ライはとても楽しい夢を見ているようだ。


「ジュジュにお願いがあって」

「なんでしょう?」


サミュ様からのお願い?なんだろう。


サミュエルは言い辛いのかなかなか言い出さない。


「?」

「……そろそろ、私のことは、サミュエルと、…呼んでくれないだろうか」


え?っとサミュエルを見れば、月明かりに照らされたその顔が赤い。


「い、いや、サミュ様っていうのは、ジュジュがちゃんと言えなかった時の、その、子供の時の呼び方だから。……や、いい、何でもない。気にしないでくれ」


慌てて取り消すサミュエルは、プイッとアシュリーと反対側に顔を向けた。


「サミュエル」


アシュリーはポツリと呟く。


「いや、いいんだ、本当に。…あー」


アシュリーが呼べば、顔を両手で隠して後悔の声が漏れる。


「サミュエル様」

「……」

「サミュエル様」

「……面白がっているだろう」

「……へへ」


こんなサミュエルを見たことがない。なんて言うのか、可愛い。


サミュエルは空を見上げている。


そう言えばサミュエルがここに来て、そろそろ一ヵ月が過ぎる。


「ジュジュはここが好きかい?」


生温い風が髪を撫で、木の葉を揺らす。


「はい、好きです」

「ユーゲル公爵家に帰るつもりは?」

「そうですね、いずれは帰らないといけないと思っています。勝手に消えちゃいましたから」

「そうだな、騎士団の皆も心配しているしな」

「……でも」


でも。


「サミュエル様は?帰るんですよね」

「……私は」


サミュエルはじっと言葉を選んでいる。


「私は既に生家の伯爵家も出ているし、ただの騎士だ」

「はい」

「……」


サミュエルは徐にアシュリーの方を向いた。


「だから、私は、ジュジュが望んでくれるなら」

「……なら?」

「……はー」


言葉が詰まる。


「サミュエル様」

「ジュジュが、望んでくれるなら、…私はジュジュと共に、ありたい」

「……」

「と、思う、の、だが……」

「サミュエル様…」


サミュエルの声は、最後までははっきり聞こえなかった。


「いや、すまん。もう遅い、私は部屋に戻る」

「え?」


そう言うと、サミュエルはヒョイっと欄干を飛び越えて地面に綺麗に着地した。


「ちょ、サ、サミュ様?」


アシュリーは慌てて下を覗いたが、顔を赤くしたサミュエルは、「早く寝ろよ」と言って手を二三回振って走って行ってしまった。


アシュリーはハーッと息を吐いて、座り込んだ。


「……ヘタレ、へっぽこ、意気地なし」


アシュリーの顔が赤いのは、きっと暑い気温のせいだ。







読んで下さりありがとうございます。


ヘタレは好物です。

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