アシュリーは再び舞う
少し暴力的な描写があります。ご注意ください。
ダーシャに抱かれたまま眠ってしまったライをベッドに移し、屋敷の扉の前でアシュリーとサミュエルの帰りを待つダーシャ。
日を跨ぐ頃、静かに会話をしながら帰ってきた二人は、血生臭いことをしてきたとは思えないほど穏やかだ。
血を浴びたアシュリーと平然としているサミュエル。そして、そんな二人に少し背筋を寒くしているダーシャが居る。
結果から言えば、ルドラとその手下の数名は死ぬ寸前だった。
ライをダーシャに預け、店を出るとアシュリーとサミュエルは人目に付くように歩きながら、民家の並ぶ道を抜け、そのまま真っすぐ走って向かったのは、王都を囲う人気のない外壁の近く。
アシュリーがわざわざ「外壁までこの道をまっすぐ行きましょう!」なんて大きい声で言ったが、彼らに伝わったかどうか。
外壁の最上部に等間隔に取り付けられた、夜の闇には聊か頼りないライトの下で、早く見つけてくれと言わんばかりに待っているが、足音も聞こえない。
三十分も待って、あれ?来ないのかな?なんて心配になった頃、漸く牛車に乗ってルドラと五人の強面の男たちがやってきた。
そして、鼻息荒くアシュリーを娼婦呼ばわりし、俺の女にしてやるとのたまわった。
サミュエルは怒りで拳から炎が漏れ、アシュリーは大きな溜息。
ついつい、出来るものなら?と挑発した。
頭に血が上ったルドラは、お前が泣き叫び許しを乞うまで許さないぞ、益々鼻息を荒くする。
「おい」
ルドラが男たちに合図をすると、五人の男たちがジリジリとにじり寄り、そのうちの二人の男が飛び掛かった。同時にアシュリーは跳び上がり男たちを躱す。
あまりに高く跳ぶものだから薄暗さも手伝ってアシュリーを見失う。そして、突然現れて殴られたかと思うと、また消える。こっちで手下のうめき声が聞こえると思ったら反対側から別の手下のうめき声。
神出鬼没に現れるアシュリーに翻弄され、苛立ちが隠せない。ルドラは喚きながら、持っていたナイフを構えた。
すると、目の端に見えた光に、サミュエルが地面に小さな火の玉を幾つも打ち込んでいることに気が付いた。
「あいつ、魔導士だ!」
「いや、騎士だ」
つい訂正したくなるのは、サミュエルのプライドか。
「何やってるんだ!!」
サミュエルはニヤッと笑う。
「何でしょう?」
正解は。
キュウキュウという威嚇の声を上げながら、魔獣の少し伸びた鼻が地上に出てきた。
のそのそと地中から這い出てきた、全長五メートルの巨体。
普段は土の中で暮らしているが、食事の時だけ地上に出てくる。ここ最近、外壁の外の穴から王都に入ってきて、この辺一帯の草を食べている草食魔獣。
『草土竜だ!』
ルドラの手下の一人が声を上げた。
薬草を摘みに来た住民に頻繁にその姿が目撃されていて、討伐依頼が出ている草土竜。
土の具合、周りの草の様子を見れば、最近までここに来ていたことが分かる。
しかも食べてる草は、草土竜のメスが産後に好んで食べるコノタケニグサ。
と言うことは、出産を終えた草土竜は子供がいる為この穴を住処にしている筈。大きな音を立てれば草土竜のメスは怒って出てくる、というわけだ。
決して獰猛な魔獣ではないが、産後のメスは非常に敏感で気が立っている為、攻撃的になる。
『あいつ、わざと火の玉を打ってたのか!』
『だが、草土竜の標的はあの男だ!』
サミュエルに怒りの爪を立てようと、キュウキュウと威嚇をする草土竜。
『バカな奴だ』
そう言って笑ったその刹那、男たちの背後から火の玉が飛び、草土竜の尻尾近くに当たった。
『何?』
火の玉を放ったのはアシュリー。
草土竜は怒って身体をアシュリーの方に向けた。それはルドラたちの方に向けた、とも言う。
『お前も魔導士か!』
『違う、踊り子』
『こんな踊り子いてたまるか!』
しかし、そんなどうでもいい話をしている間に、草土竜が大きな手で土を掻き分けながら、アッという間に目の前に来た。
そして長く鋭い爪を蓄えた大きな前足で男たちを払う。
『ぐぁ』
ある者は爪で身体を大きく引っ掻かれ、ある者は払われた衝撃で吹っ飛び、木に身体を強か打ち付けられた。
慌てて踵を返し逃げようとするルドラの行く手を塞ぐのはアシュリー。
『どけー!』
ルドラが喚きながらアシュリーに向けてナイフを振り回した。アシュリーはルドラが突き出したナイフを蹴り上げ、続けざまにルドラの腹に足刀を喰らわし、草土竜の前まで蹴り飛ばした。
『ガッ』
倒れ込んだルドラは身体をガタガタと震わせながら、四つん這いになってその場から離れようとする。
すると大きな影がルドラに覆い被さった。
『ヒッ』
ルドラは逃げようとするが力が入らずうまく進まない。
そして、ドスッとルドラの背中を押さえ付けた時、草土竜の前足の爪がルドラの背中に喰い込んだ。
『グフッ、…た、たすけ…』
ルドラの手下の三人は既に逃げ出し、助けてくれる者はいない。
アシュリーが小さく火の玉を放ち、草土竜を挑発してルドラから気を逸らす。
キュウキュウと首を振り嫌がる草土竜。
『たすけて…』
『ダーシャに迷惑を掛けない。店に迷惑を掛けない。私に関わる全部に迷惑を掛けない。分かった?』
『分かった…、はやく…』
ルドラがそう言うと、アシュリーは一気に草土竜との間合いを詰め、下から上に剣を振り上げその首を斬り落とした。
『ヒーーっ……!!』
ルドラは目の前に落ちた草土竜の頭を見て、情けない悲鳴を上げ、自分の背中に落ちる温かい血を感じるとそのまま気を失った。
草土竜の身体は地面に倒れ込み振動が走る。
遠くから人の声が聞こえるから、いずれ誰かがここに来るだろう。
サミュエルが空に向かって高々と火柱を立てた。目印になればいいが。
「ジュジュ、行こう」
「はい」
草土竜の子供は、母親が居なければ乳も貰えずに死ぬ。
今後の草土竜対策については、誰かがどうにかするだろう。
そして、二人は外壁から身体強化を掛けて民家が立ち並ぶところまで走ってきた。
それから、僅かに乱れた呼吸を整えのんびりと歩きながら、昔の話をしながら帰ってきた、というわけだった。
「殺してないでしょうね?」
「当たり前です」
アシュリーのその顔は、楽しく遊んできた少女のような笑顔だった。
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