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アシュリーは舞う


王都一大きなショー酒場。


ショー酒場とは言っても、一般庶民が利用する酒場とは違い、王族や裕福な庶民が利用する高級酒場。


踊りの才能と類まれな美貌を持ち合わせたトップクラスの女だけが踏めるステージ。その中でも一番の人気の踊り子ともなれば、夜の指名は財力が物を言う。


美味い料理とやたらと高い酒を飲み、ある者は両脇に美女を侍らせ踊り子の品定めをし、ある者は純粋に食事や踊りを楽しむ。


踊り子たちは踊りながら、今夜自分に大枚をはたきそうな男に熱い視線を注ぎ、男と女の駆け引きが行われる。


「ジュジュ、本当にこんな所で踊るのか?」


心配そうなサミュエル。


「こんな所とは何よ!」


ダーシャは食って掛かった。


サミュエルはアシュリーのことをジュジュと呼ぶことにした。アシュリーもそれを望んだし。


「あんな、見ろ、あの男。ニタニタしていて気持ち悪い」


ステージの袖からそっとホールを見て、サミュエルは顔を歪めた。


「その、ニタニタおやじから金を巻き上げるのが踊り子の仕事よ」

「ジュジュにそんなことをさせるなんて!」

「サミュ様」


嫌悪感を前面に出すサミュエルにそっと手をかけ、アシュリーがじっと見つめる。


今日のアシュリーの衣装は、白とスカイブルーとライトグリーンの生地に、ビジューとラメをふんだんに使い、シースルーの生地を重ねたボリューム感たっぷりのスリット入りのヒップスカーフとトップスのセパレートタイプ。トップスとヒップスカーフの上部には豪華な装飾が施され、藍色の花のアームバンドが白い肌によく映える。


いやしかし、なんだその衣装は。胸しか隠さないトップスなんてサミュエルにしたら破廉恥な下着だ。いや、こんなの下着でもない。もう裸と言ってもいい。


スリットから見える足は悩ましく。いや、それどころか露出度の高すぎるこの姿を、他の男に見せるのかと思うと、怒りさえ覚える。


そんな、目のやり場に困る姿で見つめられると、サミュエルは途端に真っ赤になってたじろいでしまう。そして自分のシャツをアシュリーに羽織らせ、出来る限り隠す。


サミュエルは大きく深呼吸をした。


「私が望んだことですよ」

「そうだが」

「母が踊ったステージです」

「……」

「私は踊るだけですよ」

「そうよ、それにね」


ダーシャがずいっとサミュエルの前に身を乗り出した。


「初舞台がこのステージなんて本当ならありえないのよ」


下積みをして漸く立てる者もいれば、トントンと簡単に駆け上がって行く者もいる。


それでも最初は小さな店で、客も(まば)らな時間に踊る前座から。


「ジュジュに夜の客は付けないし、…いざとなったら、あんたが守るんでしょ」

「当たり前です」

「ふふふ、恰好いいじゃない」


まぁ、ジュジュに何かできる相手などいないと思うが。


「今日はね、品のある上客に声を掛けているから、滅多なことは起こらないわ」


ダーシャの言葉にサミュエルは眉根を寄せる。


「あのニタニタした顔の男も品のある客か?」

「あんたねぇ、顔じゃないのよ、顔じゃあ!」


ダーシャは頭を抱えた。


今日来ている客の殆どがダーシャが声を掛けた上客で、指名も断っているし、面倒な騒ぎを起こすような無粋なことをするような人たちでもない。


「サミュちゃん、邪魔するんなら帰りなさい」


ダーシャがぴしゃりと言えば、サミュエルは大人しくなる。


アシュリーの邪魔をすることは本意ではない。仮令それが、受け入れがたいことだとしても。


「すまない」

「しゃみゅしゃま、いいこねー」


様子をじっと見ていたライが、サミュエルの足を撫でている。


ライの方がよっぽどいい子だわ。


ダーシャは溜息を吐いた。


「さ、そろそろ出番よ。邪魔者は端っこに居なさい」


サミュエルはライと一緒に端に追いやられた。


「ジュジュ!」

「はい」


ダーシャはアシュリーの頬を両手で挟む。


「ここはムーラが踏んだステージだよ」

「うん」

「……頑張んな」

「はい」

「さぁ、行っておいで」


ダーシャには言いたいことが沢山あった。が、結局何も言えずに送り出す。


アシュリーが踊るのは、母ムーラの代名詞とも言える、天の女神と地の神の悲恋の物語。


決して交わることのない天と地という存在である苦しみ。地の神に寄り添う海の女神への嫉妬。


恋を知り、求愛をし、触れ合えないと絶望して嫉妬して、最後は雨となって消えていく悲恋の天の女神。


アシュリーの変幻自在な動きと表情、可憐に妖艶に踊る様はとても初舞台とは思えない。


サミュエルは、その美しさに言葉を失う。ライの目は興奮してキラキラだ。


ダーシャは汗ばむ手をギュッと握り締めてアシュリーを見つめる。背中からゾクゾクして、顔が緩んで仕方がない。まさかもう一度こんな踊りが見られるなんて。


アシュリーに心を奪われているのは、ステージの袖に居る人たちだけではない。


本日、唯一空いていた席に案内されたのは、ルドラ・アガワル。


ステージから一番遠いが、別に踊りに興味はないからどうでもいい。


今日は偶々来ただけだったが、周りを見れば王族や富裕層の大物ばかり。


何かあるのか?と聞けば、今日はこれから特別な踊り子の初舞台だという。夜の指名は禁止。


『随分とお高くとまっているじゃないか、娼婦が』


ルドラは鼻で笑った。


軽く食事をして、バカみたい高い酒を飲んで、程よく気持ちよくなってきた頃に始まった、特別なステージ。


そして、ルドラはあっという間に心を奪われた。


銀の髪も白い肌も、上気してほんのり染める頬も何もかも。


『欲しい』


ルドラはすぐさま支配人を呼んだ。


『いくらだ?』

『は?』

『あの女だ』


ステージで踊るアシュリーを熱っぽく見つめながら、顎で示した。


『先ほどもお伝えしましたが、夜の指名は出来ません』

『だから、いくらだと聞いているんだ』

『申し訳ございませんが』


ルドラの側近が金を握らせようとするが、支配人はそれを拒んだ。


『おい、私が誰か分かっているだろ?』

『……、もしご理解いただけなければ、退店していただきますが?』

『はぁ?』


普段は媚び(へつら)って金を受け取るクセに、生意気にも自分を追い出そうとしている。


『本日の殆どのお客様が、ダーシャさんが特別にお声を掛けさせて頂いた品格のある方々です』

『なんだと…』


今日はダーシャが認めた特別な客ばかりだ。お前は声も掛けられていない品格の欠片も無い客だ。


『ここで騒ぎ立てれば、二度と当店をご利用出来なくなりますが?』


これ以上面倒を起こすなら、この店には二度と入れず、笑い者になるがいいのか?


『貴様…!』

『いかがいたしますか?』


ルドラは支配人を憎々し気に睨み付けたが、これ以上騒いでも恥をかいて終わりだと、フンと鼻を鳴らし、支配人を手を振って追い払った。


『調子に乗りやがって……!』


ダーシャのヤツ、俺が普段どれだけ女に金を落としてやっていると思っているんだ。クソッ、俺に声を掛けなかったことを必ず後悔させてやる。俺を馬鹿にしやがって。


『おい』


ルドラが側近に耳打ちをした。


『腕の立つのを何人か連れて来い』


側近は頷くと店を出て行った。


その様子を見ていた支配人はダーシャの元に向かった。ダーシャは支配人から話を聞いてチッと舌打ち。


『あいつ、本当にタイミングが悪い』


ルドラは面倒な男だ。


嫉妬深くて強欲、女に対する態度は最悪で、時に暴力を振るうこともある。


金払いがいいし踊り子の替えはいくらでもいると思えば、店としてはルドラを拒否もする必要もない。


結局傷付けられて泣き寝入りするのは弱い女たち。


そして、間違いなくアシュリーは目を付けられた。


チラッとサミュエルを見れば、隅に追いやったはずなのに、いつの間にやら袖ギリギリの所まできて、ポーッとアシュリーを見つめている。


ダーシャはツカツカとサミュエルに近寄って腕を掴むと、袖の奥まで強引に引っ張っていった。


「な、何するんだ!」

「何するんだじゃないわよ、鼻の下伸ばしちゃって」


ダーシャの言葉に慌てて鼻から口まで両手で隠すサミュエル。


「ハー、なんか胸焼けするわ」

「な、何を言って……」

「ジュジュが目を付けられたわ」


周りに聞こえないように声を小さくした。


「!」

「品の無い奴が紛れ込んだの。ごめんなさいね」

「そうか。行動を起こしそうか」

「多分」

「分かった、ライを頼めるか?」

「ちょ、ちょっと、あんたジュジュも巻き込むつもり?」

「標的がジュジュなら仕方がないだろう」

「でも」

「心配ない。寧ろ相手が可哀そうなくらいだ」

「……あ、そんな感じ」

「ジュジュは魔獣討伐ばかりしていたからな。一般人相手は加減が難しいかもしれん」

「……殺さないでよ」

「ああ……」


アシュリーが踊りを終えた時、拍手が起こり金がステージに投げ込まれた。チップだ。


「ふふふ」


ダーシャは満足そうにステージを見ている。


チップの量はそのまま踊り子の人気を表す。初舞台でここまでチップが入れば、一気にトップクラスに上り詰められる。


「あー勿体ない」


アシュリーが踊るのは今日限り。


「絶対トップになれるのに」


チップが入っても、その殆どが店に持って行かれて、踊り子が手に入れる金額などたかが知れている。結局、春を売って稼ぐしかないのだ。


それに、踊り子は娼婦。つまり、春を売るのが仕事でもある。どんなに素晴らしい踊りをしたところで、所詮娼婦と思っている人間からしたら、自分の手に入らない女になど興味は無くなるし、無理やり手に入れようとする者も出てくる。 


アシュリーだけを特別扱いすれば、女たちから不満も出る。


店側にしても、春を売らない踊り子など置く意味がない。


娼婦ではないアシュリーはステージに立ち続けることは出来ないのだ。


「ジュジュ」


サミュエルは戻って来たアシュリーにシャツを掛けた。


「じゅじゅ、しゅごかったねー」

「ありがとう、上手に踊れてた?」

「うん」


アシュリーはライの頭を撫でた。


「ジュジュ、良かったわよ」


ダーシャがアシュリーに飲み物を渡す。


「ありがとう」


サミュエルは、顔を赤くしてキョロキョロと挙動不審。


「サミュ様?」

「え?いや、ほら、早く着替えた方がいい」

「……あんた、いい加減に慣れなさいよ」


ダーシャはジトッとサミュエルを見る。


「はい、着替えてきます」

「ライもー」


アシュリーを追いかけてライもついて行った。


「サミュちゃん、頼むわよ」

「分かっています」


アシュリーのあんな姿が大勢の目に触れただけでも許せないのに、アシュリーを手に入れようとする輩が居る。


二度とそんな気が起こらないようにしておかなくては。







読んで下さりありがとうございます。

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