交わらない二人
「やっぱり、天賦の才があるわぁ」
ダーシャはそう言って、ほうっと溜息を吐いた。今日、ダーシャの横に座るのはライ。
「じゅじゅ、しゅごいねー」
そう言ってライも、ほうっと溜息を吐く。
アシュリーが今踊っているのは、火の女神と水の女神が一人の男をめぐって争う恋の踊り。
女神たちが交互に踊り、男に選ばせるのだ。
火の女神であるククは二本の剣を振り、情熱的で妖艶な誘惑の舞いで男に求愛をする。
アシュリーはその火の女神を演じている。
対するマーレが舞うのは水の女神リリ。長い羽衣を身に纏わせ、しなやかに流れるように妖しく男に求愛をする。
火の女神ククの踊りは体力勝負な面も多い。ククの激情を表すために、動きが早く激しいのだ。
だがアシュリーにはそれほど大変ではない。
特に何度も床を蹴って空を回転するアクロバッドは通常五回跳ぶところと十回跳んでいる。
「ははは、跳びすぎじゃん?」
仕事を終え、「ついで」と言って顔を出したタキが、トントン跳んでいるアシュリーを見て笑っている。
確かにどう見ても普通の回転ではない。
「じゅじゅはいつもぽーんてとぶもん」
ライがぱぁっと手を上にあげて跳んでいる真似をした。
「そうかいそうかい」
そう言って、ライの横に座ったタキは、そのぷっくりとした魅力的な頬を摘まんだ。そしてモミモミモミモミ。
だんだん不機嫌になってきたライは、パチンとタキの手を叩いた。
「やー」
「そうは言われても止められないんだよなぁ」
ライの頬は益々丸みを帯び、最高級の柔らかさだ。
「お前、このほっぺで商売出来るんじゃん」
「やー、たききらい」
「タキ、いい加減にしな。ライが嫌がってるでしょ」
ダーシャがそう言うと、ライはしつこく頬を摘まんでくるタキを押しのけて、ダーシャにしがみ付いた。
「はう」
ダーシャはライに抱き付かれて悶えている。
「ライが居ればどんなストレスだって無くなるわ」
ダーシャがギュッとライを抱きしめた。ライはキャッキャしている。
『へーへー。そういえばさ、ジュジュ、なんか変わった?』
タキがアシュリーを見ながら首を傾げる。
『分かる?』
『なんだ?』
『色気よ』
『ふーん』
アシュリーは母のことで沢山泣いて、そこから少しずつ変わっていった。
ライの保護者という自覚もあるのかもしれない。
笑顔が柔らかくなり、年の割に幼い振る舞いだったのが少しだけ落ち着いてきた。
彼女の中で何かが変わろうとしているのだ。
するとそれが踊りにも反映され、一層艶やかさを増した。
『最初から踊りは上手だったんだけど、何か足りなかったの。それが、心の殻が取れたって言うのかしら。内側から出てくる色気が凄いのよね』
『へー』
『うん、決めたわ』
ダーシャの目がキランと光った。
「ジュジュ!」
ダーシャが踊り終えたアシュリーを呼んだ。アシュリーは走ってきた。
「タキ、こんにちは」
「おう」
すっかりタキとアシュリーは仲良くなったようだ。
「ジュジュ、今度ステージで踊ってみない?」
「え?」
「おいおいおいおい。何言ってんだよダーシャ」
アシュリーもタキもびっくりしている。
「何よ、私は本気よ。別に夜の相手をしろって言ってんじゃないの。私がジュジュにそんなことさせるわけないでしょ」
「そうだよな、吃驚したわ」
「せっかくだからジュジュの踊りをお披露目したかったのよ。どう?」
「うん」
アシュリーの顔が輝いた。
「私、踊ってみたい」
「決まりね」
「でも大丈夫か?」
タキが言いたいのは、踊りよりアシュリーがお披露目されることで、アシュリーが娼婦として見られると言うことだ。
「気にしないよ。相手にもしないし」
そんなことよりアシュリーにとっては、ムーラと同じ舞台に立てることの方が重要。
「ジュジュに下手な真似しようとしたら、私が黙ってないわよ」
ダーシャにはそれなりの力がある。誰もがそれを知っているのだから、ダーシャに睨まれるようなことをわざわざするような人間は居ない。
「演目はどうしようかしら?」
「それならアレがいい」
アシュリーが一番好きな踊り。
天の女神が地の神に恋をする悲恋の物語。天気は、恋をした天の女神の心模様を表す。
多彩な感情表現が難しく、ムーラの代名詞のような演目。
「難しいのを選ぶわね」
「沢山練習するから。お願い!」
勿論、アシュリーがそう言うならダーシャは反対しない。
「いいわ。二ヶ月後にお披露目よ」
ユーゲル公爵家に届いた一通の手紙に、ガトレアは安堵と不安と悲しみを混在させた溜息を吐いた。
サミュエルから届いたその手紙には、アシュリーが生きていてラジャ王国に居ると書いてある。今から自分もラジャに向かうと。
因みに随分前に、騎士団にはアシュリーから手紙が届いていた。ガトレアは知らないが。ゲオルフは、まさか騎士団にしか手紙を出していないとは思わず、報告をしていなかった。
ガトレアにしたら、待ちに待った吉報。しかし、アシュリーが生きていたという喜びが一転して不安に変わった。やはり、アシュリーはラジャ王国に母親に会いに行っていた。
それに、アシュリーがここに戻って来なかった事実に、かなりのショックを受けた。
「あなた」
カミラに手紙を渡し、机に肘を突き頭を抱えた。
「あの子が…。ようございました」
カミラは感情もなくガトレアに言った。
「ああ、本当に良かった」
サミュエルなら、アシュリーを無事に連れ戻してくれるだろう。
「私は、あの子が戻ってきたら、正式に私の娘だと公表するつもりだ」
「今更ですか?」
「今までは、家族の為にと思って隠してきた。が、あの子も私の娘だ」
「……左様で」
カミラの心の内に巣食っていた黒い点が一気に膨れ上がって来た。
公表したいのならさっさとすればよかったのに。それをしなかったのは誰の為?
何が家族の為に?結局それを盾に責任を逃れてきたのはガトレアだ。
カミラを傷付けない為、家族を傷付けない為。
その言葉がどれだけカミラを傷付けていたかも知らずに、簡単にカミラを悪者に仕立て上げて、自分が我慢すればいいなんて被害者面。
本当に我慢をしてきたのは、一体誰?
アシュリーが戻ってきたら?さて、あの子は戻って来るのかしら?
彼は気が付いているの?一度たりともアシュリーから、お父様と呼ばれたことが無いことを。気が付いていないのなら本当におめでたい。
それとも、それを無視する強靭な神経の持ち主だったかしら?それならまだ許せるわ。お花畑よりは幾分マシ。
無神経も極めれば可愛いものだもの。
「お好きになさればいいですわ」
「認めてくれるのか?」
「認めるも何も、あなたはユーゲル家の当主。私はその意志に従うだけです」
「カミラ、ありがとう。やはり君は素晴らしい公爵夫人だ」
ガトレアの目にカミラはどう映っているのか。
少年の様に喜ぶガトレアには、冷めた目で微笑むカミラが慈愛の女神にでも見えるだろうか。
ガトレアは気が付いていないのだ。
ガトレアとカミラの間には既に大きな溝があり、手を取ることも出来ない程に深く闇を落としてしまったことを。
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