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アシュリー


アシュリーは大人しい女の子だった。いや、言葉が分からないから喋らなかったと言う方が正しい。


公爵令嬢としての教育より言葉を覚えさせる方が先で、敷地内にある別邸で一日中言葉の勉強をしている。


そして、それ以外の時間は庭の隅の木陰で一人で過ごしていた。


アシュリーは一人きりで過ごす暗くて静かな別邸が嫌いだった。


しかし、カミラはアシュリーを絶対に自分の視界に入れないようにと言い、本邸には近づくことも許さない。


だから、アシュリーは別邸に一人きり。


ガトレアとカミラの子である兄のジェイと、姉のオリビアがアシュリーを嫌っているのは言うまでもない。


自分たちは母親に似て金髪に緑の瞳なのに対して、いきなりポッと現れた異国の卑しい踊り子の娘が、父に似て美しい銀髪に蒼い瞳をしている。


しかも、その魔力は自分達とは桁違いで、未だにジェイが僅かにしか出すことの出来ない青白い炎(ペアフレア)を、いとも簡単に放出した。


オリビアに至っては、その素質さえない。これが憎まずにいられるか。


二人はアシュリーを見つけては、汚らわしい女の娘、ここから出ていけ、と罵った。


食事は与えられたが、庶民が食べるような硬いパンとスープとサラダとミルク。


洋服は、オリビアのお下がりが少し貰えたので困らない。でも、正直に言えばドレスは動きづらくて好きではない。


寧ろ、嫌がらせのつもりで与えたのであろう粗末なシャツと、ズボンの方が嬉しかった。


水は自由に使えたので、自分で温めて身体を清めた。これはかなりの贅沢だ。


使用人はご飯を届けて、定期的に掃除をしてくれた。でもそれだけ。


そんな中、ただ一人アシュリーに優しく接してくれたのが、サミュエル・イーグ・バレンシア。バレンシア伯爵の次男だ。


青い髪に薄い茶色の瞳をした青年で、将来はユーゲル公爵家の騎士団に入団する予定の十六歳。


年齢より幾分幼い面立ちのサミュエルではあるが、剣の素質は十分で頭も良い。いずれは次期当主であるジェイの護衛騎士にと目される青年だ。


サミュエルは時々やってきてアシュリーにお菓子をくれたり、話をしてくれたりした。


最初は何を言っているのか分からなかったアシュリーも、少しずつ言葉を理解するようになると、ポツリポツリと言葉を発するようになった。


「さみゅさま、おかし、ありがとう」

「どういたしまして」


今日も、木陰で絵本を眺めていたアシュリーに、持って来たクッキーを渡した。それをアシュリーが美味しそうに頬張っている。


「アシュリー様。私に『様』を付けない練習をしましょう」

「でも、さみゅさま」

「また付けましたね」


サミュエルがクスリと笑うと、アシュリーは慌てて手で口を押えた。


「ごめんなさい」

「謝らなくていいんですよ。ですが、私はいずれ公爵家に仕える騎士になる予定です。ですから、その時は私のことは『様』を付けずにサミュエルとお呼びください」

「…はい。がんばる、です」


アシュリーはゆっくりではあるが、随分と会話が出来るようになってきた。


「随分と言葉を覚えましたね」

「はい。でも、せんせに、おこられた、です」


そう言って笑ったアシュリーは、僅かに顔を歪めている。


アシュリーに言葉を教えているマデリア伯爵夫人は、気に入らなければアシュリーを鞭で叩く。


発音が違う、字が違う。些細なことで嫌味を言い、下賤な身の程知らずと罵って叩くのだ。


サミュエルの顔も、心配で歪む。


「……アシュリー様」

「だいじょうぶ、へいき、わたし」


アシュリーがどんな目に遭っていたとしても、公爵家の人間は庇ってはくれない。


時々しか会いに来ることが出来ないサミュエルには、こっそり薬を渡すことしかできない。


ガトレアは、カミラの目を盗んでアシュリーの様子を見に来てはいたが、自分が関われば更にアシュリーの立場が悪くなる。


誰よりも公爵家の力を強く受け継いでしまったアシュリーを、嫌っているカミラの機嫌を損ねるわけにもいかず、アシュリーに近づくことが出来ずにいる。


今まで、数歩下がってガトレアを支えていたカミラだが、アシュリーが現れたことでガトレアに強く出るようになった。


逆に、カミラに対して後ろめたく思っているガトレアは、カミラの顔色を窺うことが多くなった。


家庭内において、完全に立場が逆転してしまったのだ。


ガトレアがそれを甘んじて受け入れるのは、カミラが今までどんなに苦労をしてきたか知っているから。




グレムル王国に()いては、殆どの国民が魔力を保有している。


四公爵家は、それぞれ四大元素である火、水、風、土の最強を誇る特別な能力を持っている。


グレムル王国は五人の兄弟が建国し、全属性を持つ長男が国王となり、他の兄弟はそれぞれ四大元素の最強魔法を使える公爵となった。


ユーゲル公爵家はその中で、火魔法最強の青白い炎(ペアフレア)を使う一族なのだ。


四公爵家の能力は必ず遺伝するが、発動するかしないかは個々の素質による。


また、各属性の最強魔法は他属性と交わるとその資質が失われるため、同属性同士の婚姻が最も多い。


特別優れた素質を持っていても、生まれて来た子供は全く発動できない、もしくは親に素質がなくとも、子供はとんでもない素質を持っていたりする。


貴族は魔力を多く保有している場合が多く、それが貴族の立ち位置を左右した。


また、下位貴族の中には、より多く魔力を保有する相手を選んで政略結婚するものも居る。


ただ、魔力量は遺伝しない。それでも、結婚相手の魔力量は重要な選択基準の一つ。


まさか、魔力量で爵位が変わるわけではないが、やはり人々の見る目は変わってくるわけだ。


カミラは侯爵家の令嬢にしては魔力量が少なかったため、それを補うように令嬢として完璧に振る舞った。


淑女の鑑と言われるようになるまで、とてつもない努力を重ねてきたのだ。


ガトレアと結婚して生まれてきた子供たちは、自分に似てしまい、魔力量は平凡で青白い炎(ペアフレア)を出すこともままならない。


素質と魔力量は遺伝はしないと分かっていても、つい自分のせいだと責めてしまう。


そして、魔法に於いて無能な自分に、周囲の目は厳しい。それでも、拳を握って我慢してきたのだ。


愛人を囲う者も多いこの国で、庶子の一人や二人で目くじらを立てる公爵夫人など、許容が狭すぎで笑われる。


なら、それが我が子の地位を揺るがすような存在だったとしても、心を広く持てと言うのか。


女性が爵位を継ぐことは出来ないし、ジェイが次期公爵であることは決まっている。


それでも。


正直に言って、アシュリーの力や髪や瞳の色がジェイにあれば、アシュリーなど放っておいた。


そうではないから憎らしいのだ。そうではないから許せないのだ。


そして、ガトレアはそんなカミラをこれ以上苦しめたくなかった。今更後悔などしても仕方がないのだが。




「さみゅさま」


どんなに言ってもどうしても『様』が付いてしまう。サミュエルはクスリと笑った。


「なんですか、アシュリー様」

「さみゅさまは、やさしい、です」

「……そんなことありませんよ」


サミュエルがそう言うと、アシュリーはニコッと笑ってクッキーをサミュエルに渡した。


「これ、とてもおいしい。さみゅさまも、これ、おいしい」


クッキーを受け取ってしまったが、これはアシュリーのために持って来たものだ。どうしようかと考えたが、アシュリーはじっとサミュエルが食べるのを待っている。


「ありがとうございます。頂きます」


サミュエルがそう言ってクッキーを食べると、アシュリーは嬉しそうに笑った。


まだ六歳のアシュリーだが、既に美しい女性に育つであろうことが想像できる器量良し。


もっと成長されたら、益々奥様の恨みを買いそうだな。


サミュエルの心配は数年後に現実となる。







読んで下さりありがとうございます。

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