ユーゲル家の人々
ユーゲル公爵家の邸の中は、殺伐とした空気が充満している。
次女であるアシュリーが行方不明になって、二か月目に入っているのに、未だになんの手掛かりもない。
騎士団の任務で北のウェルザー村に向かい、噴火に巻き込まれたと聞いたのは、先遣隊が出発してから一週間程経ってからだ。
早馬で一人戻った団員から渡された手紙を読んで、ガトレアの顔が蒼白になり、声を荒げ事の詳細を話せと喚きたてた。
騎士団が戻って来たのはそれから三週間後。
噴火による被害状況の確認や、村の復旧活動など、全ての処理を終えて戻って来た団員は一様に沈んでいた。
疲れ切ったその様子から、どれほど大変な状況であったかは想像に容易い。
魔獣がまだ残っているかもしれないと言うことで、団長のゲオルフと数名の団員は未だにウェルザー村に残ってる。
噴火に巻き込まれた団員も、アシュリー以外は無事に生還した。なのに、折角無事に戻ってきてもアシュリーが居ない。
自分達だけ戻ってきてしまった、という罪意識が募り、ここまでの道のりは葬式のような重苦しさだった。
それに、サミュエルは他の団員が心配する程憔悴していた。
そして、ガトレアを前にした時、部下の目など気にもしないで手を突いて謝った。
だが、ガトレアには掛ける言葉が無い。
サミュエルが悪いわけではない。でも、言ったではないか。アシュリーを頼む、と。アシュリーを守ってくれ、と。
唇を噛み締めて言葉を呑み込んだガトレアから漸く出た言葉は、「戻って休め」だった。
それからも、アシュリーの捜索は続けられたが、彼女を見つけることは出来なかった。
そしてそれは、どうしても最悪の結果を想像させるのだ。
「何故見つからないんだ!!」
イライラしているガトレアが声を荒げる。
常に誰からかの知らせを待ち、仕事もあまり手に付かず、業務が滞り気味。
「あなた、落ち着いてください」
カミラがそう言うと、ガトレアはハッとして辺りを見回した。
そして、自分のことを不安げに見つめる使用人たちの視線に我に返るのだ。
ユーゲル家の当主が、動揺をして皆に不安を与えるようでは示しがつかない。
「すまない、……本当に」
溜息を吐いて、椅子に座る。
「お茶を貰えるかな?」
ガトレアがそう言うと、侍女が慌てて紅茶の準備をした。
紅茶のいい香りが、心を少し落ち着けてくれる。
「あなた」
カミラの声にガトレアは顔を上げた。
「こんなことを言いたくはありませんが、最近のあなたは常軌を逸しています」
「……」
「今日の会議。王家と四公爵家の定例会議ではありませんか?それを当主ではないジェイに行かせるなどあり得ないことです」
カミラの言葉に、ガトレアは目を逸らした。
「あいつは次期当主だ。私の代行をしても問題は無い」
「何を仰っているのですか。あなたが行かなければ、何かがあったと勘繰られるのは必至。そうなれば、あなたの弱みを握ろうと王家や各公爵家が動き出すやもしれません。今は互いに牽制しあって守られているバランスが、あなたの身勝手な行動で崩れるかもしれないのですよ」
「……すまない」
カミラの言わんとしていることは分かる。
王家と四公爵家のバランスは、お互いを監視し牽制することで保たれている。
「だが、今の私が行っても付け入る隙を与えるだけだ」
無気力なガトレアの言葉にカミラは大きく溜息を吐いた。
こんな人ではなかったはずだが。
「アシュリーは、騎士です。騎士が殉職したとして、それは栄誉ある死……」
カミラが言い切る前にガトレアが思い切り机を叩いた。
「!!」
「それ以上、余計なことを口にするな」
ガトレアの低く冷たい声にカミラは背中がヒヤリとした。
「……申し訳ありません」
ギリッと奧歯を噛み締めて顔を歪めるカミラ。
「……すまない、カミラ。私はまだ冷静ではないようだ」
「そのようですわね」
ふと見た窓の外は、この殺伐とした空気など露知らず、初春の爽やかな風が木々を揺らしている。
「…どこに、居るんだ…」
サミュエルは、騎士団の演習場の隅で、ひたすら模造剣を振っていた。その姿は鬼気迫るものがあり、誰も近づくことが出来ない。
数日前に、今のサミュエルに職は務まらないと休職を言い渡された。
団長不在、副団長不調となってしまった騎士団は、機能が停止寸前だった。
現在は騎士団を立て直すべく、ベテラン組が団長を代行して騎士団を回している。
皆には申し訳ないと思っているが、心ここに在らずのサミュエルなど、迷惑な存在に他ならない。
任務にあたっても、事故を起こすのが関の山。
本当ならウェルザー村に残ってアシュリーを捜索したかった。
だが、冷静さを欠いていたサミュエルより、自分が残る方がいいとゲオルフに言われ、何度頼んでも首を縦には振ってくれることは無く、結局ここまで帰ってきてしまった。
「クソッ、クソッ!!」
全て自分の責任だ。あの時、自分が誤った判断をしなければ。黒闘牛を討伐した後、中腹部など目指さずに下山すればよかったのに。もっと慎重に事を進めるべきだった。
噴火が起こった時、何が起こったのか分からず、気が付いた時にはアシュリーはいなかった。
「クソーっ!!」
サミュエルは思い切り模造剣を地面に叩き付けた。
「キャ!」
声のする方を見ると、そこに立っていたのはオリビア。驚いたのか、身を強張らせている。
「お嬢様」
サミュエルは慌ててオリビアの元に駆け寄った。
「すみません、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ」
サミュエルはホッとした。それと同時に、オリビアが近づいてきていたことに、気が付いていなかった自分に愕然とした。
これでは、アシュリーを捜すなんて言えない。
「サミュエル。騎士団を休職していると聞いたけど」
「……はい」
「大丈夫?」
「ご心配をお掛けして申し訳ございません」
「ううん、いいの。あなたが心配だったから。怪我をしていないようで良かったわ」
「ええ、私は何も…」
「ねえ!」
そう言ってオリビアはにサミュエルの手を取った。
「今、休職中でしょ?私とお出掛けしましょうよ!」
「え?」
「私とお出掛けをしましょう。折角のお休みなんだから」
「……冗談はお止めください」
「え?」
先ほどまでの優しい顔が僅かに険しくなった。
「私が休職しているのは、遊ぶためではありません」
「でも、あなたには気分転換が必要よ!」
「皆が必死でアシュリーを捜しているのに、なんでっ……!」
何で、自分がそんなことを。
サミュエルは叩き付けた剣を拾いに向かった。
「サミュエル!思いつめないで」
「……」
「誰もあなたのそんな姿、望んでなんかいないはずよ」
「……失礼します」
「サミュエル!」
サミュエルは早足で演習場を後にした。
「なんで、みんなあの子ばっかり…!」
オリビアは唇を噛んだ。
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