船に乗せてくれる善い人
アシュリーが喜んでいるのを見て、ライもワクワクする。
「ライ、良かったね。船に乗れるよ」
「ふねー」
「ありがとうございます」
「ありがとごじゃいましっ」
「どういたしまして」
「私は、……ジュジュと言います。この子はライです。ライ、挨拶は?」
「ライでしっ」
「三歳です」
アシュリーがライの耳元で小さく付け足してあげた。
「しゃんしゃいでしっ」
ぺこりと頭を下げる。
「ジュジュちゃんとライ君。僕は、ニコラスだ。このお店のオーナーね」
ニコラスが後ろの建物を指した。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
アシュリーは丁寧に頭を下げてから、「よし」と顔を上げて手を叩いた。
「そうと決まれば、森に行くしかないね」
「ねー」
「森?」
「はい、お金を稼がないと」
「ははは、薬草を採るのかい?今は冬だから、ほとんど生えていないよ」
「いえ、魔獣を狩るんで」
「え?」
ニコラスの大きな目が点になる。
「できれば一角熊か南白狐がいいんだけど、黒闘牛でもいいな」
「いやいやいやいや、何言ってんの?」
「あ、ここら辺はいないですか?」
「そうじゃなくて」
「やっぱり、もっと北の方がいいのかな?」
最早、ニコラスにはアシュリーの言葉は冗談にしか聞こえない。
「君、本気で言ってるの」
「え?」
「そんな無理しなくても、船代は取らないから」
「は?」
「いくらお金が必要だからって、何もそんな危険なことしなくても。もしかして全くお金がないの?」
「はい」
「そうかぁ」
ニコラスはまさか文無しとは思わず吃驚した。
「ラジャまで行ってその後はどうするの?お小遣いくらいならあげられるけど…」
ちょっとその言葉はカチンとくる。
「私、無理なことは言っていませんよ。小遣いも必要ありません」
「でもね…」
「この剣」
アシュリーは腰の剣を握った。
「飾りじゃないんで」
「じゅじゅは、つおいよー」
「ねー」
「ねー」
「本気かい?」
「はい。それじゃ……」
そうってアシュリーは肩から掛けたカバンの中から、長い紐を取り出した。
「ライ、おいで」
「はぁい」
そう言うとライを背負い、そのままでグルグルと紐でアシュリーに括り付けた。
「あれぇ?待って待って、何しているの?」
「え?」
ニコラスはもう何が何だか分からない。
「あ、ライを一人にしておけないんで。魔獣狩っている時も、一人で置いておくよりこうして背負っている方が安心だから」
「ねー」
「ねー」
「いや待って待って。さっきからよく分らないことを言ってるけど、今のが一番よく分らないよ」
アシュリーが怪訝そうな顔をする。
「なんで?って顔止めてね。普通の人には理解できないから。君は女の子だよ?しかも子供を背負って森に入って魔獣を狩る?いや、変だよ、変だよね?」
ニコラスがライに真面目な顔をして聞いている。
「ねー」
最早、ライの「ねー」は同意ではない。
「大丈夫ですよ」
「いや、それならせめてライ君を預からせて」
「……」
益々アシュリーは怪訝顔。
「だからー」
「ライを一人にしちゃいけないって学んだんで」
「……」
「ライは売られるところだったんです。ライを世話していた人たちから」
「それは…」
「それに、ライを一人にすると泣いちゃうんで置いていけないんです」
今日初めて会った人間に子供を預ける親はいない。アシュリーも同じだ。
「確かに、会ったばかりの僕を信用できないのは分かるけど、僕はここに店を構えていて信用第一をモットーとしてる優良店のオーナーだよ。何も証明できるものは無いけど。あ、そうだ、誓約魔法を使ってもいいよ」
誓約書に内容と署名をして血判で完了する誓約魔法は、反故にしようとすれば命に関わる。
その目に嘘が無いことはアシュリーにも分かる。
「……すみません、船に乗せてくれる善い人なのに。嫌なことを言いました」
「いや……」
船に乗せれば善い人というわけではない。アシュリーも警戒心も大概だ。
「ライをお願いできますか?」
「あ、勿論!」
二人の会話を聞いているライは不安顔。
アシュリーはライを背中から降ろし、膝を突いて目線を合わせて優しく言い聞かせる。
「ライ。私が出かけている間、ニコラスさんと待っててくれる?」
「……やーよ」
「そっか、じゃあ、一緒に行こう」
「待てー!!早い!もっと説得して!」
凄い速さで突っ込んできたニコラス。
「ライが嫌って言ってるんで」
「それでも、もう少し説得してよ」
今度はニコラスがライに目線を合わせた。
「ライ君。僕と一緒にお店で待ってようよ」
「やー」
「ケーキがあるよ」
「……」
ライはケーキを知らない。
「ジュースもあるんだ」
「……」
ライはジュースなんて聞いたこともない。
「確か、可愛い絵本があったかも」
「……」
かわいいえほんてなにかな?と思っている。
「ウサギさんとリスさんの面白いお話なんだけどな」
「……」
ウサギさんとリスさんは森で見たことがある。とっても可愛かった、と思っている。
チラッとライを見れば、頬っぺたを真っ赤にして目がキラキラしている。
「ライ、まってる」
「よしっ!」
ニコラスが勝った。
「心配しないで、ライ君の面倒はちゃんと見るから」
アシュリーは立ち上がると、ニコラスに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「うん、ジュジュちゃんも気を付けて。本当に無理しないでね」
「はい。ライ、すぐ戻るからね」
「うん!」
そういうとアシュリーは来る時に通った森へ向かって走って行って、あっという間に見えなくなった。
「メチャクチャ早いな」
そう呟くとライの手を引いて店の中に入って行った。
「今日のケーキにはクリームが乗っていて美味しいぞ」
「くりーむ?」
それは、何かな?
読んで下さりありがとうございます。
アシュリーはジュジュと名乗りますが、ト書きは全てアシュリーとさせて頂きます。
混乱をしたらごめんなさい。




