三歳児は色々と大変なのです
取り敢えず、道を歩いていればどこかの町に着くだろう、と目的地も分からないまま歩いている。
ライのペースで歩くと殆ど進まない上にすぐに寄り道をする。座り込みじっとしていて、一体地面の何を見ていると思ったら蟻をひたすら見ていた。しかも真剣に。
「行くよ」と声を掛けても、「んー」と返事をして動かず、仕方がないので飽きるまで待ってみたり、痺れを切らして強引に抱えてみたり。
ライに付き合っていたら森を抜けるのにどれだけの時間が掛かるか分からない。
「とりあえずお金を稼がないといけないな」
ライと手を繋いで歩きながらアシュリーは呟いた。
「ライはねぇ、おかねになるよ」
「……いや、それは違うから」
「おじしゃんがいってたから」
ライの大きな間違いをどう訂正するべきか。
「ライ」
アシュリーはライと同じ目線になるように膝を突きゆっくりと話した。
「ライが、お金になると言うことは、ライが、パンみたいに買われると言うことだよ」
「ぱんみたいに?」
「そう。ライがパンを買ったら、そのパンは誰のもの?」
「うーん、ライの?」
「そうだよね。じゃ、誰かがライを買ったらライは誰のもの?」
ライは少し考えてそれから、俯いた。
「だれかの」
小さい声でライが答えた。
「そうだね。誰かのものになったら、私と一緒には居られないよ」
そうアシュリーが言うと、ライはハッと顔を上げた。その目に涙を浮かべて首を振る。
「ライがお金になるっていうのはそういうこと。だから、絶対にそんなことを言っちゃダメ。分かった?」
ライは首を縦に振ってアシュリーに抱き付いた。
アシュリーはライを抱き上げると、ポンポンと背中を叩いて再び歩き出した。
途中で動物やら魔獣やらを捕まえて食べ、皮や角を売るために集めた。
ライの為に果物も探したが、これはなかなか見つからない。バインダー領よりは暖かくても季節は冬。どうしても果物は少なくなる。
それでも、どうにかオレンジを見つけることは出来た。
オレンジはまだ酸っぱいのか、口に入れるとライが目をギュッと瞑って顔をクシャッとした。
「しゅぱっ」
「ははは、まだ早かったか」
「でも、おいしーよー」
肉や魚よりよく食べる。一房一房口に入れる度に、顔をクシャッとしている。でも嬉しそうだ。
「いっぱい食べるんだよ」
「うん!」
かなりのんびり進んだが、そうこうしているうちにライと出会って三日目、漸く町を見つけることが出来た。
「やっと着いたぁ」
「ねー」
大きな町だ。小さな港もある。
アシュリーは町の人に教えてもらった武具店で皮や角を買い取ってもらい、得たお金で服を買いその他の必要な物を揃えた。
「うーん、お金が足りないなぁ」
手に残った大銅貨五枚では多分船には乗れない。
「ま、いいか」
地図を買うことが出来たから、ラジャに向かう船が出ている港町まで、狩りをして金を稼ぎながら向かえばいい。
ここは、グレムル王国の南西に位置するメリード領の端。
王国の北東に位置するバインダー領からは、かなり離れた所まで来てしまった。
「ライ、お腹空いていない?」
「しゅいた!」
それじゃあ、と『男気』なる勇ましい名前の店に入る。まだ、開店したばかりなのか人が少ない。
二人は窓際の二人用の席に案内された。
注文は、アシュリーが丸いバケットをくり抜いて、中にたっぷりのクラムチャウダーを入れたものと、ステーキ二枚。ライは、オレンジのソースがたっぷり掛かったクレープシュゼットとフルーツの盛り合わせ。
店の名前に似合わずメニューはお洒落だ。
暫く野性味のある食事をしていたアシュリーにはちょっと物足りないが、ライは初めて食べるクレープシュゼットに目がキラキラしている。
「うわぁぁ、じゅじゅ。しゅごいねー」
うん、可愛い。
しかし、そう思ったのも束の間、徐々に三歳児の恐ろしさを知る。
口の周りにオレンジのソースやらフルーツの汁やらをたっぷり付けて、シャツにも零しまくっている。ベトベトになった手で触って更にシャツが汚れた。ズボンにも色々と付いているようだ。買ったばかりなのに。
あ、ライのフォークが落ちた。こらこら、両手に食べ物を持つのは止めなさい。……あれ?それは私がサミュ様に言われていたことだ。
今まで肉ばかり食べさせていたし、フルーツはアシュリーが直接口に入れていたから、こんな惨状になったことがなかった。
「ライ?」
「ん?」
「美味しい?」
「うん!」
真新しい服が、凄い状態になってしまったが、ライは全く気にもしていないようだ。
まぁ、いいか。
「残さず食べなね」
「うん」
珍しく沢山食べたライは、子供らしくお腹が少し膨れている。
それでもクレープシュゼットは二枚あるうちの一枚を半分と、フルーツの盛り合わせを半分も食べてはいない。
「ライ、大丈夫?肉食べる?」
「いらない、ライのおなかいっぱい」
「ふぅん」
三歳児って全然食べられないのかもしれない。しかも偏食。
店を出ると、今度はライを小脇に抱えて顔を洗える場所を探した。
流石に噴水の水で洗うわけにはいかないし、どこかにいい所はないかとキョロキョロしていると、目の前の宝飾店から出てきた男がププッと吹き出して声を掛けてきた。
「君、何か探しているの?」
「……この子の顔を洗いたくて」
小綺麗な恰好をした背の高い金髪の男はライを見た。
「ははは、凄いもんね。顔」
「じゅじゅ、ライしゅごい?」
「うん、凄いよ」
「わぁ…」
あ、なんでかライが喜んでる。可愛いな。
「うちの店の裏に水があるから使っていいよ」
「いいんですか?」
「うん、だって気持ち悪いでしょ?ベトベトしてたら」
それは本当にありがたい。
「服も洗っていいですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます、助かります」
宝飾店の裏に回ると、水を汲み上げるポンプがあった。
「やだ、ライおみじゅ、やー」
確かに冬の水は冷たくて、顔を洗うのを嫌がるのも分かる。
「ライ、温かくしてあげるから大丈夫」
「ほんと?」
「本当だよ」
アシュリーは汲み上げた水を魔法で温めてライの顔を洗い、新しい服に着替えさせて汚れた服を洗った。
そして、炎を纏わせた手を洗って濡れた服に近づけて乾かす。
「…凄いね」
先ほどの金髪の男が、店の裏口から来たらしくアシュリーの魔法を見て目を見張った。
「水を使わせてくれてありがとうございます。助かりました」
アシュリーが丁寧に頭を下げると男は笑って、「気にしないで」と言った。
「君はここら辺の子?」
「いいえ」
「そうか。その子は弟?」
「……」
「あ、ごめんごめん。詮索する気はないんだ」
アシュリーが警戒していることを感じたのか、慌てて否定した。
「ただ、剣を腰に差して男のズボンを履く若い綺麗なお嬢さんが、こんな小さい男の子を連れていると、いやでも目立つからさ」
確かに、先ほどの店でも自分たちをチラチラ見ている人が居た。
「女性が剣を持っているのは珍しいですか?」
「まぁ、冒険者もいるから特別珍しくもないけど。うん、君は人の目を惹き付ける感じがするな」
子連れは目立つと言いたいのだろう。
「この子は親がいなくて、私が面倒を見ているんです」
「そうか。悪いことを聞いたね」
男は本当に悪いと思っているような顔をした。
「いいえ」
悪い人ではなさそうだ。
「で、これからどこかに行くのかい?」
「はい船に乗ろうと思っています。」
「船?」
「ラジャ王国に行こうと思って」
「……」
男は目を見開いた。
「ラジャ王国に何か用があるのかい?」
「まぁ、何となく」
「何となくって、お金はあるの?」
無い。先ほどの食堂で全部使った。
「稼ぐ予定です」
「はははは、君、面白いね」
ライはキョトンとしている。
「この町には個人の船しかないんだ。ラジャに行くなら、ここからもっと南に南下すると、ゲタンって街があってそこから船は出ているよ」
「本当ですか?」
「ああ、でもね…」
ちょっと言い難そうだ。
「あの街から出る船は金持ちが乗る遊覧目的の船なんだ。我々みたいな庶民は、自分で船を出すか、ずっと東にあるシャクナと言う町まで行くんだよ」
「え?」
「ここからだと、シャクナまでは馬車を乗り継いで十日ほどかかるかな」
なるほど。
「渡航費はどれくらいかかりますか?」
「ゲタンから出る船なら一人白金貨一枚」
ん?それって大猪何頭分だ?大猪の皮が一枚で大体銀貨が一枚。つまり、
大猪五十頭で白金貨が一枚。
「むむっ」
「シャクナから出る船は一番安くて一人銀貨五枚」
大猪五頭分。断然こっち。時間は掛かるけど。
「それともう一つ方法がある」
「なんですか?」
「僕の船に乗る」
「あなたの船?乗せてくれるんですか」
ついついアシュリーの目が輝く。
「残念ながら直ぐじゃないけど」
「構いません。それまでにお金を稼ぐんで」
「ははは、そりゃいいね、一週間後にラジャに石を買い付けに行くんだ。その時なら、乗せてあげられるよ」
「是非お願いします!」
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