07.実はこういうことでした
「莉桜、少しは落ち着いた?」
ノクトの家での一件で莉桜は家に帰りたくないと思っていて梓紗に誘われて今は梓紗の家にお邪魔していた。
「う、うん。でも……」
莉桜は落ち着きを取り戻した後に自分の行動を思い返してはさぁっと青ざめていた。
(いくら混乱していたとはいえ、私はノクトになんてことを……)
「莉桜、ノクトにはあれくらいしないと効果はない」
だから気に病むことはないとシンは落ち着いて言う。
「もっと冷たく言っても良かったと思う! ノクトってばホントにヒドイ!!」
梓紗はそう言った。ノクトが莉桜をのけ者にしていた事実に相当怒っているようだった。
「梓紗が怒っても仕方がない」
「そうだけどさ〜」
「あら、なんの話?」
梓紗の母親が飲み物やお菓子を持ってやって来た。
「お母さん! ノクトってばヒドイんだよ〜!」
梓紗はそう言ってノクトの家で起こった出来事を洗いざらい話していた。
「あー……。実はノクトくんには口止めされていたんだけどね……」
話を聞き終えた梓紗の母親は何か思い当たることがあるのかそう前置きをして話し始めた。
「実は莉桜ちゃんのお母さんからボロアパートからの立ち退きの件を相談されていたところを偶然、ノクトくんに聞かれてしまったのよ」
「「「え?」」」
それは思いがけない話であった。
「シンくんのお母さんも一緒に聞いていたはずだからわかると思うわ。あの時のノクトくん、凄かったのよ。“自分がなんとかしてみせるから心配しないでください!!” って話を聞いたあとそう言って更に、“立ち退きの件は莉桜には言わないでください” とも頼んできて、ふふっ、可愛かったわ〜」
そこからのノクトの行動は凄まじかったらしい。マーカスをこき使って土地の所有者を探し当て土地を譲渡するよう交渉を重ね、見事勝ち取ったのだという。
そこにはかなりの額のお金が動いたかもしれないわ〜、なんて梓紗の母親はのんびりと言っているけれど、莉桜、梓紗、シンまでも顔色を悪くしていた。
もちろん、ノクトの独断でやると後々面倒なことになることはノクト自身もマーカスもわかっていたようで、ノクトは自分の母親に連絡をし、莉桜の母親が大ピンチに陥っているとやや、いや、かなり盛りに盛って話をしたようで、莉桜の母親を助けたい! と強く思ったノクトの母親から父親に話をしてもらい、許可を貰うことと、裏で手を回してもらうことまでやっていたようだ。
「そういうことで立ち退きの件がなしになったの。あと、取り壊して新しくしてあげたほうがいいんじゃないかしら? と助言したのは実は私なの」
「お母さんが!?」
梓紗は驚いた様子で声を上げた。
「宿屋にすれば家を離れずに仕事ができるんじゃない? と提案したのはシンくんのお母さん」
「うちも?」
シンも驚いた様子だった。
「そうよ。ノクトくん1人でやっていた訳じゃないのよ」
そこまで話を聞いて莉桜が一番ショックを受けていた。
(私、ノクトになんて言った? こんな事情があったのにノクトにヒドイことを……)
「あ、謝らなきゃ……、ノクトに……」
震える声で莉桜は言う。
「謝る? ノクトくんに?」
「実は……、ノクトにヒドイことを言っちゃって……」
梓紗も言いにくそう言った。
シンも気まずそうだった。
「そうだったの? なら、今すぐ行きなさい。仲直りするのは早いほうがいいから」
そう言って梓紗の母親は3人の背中を押した。
頷き合った莉桜と梓紗とシンはノクトのところに急いだ。
「ノクト? いる?」
ノクトの家に向かった3人は呼び鈴を鳴らし、更には声を掛けた。
ガチャとドアが開き、ノクトが出てきた。
「ノクト!」
莉桜は真っ先にノクトに抱きつこうとして堪えた。
そして頭を下げた。
ノクトもほぼ同時に頭を下げ、梓紗やシンも頭を下げた。
「「「「ごめんなさい!!」」」」
4人の声が重なったその言葉は空まで響いた。
「ごめんなさい、ヒドイことを言って、ヒドイ態度を取って……」
「俺のほうこそ、黙っててごめん。けど、のけ者にしていた訳じゃ……」
「知ってる。全部聞いた」
「全部聞いた?」
「ボロアパート立ち退きの件」
「……あぁ」
ノクトはピンと来たらしく返事を濁した。
立ち話もなんだから中に入って、とノクトに促された3人はノクトの家の中に入った。
リビングに行くとマーカスがお茶の準備をして待っていてくれた。
その顔色はいつもより悪かった。
「マーカス。あの……」
莉桜はマーカスの顔色を見て謝るべきなのか迷っていたが、マーカスが気にするな、と手で合図してきた。
用意してくれていたお茶を一口飲んでから莉桜は口を開いた。
「その立ち退きの話が出ていたのは、本当?」
莉桜が聞くとノクトはゆっくりと頷いた。
「ボロアパートだからね。莉桜たち親子がまだ住んでいることを知っているはずなのに、苦情の電話があったらしいんだ」
いつまであのボロアパートをそのままにしておくんだ! という苦情電話がかなりあったらしい。
「そんな……」
莉桜は絶句していた。そして何も言わなかった母親のことを気に掛けた。
精神的負担は大きかったかもしれないと思うと心苦しく感じた。
「所有者も放置している上に知らぬ存ぜぬ扱いで担当者も頭を抱えていたらしい」
「所有者がいたのか?」
「いたらしい」
ノクトはそう言って息を吐いた。
「らしい、ということは、実はもういなかった……?」
「所有者は行方知れずになっていてその家族を探し出せたんだが、自分には関係ないの一点張りだったんだよ」
シンの質問に顔色を悪くしたままのマーカスが答えた。
「所有者の家族なんだから知らないなんてことはないよね?」
「………………」
莉桜は申し訳ないな……、という思いはあるようだが、何も言えずに黙っていた。
「こちらとしてもあまり時間は掛けたくなかった」
マーカスはうんざりした表情で言った。
思い出したくない何かを思い出してしまったかのようにも見えた。
「和哉さんが出てきた時はゾッとした……」
あの人こそ関係ないのに、マーカスはそう言った。
莉桜の知らない間に解決したかったノクトはかなり無理をしたのではないだろうか。
更に無理をしていたのはこき使われたマーカスではなかろうかと思います。
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