06.初めての拒否
ノクトのスパルタ授業が功を奏し、莉桜、梓紗、シンの三人は無事に高等部への進級ができることになった。
ノクトのほうも問題なく、尚且つ首席で進級合格を果たしていた。
「高等部は寮に入ろうか」
ノクトの自宅に集合していた莉桜、梓紗、シンの三人にノクトは突然そんなことを言い出した。
「歩いて行けるのに?」
寮生にはならず、自宅から通うつもりでいた莉桜は何を言っているの? というような感じでノクトに言った。
「そう。莉桜のアパート、取り壊しが決まったんだ」
「……えっ?」
ノクトの言葉に莉桜は固まってしまった。
それもそのはずで、この日まで莉桜は何も聞かされていなかったのだから。
まさに寝耳に水の話である。
「ごめんね、莉桜。何も伝えていなくて」
進級テストが終わるまではまだ知らせないほうがいいと思ったんだ、とノクトに言われれば莉桜は何も言えなくなってしまう。
「莉桜が住んでいるボロアパートを買い取ったんだ。それで、新しく宿屋にしようと思うんだ」
「……宿屋に?」
莉桜は今、聞いていることが現実なのかわからなくなっていた。
けど、梓紗もシンも一緒に聞いていて、梓紗が驚いた表情で聞いているのを見ると少しほっとしている自分に莉桜は気付いた。
(驚いているのが私だけじゃなくて良かった)
ついそう思ってしまう莉桜なのだった。
「お母さんは知っているの?」
莉桜は震える声でノクトに聞いてみた。
ノクトはゆっくり頷いた。
「おばさんも話を聞いた時は驚いた顔をしていたけど、その土地を俺が買い取ってくれたことに安心していたよ」
そのあとにボロアパートは取り壊すことを伝えたらそれはそれで驚かれたけど、とノクトは話してくれた。
「………………」
莉桜はとても複雑な気持ちになった。
何も話してくれなかったことはもちろんイヤだったけど、ノクトの思い通りに色んなことが起きているような感じになってきているような気がしてならなかったからだ。
そんな莉桜の両手をそれぞれ違う手がそっと触れて包んでくれた。
右手は梓紗の手が。左手はシンの手が。しっかりと握っていた。
その光景を目にした莉桜は嬉しくなり涙が出てきた。
(ありがとう、梓紗、シン)
莉桜は2人の寄り添ってくれる気持ちが嬉しくてきゅっと手を握り返していた。
「ノクト」
シンの静かな声が響いた。
「シン?」
ノクトは今になってなんだか良くない状況なのではないのかということに気がついた。
「いくらなんでもやりすぎだ」
「おばさんだけじゃなく、莉桜にも聞いておくべきだったんじゃないの?」
莉桜だけのけ者にするなんてヒドイ! 梓紗はそのことに憤慨しそうだった。
「莉桜をのけ者にするつもりは……」
「全部決まった後に事後報告のように莉桜に伝えている今の状況の中で何を言っている訳?」
梓紗は冷たく言い放つ。ノクトは何も言えなくなってしまう。
「ノクトにしては配慮が足りなかったようだな」
シンは呆れたように言った。
「何を焦っているのかは知らないが、そんな勝手なことをこれから先も繰り返すつもりならお前は大事なモノを見失うぞ」
ノクトはシンに言われて思わず莉桜のほうを見た。
けど、莉桜はノクトのことを見ていなかった。
「り、莉桜……」
ノクトがそう呼び掛けても莉桜は何の反応もしなかった。
「莉桜、あの……」
ノクトは莉桜に何かを伝えようとするが、言葉が出てこなかった。
「もう、いい」
けれど、莉桜は否定するように頭を振った。
そしてノクトのことを見ようともせずに言った。
「ノクトの好きにすればいい。ノクトの思い通りに事が進んで良かったね」
それだけを言って莉桜は梓紗とシンにもう行こう、と促した。
「莉桜!」
ノクトは出ていこうとする莉桜に声を掛けるが莉桜が振り返ることはなかった。
莉桜が初めてノクトを拒否した瞬間だった。
***
「莉桜……」
ノクトは呆然とした様子で言った。
莉桜が今までノクトを拒否したことなど1度もなかった。
あんなに冷たく言葉を放つことも。
ガクリと膝に力が入らなくなり床に座り込んだ。
『あーあ、情けないな、お前』
座り込んだノクトをバカにするかのようにアリオスが現れた。
『いくらなんでも強引にやりすぎだろ。そんなやり方は誰もついて来ねぇぞ』
あれだと、ワンマンになるぞ、アリオスがそう苦言しても今のノクトには聞こえていなかった。
『悪いと思っているならちゃんと謝りに行けよ』
アリオスはらしくもなくノクトにそう言った。
「……わかってる。けど、莉桜に拒否されたら、怖い」
『は! 莉桜に黙って怖いことを平気でやっていたヤツが言うセリフかよ』
お前が隠れて何をしていたのかオレは知っているだぞ、と言わんばかりのアリオスの言葉にノクトはアリオスの首の辺りを掴んだ。
『ぐぇ!! お、おまっ、首、首しめんな!』
「お前に何がわかるんだよ!」
ノクトはまるで吐き捨てるように言った。
けど、声は震え、手も震えていた。
アリオスを掴んでいた手が力なく離れた。
「嫌だ。莉桜に嫌われたくない……」
情けないくらい弱々しい声でノクトは言った。
『いや。いっそ、嫌われてもいいやぐらいに開き直って全部言えばいいだろ』
「な、何を……」
ノクトはたじろいだ。
『逆に聞くがお前の莉桜に対する気持ちはそんなものなのか?』
「………………」
アリオスにそう言われたノクトはぴたりと止まった。
『莉桜に嫌われたくらいで揺らぐような気持ちなら実らないだろうな』
可哀想にガキの頃のお前、アリオスは冷たく言った。
「アリオス」
『なんだ?』
ノクトは少し吹っ切れたような顔になっていた。
「お前、いい子犬だったんだな」
『子犬じゃねぇわッ!!』
狼だろ!! と絶叫するアリオスを面白そうに見てノクトはある決意をしていた。
『ったく。ま、いつもの調子が戻ってきたなら良かった』
やれやれ、アリオスは少し呆れながら前足で顔を掻いていた。
『ノクト』
「なんだ」
アリオスが不意にノクトを呼んだ。
ノクトはそっけなくも返事をした。
『これをやろう。いいか、肌身離さずいつも身につけていろよ』
アリオスはそう言ってノクトの前にペンダントのような物を差し出した。
「これは?」
ペンダントを受け取りながらノクトはアリオスに尋ねた。
『お守りだ』
アリオスはなんでもないように言う。
「お守り……」
ノクトはそう言いながらペンダントについているものが気になり自分に近づけて見ていた。
ペンダントの中心には透明で小さめなボールのようなモノがありその中には何か入っていた。
「……剣?」
剣は剣でもオモチャの剣に見えなくもないそれと、剣の側には炎のようなものも描かれていた。
ノクトはお守りと言われて渡されたペンダントをしばらく眺めていた。
そんなノクトの様子を見ながらアリオスは。
『お前がこれから一番、大変で面倒でヤバいくらいキツイことに巻き込まれていくんだろうな』
まるでこの先に起こることをアリオスは予言しているかのようだが、ノクトには当然聞こえてはいなかった。
この話で梓紗とシンの存在を心強く思ったことはないです。二人が話してくれる回になってくれて良かったです。
読んでくれてありがとうございました。