02.幼なじみのノクト
ボロアパートの一室には似合わない人物が入り口に立っていた。
その人物の周りだけ光が集まっているように見えるくらいに存在感があった。
金髪碧眼を持ち、堂々としている容姿は思わず振り返って二度見をしてはうっとりしてしまうほどだ。
「それで? ちゃんと説明してくれるよね? 莉桜」
話す声もよく通っていて心地が良かった。
声を掛けられた莉桜のほうはそれどころではないようだが。
「ノクト。あの、見えるの?」
「何が?」
「アリオスのこと」
「……アリオス? その獣の名前?」
莉桜が『アリオス』と言っただけでノクトの機嫌が悪くなった。
『相変わらず狭量だな』
「は?」
アリオスの言った言葉をノクトは聞こえていたようでギロリと睨んでいた。
どうやらノクトもアリオスの姿を見ることができるばかりか話す言葉も聞こえているようだった。
「説明するよ」
どのみちこの幼なじみに隠し事は不可能である。
莉桜は諦めたようにため息をついた。
莉桜の言葉にノクトはにっこりと笑顔になった。
『変わり身の早いヤツ』
「……は?」
アリオスの一言にノクトがまた不機嫌そうな声を出した。
(今日までよくバレずにいられたな)
莉桜はアリオスのことをバレないようにしていた日々を思い出していた。
母親にはバレないようにはできた。
なんせ莉桜の母親はアリオスの姿を見ることができないから。
けど、莉桜と同い年となる幼なじみたちはそうはいかないかもしれないと思った莉桜はアリオスに帰るように言ったことがある。
「アリオス、帰る場所があるなら帰ったほうが……」
『帰る場所なんてない』
「け、けど、このアパートは動物を飼うことは禁止されているし」
『お前の母親にはオレが見えていないようだったけど?』
「そ、そう、だけど。で、でも、幼なじみがいるの」
『……。へぇ? 何人?』
「さ、三人」
『ふぅん。そいつらにバレたくない?』
アリオスの言葉に莉桜は勢いよく首を縦に振った。
『そいつらがここに来るようなら隠れてやるよ』
「ほ、本当!?」
『ああ。……ただし。条件がある』
「条件?」
『ああ』
アリオスの出した条件とは……。
(私の涙を舐めさせろ。が条件になるなんて誰が思うのよ!!)
しかもその時の莉桜は深く考えることもなくあっさりと了承してしまったのである。
過去に戻れるならその条件、待った!! と全力で止めていただろう。
すでに不可能な話ではあるが。
「お嬢、心ここにあらずになっているぜ?」
その言葉に莉桜はハッと現実に戻ってきた。
場所を変えようとノクトに言われたことを思い出した莉桜は今現在、ノクトの自宅にいた。
莉桜を現実に引き戻した人物はノクトの執事兼護衛でもあるマーカスだった。
ノクトが唯一信頼している人物の1人である。
屈強な体躯で怖い顔つきをしているが主人にはとても優しい。
主人の知り合いにも同じように優しいため、莉桜はマーカスを怖いと感じたことはなかった。
「とりあえず朝食にしよう」
ノクトの言葉にいつの間にか莉桜の目の前には朝食が並んであった。
スープにカリカリに焼かれてあるパン、黄身が2つ並んだ目玉焼き。サラダに牛乳プリンを思わせるデザートまであった。
(美味しそう)
莉桜は顔の前で手を合わせ「いただきます」と言って食べ始めた。
目の前で朝食を食べている幼なじみのノクトと一緒に学園に行きたくないと思っていた莉桜は朝食を諦めることにしていたのだが、無駄になってしまった。
(明日こそはきっと……!)
その考えも明日には打ち砕かれることになることを莉桜は気づいていなかった。
「ノクト坊っちゃん、朝食をもう1人分用意しておいたが誰か来るのか?」
「ああ、まぁな。準備が終わったのなら席を外してくれ」
「わかった。じゃあ何かあれば呼んでくれ」
そう言ったマーカスは部屋から出ていった。
「さて。本当に食べるのか?」
ノクトの言葉に莉桜は頷いた。
「アリオス、ごはんだよ」
莉桜がそう言うとアリオスが姿を現した。
『お、やった。ちゃんとしたメシだ』
アリオスはそう言うなり用意されたごはんを食べ始めた。
「……本当に銀狼か? 実は人間なのでは?」
ノクトの言葉にアリオスはギクリと身体を硬くしていた。
「私もそう思ったんだけど。人間の姿になったところは見たことないよ」
「ふぅん。アリオス、とはどこで会ったの?」
「家の近くだったよ。確か5才くらいの時に会った。その時、アリオスは傷だらけで倒れていたわ」
「5才くらいって……。そこからずっと一緒にいたのか?」
「え? う、うん。アリオスと名付けたあとに一時期いなくなったけど、戻ってきてくれたし」
「……へぇ?」
そこまで話したものの、ノクトの機嫌は良くなることはなかった。
『おいおい。いくらなんでも狭量すぎるぞ。誰がこいつを守ってたと思うんだ?』
「お前だと言いたい訳?」
『その通り! 朝から晩までお守りをしてたオレの苦労も少しはわかれよな』
「………………」
ノクトは不機嫌を隠そうともせずにゆらりとアリオスに近づいた。
「なら、そのお守りの役目は今日限りで終わりだ」
『は? ……なっ!?』
ノクトはアリオスの首根っこを掴んでは遠くに投げ捨てた。
「アリオス!?」
私は驚いてガタンと立ち上がった。
「ノクト! なんであんなことをするの!?」
「だって、ズルいじゃないか」
「ズルい? 何が?」
「……莉桜と四六時中一緒にいたなんて……」
「え?」
ノクトが何かを言ったようだが、小さすぎて莉桜は聞き取れなかったようだった。
『まったく、オレを投げ捨てるなんてひどいヤツだな』
ノクトに投げ捨てられたはずのアリオスは何故か莉桜の肩にちょこんとお座り状態になりながらノクトに対しそう言った。
「なっ! いつの間に!?」
「アリオス! 良かった」
莉桜はすぐに戻ってきてくれたアリオスに安堵した。
ふわふわな毛並みを莉桜が撫でるとアリオスも満更ではのかふにゃ〜 と情けない顔になった。
『残念だが、オレは莉桜のお守りをやめるつもりはない』
「何故?」
『……まだちゃんとは言えないがオレにも目的がある』
「目的?」
『話せる時がきたら話す。ほら莉桜、ノクト、そろそろ行く時間だぞ』
そうアリオスに言われた莉桜とノクトはハッと時間を気にした。
気づくと学園に行く時間帯になっていた。
それと同時にコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「坊っちゃん、梓紗嬢とシン坊っちゃんがいらしているぜ」
「あ、梓紗たちも来たんだ」
こうなると莉桜は今日も逃げれそうになかった。
「じゃあ、行こうか? 莉桜」
さっきまでの不機嫌はどこへやらと思わなくないがノクトの機嫌は直っていた。
莉桜は引きつった笑みを隠せないま覚悟を決めるしかなかった。
もみくちゃにされる覚悟を。