01.残念すぎる美少女
築ウン十年以上経っているボロアパートの一室で莉桜は目を覚ました。
黒髪にエメラルドグリーン色をした瞳を持つ莉桜は、自己評価が大変低い人間であった。
素顔は美少女の部類に入るくらいなのだが、自分は平凡以下のモブだと常々考えていた。
まあ、そう考えてしまうのも無理はなかった。
なにせ莉桜の幼なじみが凄すぎるせいでもあるからだ。
ボロアパートの右側にはボロアパートの隣に建てるのは違うんじゃね? と思わなくないお城のような三階建ての住宅があり、左側にも三階建て住宅にはかなわなくともボロアパートには勝る二階建て住宅がドンと並んでいた。二階建て住宅の更に左側にも二階建て住宅がドンと建ってある。
明らかに場違いのボロアパートに住んでいる自分を何故か幼なじみたちは大事にしてくれていた。
嬉しい反面、少し放っておいて欲しいとも思ってしまう複雑なお年頃に莉桜はなっていた。
それからもうひとつ莉桜には幼なじみにも言えていないことがあった。
『もう朝か?』
身体を起こす莉桜に話しかけるのは一匹の子犬、━━ではなく狼の姿をした獣だった。
銀色の毛並みをしていて琥珀色の瞳を持つ銀狼。
莉桜はその銀狼に『アリオス』と名付けた。
アリオスと名付けたのは子供の頃で名前をつけた当初は苦しみ出しすぐに姿が見えなくなってしまったのだが、1ヶ月もしないうちにまた莉桜の所に戻っていた。
アリオスは不思議な狼で何故か人間の言葉を話し、会話ができるばかりか人間が食べる食べ物を好んでいた。
莉桜にはアリオスの姿が見ることができるが莉桜の母親にはアリオスの姿は見えていないようだった。
見えていない銀狼を飼ってもいいかなどと言えるはずもなく月日が経っていた。
アリオスが居てくれたおかげで仕事で母親がいない時も寂しいと感じることなく過ごすことができた。
それは良かったのだが、少し困ったこともある。
『莉桜、涙は?』
「すぐに出る訳ないでしょ」
アリオスは何故か莉桜の涙を欲していた。
莉桜の涙を舐めると身体が楽になるという理由で欲しているようだが、莉桜にしてみればちょっと、いやかなり迷惑に思っていた。
(誰にも見えてないからと遠慮なく舐められるのは迷惑だよ! 声だって出せないのに!)
アリオスの姿が見えるのは自分だけで周りにはアリオスの姿が見えない人たちががもし集まったときに、涙を舐められたせいで変な叫び声なんて出したら不審に思われるに違いなかった。
「もう行かなきゃ」
『学園に行くには早すぎる時間帯だぞ』
「仕方ないでしょ。被りたくないし」
『朝練するような部活に入っている訳でもないのに』
「いいの。早く行くしかない。幼なじみだとバレたくないの」
話しながらも髪を結びダサすぎる眼鏡を掛けて莉桜は準備を終えた。
『バレたくないからってそんなダサい姿をする必要あるのか?』
「ダサい姿って。言い方」
そうは言うものの、アリオスの言うことは一理あった。
今時、2つ結びの三つ編みに指定された制服をきっちりと着込み、瓶底眼鏡を掛けている女子など莉桜以外にはいない。
悪目立ちしていることを残念ながら莉桜は気づいていなかった。
『ま、いいけど。アイツに言われたことを守ってるとは健気なヤツだよな』
「アイツって……」
『ノクトだろ? お前にダサい格好をさせているのって』
「なっ、ど、どうしてノクトのことを!?」
アリオスにノクトの話をした覚えがなかった莉桜は思わずという風に大きな声でアリオスに聞いていた。
「俺がどうかした?」
その少しあとに違う声が響いた。
莉桜はその声を聞いてギクリと身体を硬くした。
本来ならアリオスの言う通り学園に行く時間ではない。
けれど莉桜には早い時間に学園に行く必要があった。
それは幼なじみの中に彼がいることを知られたくはないから。
「莉桜、そいつ誰? 動物を飼っているなんて聞いてなかったけど?」
冷たい声音がボロアパートの一室に響くとその中だけブリザードが起こったあとのように凍った空間となった。
実際にはそんな現象にはなっていないが。
「ノクト」
莉桜の声が震えた。呼ばれたノクトのほうはにっこりと笑みを浮かべていた。
目は全く笑っていない笑顔だったが。
莉桜はこれから起こるかもしれない事態にどう対処しようかと考えては頭が真っ白になって何も考えられずにいて焦るしかなかった。