クラス戦⑦ 心の瞳に映る不確かな轍
風を切って、暗闇を駆け抜けて魔の群れを切り裂く。
刀身に月が乱反射し閃光を生み出した。
「邪魔だ!」
擦り減る靴底を感じながら火蓋は切って落とされた。
火花散って、斬鉄の鈍い音が重なり合う。
いなし、躱し、見切る。
懐に入り、潜り込み、様々な武器に切り替え、最も効果のある魔術を付与し魔獣の特性に合わせて有効な一撃を与える。
数えきれない魔の軍勢を屍に変える。
速度を緩めない。
集中しろ! 集中しろ!! 集中しろ!!!
「見えた。遂に捉えたぞ」
山本五郎。憑依型マニアクス。
かつて、皇女であり聖女システリッサの国に仕えた大司教に憑依し、国を混乱に陥れたマニアクスの1人。
聖マグノリア皇国を滅ぼした1人。
魔盾に呼び寄せられ、この地に潜り込んだ亡霊。
そして、未来を捻じ曲げ、聖剣の影響かわからないがヒロインに憑依せず一般生を汚染した邪悪。
武器弾幕により12の刃を展開する。
「―― 相克 ――」
―――陰陽五行相克―――
「ここまで溜めたんだ。出し惜しみはしないさ。装填……完了」
標準を合わせる。
「ファイア!」
掃射される必殺の刃。背を向ける骨の巨人を12の弾丸が襲う。
首、胴、膝、手足に星の瞬きのような青白い発光が光り輝くと、骨は軋みを上げながら倒壊した。
魔獣の群れを倒した際に付いた返り血で真っ赤な俺は1人の少女の肩を抱きかかえた。
「遅くなってすまない」
気を失い前傾姿勢で倒れそうになったマリアの身体を支える。
風音は心臓を抉られ血を垂れ流しながら地に伏せていた。
聖剣の加護だろう気を失っているがまだ健在のようだ。
彩羽と迷々はもう居ない。
「既に脱落済か」
最後に残ったのは遠距離型のマリアと聖剣を持つ風音。
どちらも満身創痍だ。
巨大な蜘蛛のような足を背中から生やす四菱。
蜘蛛のような固く黒い食指を風音の胸から抜き取ると。
「今の攻撃……一撃か。なんだお前?」
四菱の皮を被ったマニアクス山本五郎。
霊騎を破壊するには同化し受肉した四菱を倒せばいい。
幸い仮想空間内。
本体の四菱は死なない。
山本だけジ・エンドだ。
願ってもない状況なのかもしれない。
「名乗るほどの者じゃないさ」
マリアをそっと地面に降ろし、俺は淘汰すべきボスに目線を合わせる。
「単なる阿呆か……どうやってここまで来たのかわからぬが……さっさと去ね」
山本は興味なさそうに手の平から召喚式を発動させると、無数の触手の形状をした魔獣が手の平から現れた。
蛭のような魔蟲が十数匹飛び出してきた。
円形の口蓋には尖った歯で獲物を捕食しようと――――
「トラッキングバレット」
アーツで取り出した無数の刃が触手を切り裂いた。
俺の周りを旋回する様々な武器がファンネルのように襲い掛かったモンスターを切り刻む。
旋回した大小異なる剣、槍、鎌、槌、盾は異なる魔術を纏いながら魔蟲を切り裂き終えると、まるで天使の羽のように俺の背に待機する。
12枚の武装の羽翼。
両手を広げ支配者のポーズを取り、俺は大仰に両手を叩いた。
「そんなものではないのだろう? マニアクス山本五郎」
名を言い当てられ眉をピクリと動かし、光を反射しない据わった目が俺に興味を持ったように輝いた。
「貴様。只者ではないな」
四菱の背中から生える蜘蛛のような黒い食指八本の切っ先が俺に向くとようやく敵として認識したようであった。
「まぁね」
蜘蛛型……最終形態になっているという事は、そこそこHPを削ってくれているようだな風音達。
ならば最後のトドメは俺に任せろ。
「問答はいいや。俺はあんたに興味はない。
山本の爺さん。いや……世界を欺く者。混乱を生む亡者。
因果はここに決まった。
決着をつけようぜ。全身全霊でかかって来い! 亡霊!」
俺は走り出し、ファンネルとは別に30の刃を取り出すと、全てに火炎を付与した。
「抜かせ。小僧!」
灼熱のエクストラバレットを掃射し地上は業火に包まれる。
迫り来る魔獣、魔物、魔虫を搔い潜り、超速の世界で山本の懐に入り込み一刀を振り下ろす。
チートを超えたチート。
タキオンで迫るが魔獣の肉壁が攻撃を緩慢なモノにした。
グシャりと肉が断裂する音と血飛沫が舞った。
「届かないか。そう簡単には行かないよな」
超高速の攻撃を加える前に山本の前に魔獣が割って入ってくる。
正確には再生する無数の触手を持つ魔物が山本の肉体に纏わりついてるのだ。
肉壁の鎧。
背後にある超速再生する蜘蛛のような固い食指と身体に纏わりつく触手の魔獣は俺の高速の世界に付いてくるほど素早い。
簡単に攻撃が通らない。
「そこそこやるな、木っ端。お前は俺の神髄を、」
慢心したボスは語りたがるのだ。
俺は意地悪をするように声を被せた。
「憑依者の力を自在に扱えるんだろ?」
「なに?」
怪訝な顔をしていた。
「俺から言える事はもう何もない……お前が語る事もない」
魔物の群れを従える四菱……
いや、山本は水流を螺旋を描くように二刀の刀身に纏わせた。
鞭のように水流がしなり、俺の頬を掠めると血が滴った。
・
・
・
武器弾幕を惜しげもなく打ち続けた。
一帯を取り囲む魔を打ち滅ぼしていく。
それに集中する事すらできず。
―――鈍痛―――
迫って来た山本と俺は鍔迫り合いをする。
本来の四菱よりも威力が格段に上だと思う。なぜだ?
武器同士が、かち合うと水流が俺の武器に蛇のように巻き付き、俺の急所を狙おうとしてきた。
さらに固い鋭利な食指が連続で攻撃を加えてくる。
さながら10刀流を相手にしてるような気になってくる。
「予想より……遥かに強い」
俺は顔を歪めた。
高速の剣技と食指を受け止める。
武器を切り替え、盾メインで攻撃をいなし続けるが。
「ッ!?」
脇腹を抉られ。
脚を刺され。
左足の小指と薬指が吹き飛ぶ。
高速の攻防で守りに入り、間合いに入るのを避ける為に距離を取る。
「だから邪魔なんだよ!」
背後に迫っていた魔獣をエクストラバレットとトラッキングバレットで肉塊に変える。
気が抜けない。
魔獣の対処をしようとすると、山本が疎かになり。
山本を対処しようとすると、魔獣共が疎かになる。
「長期戦は出来ない」
どこまで召喚できるのか推測が出来ないが。
多対1では圧倒的に不利。
偽りのユニーク。何度も打てない技。
あれは肉体に負荷を掛けすぎる。
使えば継戦出来なくなる。
「速攻で片付けるには……やるしかない」
―――超高速世界入門―――
魔獣と山本がスローになる。
この高速の世界で反応できるほど素早い食指と触手。
「イチ! 二! サン!」
タコのような触手と食指を切り裂く。
身体が軋み悲鳴を上げた。
高速の世界でさらに高速で動く事で可能にした偽りのユニークの準備を開始する。
全身に魔力を注ぎ込むと
……眼球が割れた。
出血してる箇所を中心に血管が引き千切られるような強烈な痛みが走った。
高速の世界で武器弾幕を放ち肉壁の鎧を一枚一枚剥がしていく。
魔力が、武器がゴリゴリ削られていく。
「グッ……」
血を吐いた。
胃液が込みあがって来る。
……吐きそうだ。
歩みを止めない。
戦う事をやめない。
放棄しない。
左手に持つ槍。右手に持つ細剣。
宙空で旋回し続ける様々な魔術を込めた12の武具達は色彩を放ちながら、俺の攻撃を邪魔する100以上の魔物を切り裂く。
全てを操作する精密性が求められた。
靴は焦げ付き数多の攻防で溶解し始めている。
足の裏が痛くて堪らない。
見えた。
―――隙間―――
剝がした触手と食指が再生される前に。
毎秒270連の攻撃。模倣した神速斬。
「神速の刺突3連! まだだ! 神速の抜刀3連!!」
肉体の限界を超えた技量を放った瞬間。
両者の間で血飛沫を上げた。
骨が砕け散り、筋肉が溶解し、皮膚が空気の摩擦で溶け始める。
俺の両手は砕け散った。
黒焦げになった両手は炭のよう。両手は熱を纏っているのか血管のように雷紋が浮き上がってくる。
それでも攻撃を緩めず、食指と触手を滅却した。
―――高速世界が終了し、時は再び元の流れに戻る―――
握力を失った黒焦げになった両手で一本の槍を握る。
最後の一撃。
胸を貫こうと槍で穿つ為に振りかぶる。
穂先を押し出そうと……
「まだ……あったのか」
アホみたいに俺は口を開ける事しか出来なかった。
山本は口を開くと、そこから蛭のような魔虫を複数召喚し、俺の喉元を狙っていた。
「マズイ」
一手足らない。これを防御に使われれば俺の最後の攻撃が通らない。
そう思った瞬間。
「遅延……」
マリアの声が一瞬したかと思うと、魔虫と山本の動きが緩慢になる。
「な!?」
全ての防御と魔物の群れを突破された山本の咄嗟の声。
それが聴こえたような気がした。
・
・
・
横目で確認するとマリアは深い眠りについているようであった。
『心の瞳』を研ぎ澄ませろ。
俺にはまだ見えている。まだ見失っていない。
「目に視えないモノが……まだ! 視えている!」
――― 一穿 ―――
山本の心臓に一撃を突き刺した。
吐血する山本は驚愕の顔をして顔を歪ませる。
「破滅の導き手よ。これで終わりだ」
穂先を抜き取ると、目の前の魔人は恐る恐る咳込みながら口を開いた。
「余を踏破した所で、それは間違いだ。それを気づかぬのか」
「お前らの出る幕じゃないんだよ。お前らの目論見なんてのは……くだらない」
眼を見開くと。
「お前は理解できているのか? 余の目的が……いいや、わかっているのだろう。
この世界を破滅させるという余の使命が、その真意が……わかっているのだろう?」
「ああ。知ってる」
山本は『そうか』と一言呟くと、言葉を紡いだ。
「生きるという事は苦痛だ。
苦難の連続だ。
生を望む足りえる意味が見出せない。そこまでの価値がない。
生き続ける事に意味がない。
生きれば、生き続ければ、より深い苦痛に、悲哀に、苦悶に、絶望にその身を焦がす。
生にこだわる理由がわからない。
お前ら人間は毎日うわ言のように『死にたい』と呻いているではないか。
希死念慮に取り憑かれているではないか。
死という静寂によって、安らぎによって、この星の生命は救われる。
死こそ価値がある。死ぬ事に意味がある。死によって生命は完成する。
死の方が優しくそれでいて甘い。お前たちは死によって救われる。それ以上の悲しみを背負う必要がなくなる。
この世は地獄だ。見るに堪えない亡者の群れしかいない。
いつまで経っても学ばぬ愚か者しかいない。この星の生命は不完全だ。
死によって終わらせねばならない。死によって完成させねばならない。
過ちを犯す前に。絶望を味わう前に。
余は大義を成そうとしているのだ」
御託はもういい。
「じゃあ。あんたとは意見が合わないな」
「……浅薄だな」
「ああ。知ってる。俺は思慮が足らないんだよ馬鹿だから。
けどな。それは違うんだよ。
意味なんてのはそもそも不要なんだよ。生きたいと思うのに意味なんて要らないんだ。
元々価値なんてものはないんだよ。
それは生きていく中で見つけるものだから。
だけど…………『生きる』というのは途方もないほどの苦難である事は認める。
俺もそう思う」
ああ。わかってるさ。
わかってる。
『死にたい』と何度も思った過去があった。
とても辛くて立ち上がれないと思った人生があった。
人生はどうしてこんなにも過酷で辛いんだろうと憎悪した事もあった。
どうして俺だけ辛い思いをしているのに、あいつは幸せなんだろうと嫉妬した。
何度も……
人生ってのは、努力は報われず、困難と不幸が突然舞い込む。
理不尽極まりない。
世界はどうしようもないぐらい不平等で不公平だ。
――いっそのことみんな死んでしまえばいい。虚無になればいい――
そう思った事が何度あったか。
この世界を破滅に導く導き手が言わんとする事がわかる。
わかってしまうんだ。
だって……
万人にとって死が最も優しく、最も平等だから。
それでも、だからこそ異議を唱えたい。
「多くの人が間違いを修正しながら、生きてきた足跡がある。
人の足跡は不完全なんだ。
人そのものが不完全な生命だから。完全な生命なんて居ないんだよ。
過去から現在に、そして未来へ繋がる多くの人が歩んだ不確かな轍。
人はそれを歴史と呼ぶ。
その足跡を道標に、研鑽し、研究し、反省し、数多くの失敗を繰り返し、長い年月を掛けて、より良い未来へと思いを馳せ、険しい道程を均してきた人々も居たんだ。
それを蔑ろにするのは間違いだと思う」
生を謳歌するってのは途轍もなく尊いと気づいた。
それを神の如く裁定する権利なんて誰にもない。
いや、きっと神にもないだろう。
「俺はこの世界に招かれた者。所詮は異邦人。
仮初の……第二の生を与えられたお前と同じ亡霊。
部外者の俺がこの世界の理に異議を唱えるのはお門違いなのはわかってる」
でも決めたんだ。
ヒロインをハッピーエンドに導くと。
この世界を救うと。
俺は馬鹿なんだ。どうしようもないぐらい愚か者なんだ。
折角得た第二の生を、仮初の命を捨てるような事を俺はしている。
この世界に住む人々の為に……凡人の命を懸ける価値がある。
もう後悔はしたくないんだ。
嫌というほど絶望はしてきた。
報酬は笑顔のハッピーエンドで許しといてやる。
俺は既に死んだ亡霊。
前世では常に希死念慮に取り憑かれていた亡者。
この世界は俺にとってボーナスステージみたいなもんだから。
これ以上望むのはきっと違うんだと思う。
四菱の本体は既に転送され、胸から血を流す山本の霊核が。
「お前は本当に……何者なのだ?」
何者でもないさ。
「単なる一時の夢を見た……幻の夢を見たどこにでも居る人間さ。
俺はどこにでも居る凡人だ。
群衆の中の背景の1人だ。勇者でも英雄でもない。
この世界に選ばれた人間ですらない。
偽りの生を与えられた紛い物の異物でしかない。
マニアクスは全員倒す。災厄の騎士共も倒す。
この世界を渡さない。終わらせない。終わりになんかさせてたまるか!」
俺は死に逝く亡者の眼を見据えて宣言した。
山本は自身の死を悟ったのか、口から血を流しながら一言。
「理解できぬ者よ。傲慢だな。ああ。実に傲慢で愚かだ」
肩を上下させ膝から崩れ落ちそうな俺。
何者にもなれなかった偽りの人生しか歩めなかったこの魔人に。
「ああ。俺はどうしようもないぐらい我儘なのさ」
「不可能だな。我ら魔人を打ち滅ぼすなど」
「……可能さ。あまり人を、人間の生き汚さを舐めるなよ。
人間は欲深いんだ。あんた達人外に比べてな。人間は狡猾でずっと薄汚いのさ。
俺達人間は勝つよ。あんた達終局のシステムに」
山本は一呼吸。
死ぬ間際の最後の呼吸をすると。
低く落ち着いた声で。
「ならばやってみろ。木っ端……あの世でお前が絶望する顔を楽しみに待ち受けていようではないか」
目の前の魔人の霊騎は完全に消滅した。
「……じゃあな。山本五郎……いや。何者でもない何か」
俺は天を仰ぎ見て。
「俺の勝ちだ」
ああ。ここが仮想空間じゃなかったら、俺は相打ちでドローになってたよ。
「それに俺1人じゃ勝てなかった……」
俺の意識は暗転した。
 




