クラス戦⑥ 乱気流に身を任せて
穿つは弱点。
放つは痛恨の一撃。
―――爆ぜろ―――
一つ目の巨人。
ビルの三階はあろうかという身長の裸族の怪物。
そいつの目玉に槍を突き刺し内部から炎熱を発現させ頭部を燃焼させた。
「2体目!」
慟哭に似た咆哮を上げる巨人は、のたうち回ると頭部を黒焦げにしながら巨体を仰向けにしながら倒れた。
空中から飛び降りる俺は、それに目もくれず四方八方の攻撃を武器を切り替えながらいなしていく。
頭上からは奇声を上げながら、かぎ爪を両手に嵌めた腐乱した顔をする怪人が俺の喉元を狙う。
刀を持った包帯男が左から迫る。右からは大きな鎌を持った死神のような亡者。
下方からは大口を開けた空飛ぶ鮫が迫って来ていた。
「悪くないコンビネーション。知性の欠片もない癖に」
魔獣の群れは俺を脅威と見なし連携していた。
眼球を高速で動かし、瞬時に軌道を予測し……。
―――否。
予知した。
「一歩先を行くのでは手数の多すぎる魔獣共の攻撃を防げない」
二歩。
三歩。
いや、四歩先を行く。
「見通せ。未来を。予言しろ、預言しろ。その先を俺は見据える」
最適解を探す。
検索。
思考、思考、思考……
実行。
乾く唇を舐める。
暗器で槍から巨大な槌に切り替え、包帯男の持つ刀を変形させる。
槌を盾に切り替え大口を開ける鮫の口に蓋をするように投げつけ盾を土台にして着地した。
右手から迫る亡者の歪曲する鎌の懐に入り込み間合い詰め、細剣で胴体を一閃。
かぎ爪の怪人を武器弾幕で頭部を吹き飛ばした。
生き残る包帯男の顎を蹴り飛ばし、土台にした盾に雷電を纏わせ鮫を絶命させる。
一瞬の攻防。
空中から降下した数秒の攻防。
「敵ではないが」
武器弾幕をあまり使いたくもない。
あれには残弾がある。
ここぞという時に取っておきたい。
タキオンと魔力も温存する必要がある。
省エネで雑魚共を倒す必要がある。
未だに四菱どころか、マリアと千秋、風音や迷々には出会えていない。
爆発音は遠方から聞こえるが、まだ距離がある。
その距離も徐々に離れているような気がする。
「魔獣の数が多すぎる」
湿地帯という事もあり、昼と夜の寒暖差で鬱蒼とした靄が辺り一帯に立ち込めている。
「見失う可能性があるな」
目の前には俺を油断できない敵と認識した魔の群れが取り囲んでいた。
その数は百じゃきかない。
100、150、200……
いや、それ以上の数が俺に釣られているようだ。
「お前ら全員経験値行きだ」
俺は細剣を掲げ、殺戮者のような笑みを作った。
恐らく目に見える範囲での強敵。
全身を甲冑に身を包み、2メートルはあろう大鉈を持つ牛鬼が赤い瞳孔を光らせると咆哮した。
「汚い叫び声だ」
それが合図となり、召喚された化け物どもが俺に牙を剥くと疾風が巻き起こった。
・
・
・
/マリア視点/
魔術を付与した投石によりCクラスの生徒を数名屠った時だった。
モンスターの群れを従えた四菱が、彩羽さんとFクラスの代表の男、Cクラスの下品な女と共闘しながら乱戦していた。
彩羽さんは魔物の群れを相手に殴りかかっていた。
桜井も巨体の一つ目の巨人相手に苦戦をしているようだ。
迷々は、人面狼を槌で叩き潰し四菱の前で歩みを止めた。
四菱は何を血迷ったのか、同クラスの生徒を召喚した魔獣に襲わせているのだ。
モンスターを使役する四菱は、共闘関係にあったと思われる残るCクラスの生徒を蹂躙していく。
中級ダンジョン以上にしか生息を確認されていない凶悪な魔獣。
中には上級ダンジョンに生息するとされている魔獣や見た事のない魔の者の姿まであった。
この猛攻に成す術もなくA、Cクラスの生徒は見るも無残な屍に姿を変えた。
「あれほどの術者だったの?」
私は木陰から息を潜め、聞き耳を立てる。
凶悪凶暴な魔物を複数使役する四菱は魔王そのものだ。
「そもそも2年生にあれほどの魔物を相手に出来る者が何人居るのか……」
「少し違和感があるな……」
四菱は、魔物に襲わせた生徒の切り離した頭部を掴むとまじまじと観察する。
すると、頭部が目の前で消えると不思議そうに首を傾げた。
「魔術か? それに先程までの死体がない……」
まるで仮想空間内での戦闘を今初めて知ったかのような、そもそも知らなかったかような奇妙な独り言を呟いていた。
「話が違うではないですか!? 我々の生徒は狙わないという約定を結んだではないですか。なぜ攻撃を仕掛けているのです。それに貴方はどうして魔獣を使役できるのですか!?」
迷々がゴミに向かって吠えると。
四菱は哄笑しながら迷々を冷酷な紫炎揺らめく瞳で彼女を見据える。
「ん? なんだ醜い女よ。お前こいつの女か? 随分開けた服装だが……売女の類か?」
彼女は侮辱され。
「な!?……様子がおかしいではありませんか。一体何を考えてるんですの!?」
混乱した迷々は、言葉をようやく紡ぐことが出来た様子であった。
「何を考えているだと? 痴れ者が。余に質問を投げかけるな。低俗なお前らでは理解できぬ事よな。お前と会話する事などない。去ね去ね」
四菱は両手で印を結ぶと。
「我が眷属よ。我が同胞よ。我が呼び声にこたえたまへ。来い! 飢えた亡者よ。この場に居る者を殲滅せよ」
四菱の足元で青白い魔法陣が輝くと。
地中から巨大な人骨が這い出てきた。
全身骨の巨人。飢えた骸骨。
ヒノモトでは、がしゃどくろと呼ばれる巨大なスケルトンが巨大な剣で迷々に切りかかった。
「そこの女も、盗み聞きはよくないな。不敬である」
「ッ!?」
私の頭上には人間の顔をした複数の蝙蝠が口内で火球を蓄えていた。
隠し持つ小石3つを指の間に挟み炎熱と遅延、魔力吸収の魔術を付与する。
天内さんに教えて頂いた技法。
「私の戦法は遠距離のみではないという事を知るがいい!」
メイズで三つの小石を弾いた。
・
・
・
肩で息をするのが精一杯だった。
戦闘が始まり半刻しか経っていないのに関わらず、気力は削がれ始めていた。
四人で四菱の放つ魔獣の群れを相手にしていたのだ。
余裕綽々と言った顔で。
「中々しぶといな。聖剣使い……なるほど常時治癒を行い不死身に近い特性を与えている訳か」
「ッ!?」
舌打ちをして四菱を睨みつける桜井。
聖剣?
あの刀剣が?
そんな疑問が生まれたが。
私は気を取り直し、四菱を観察した。
一切手を出さず使役する魔物を差し金にする四菱は疲弊する私達を弄んでいた。
あいつ自身は決して間合いに入ってこないという事は。
「召喚術士は近接戦に弱い」
私は推測を立てた。
彩羽さんが辺り一帯を凍てつかせると、魔獣共が氷の彫刻へと変貌した。
私はその機を見逃さず月の魔法。
闇の遅延魔術で足止めをする。
「ありがとう。マリア」
彩羽さん……彩羽は私に感謝を述べた。
私は名前で呼ばれ、少し嬉しくなり口元を綻ばせた。
「容易い事です」
依然四方は魔物の群れに取り囲まれていたが、4人は息を整えた。
「お前、何者だ?」
桜井は新雪のように真っ白な刀剣を地に突き差し四菱を睨みつけた。
「ふむ。許す。余か。お前になら名乗っても良い。マニアクスと言えばわかるかな? 聖剣使い」
まにあくす? 聴き慣れない言葉であった。
桜井は妙に納得した風に。
「……やはりか。プルガシオン起きているか?」
『ええ。既に起動しているわ。やはりマニアクスのようね。ごめんなさい。無理を言って……ここで共に障壁を乗り越えましょう。この領域なら……』
どこからか女性の声が響く。
私は声を発さず様子を窺った。
「ああ。わかっているよ。リスクは少ない。それにこれは僕が好きでやっている事だ」
大きく深呼吸をすると桜井の雰囲気が変わった。
何かを決意したかのような顔つき。
先ほどまでのあどけない顔でなく、精悍な男の顔であった。
「何を1人話してますの」
迷々は切り傷だらけの頬を袖で乱暴に拭う。
「この空間なら、ボクらは死ぬ事はない……全力で行くぞ桜井」
彩羽は眼鏡を外すと口から血の混じった唾を吐き捨てた。
「では、私は後方から援護します」
月の魔法。
闇の魔術遅延で足止めする魔獣達。
注ぐ魔力量を増やすと眩暈がした。鼻血が垂れ始めるが、魔力の量を落とすと休息すら取る事が出来なくなる。
私はサポートも出来ましてよ。
「プルガシオン癒しと力を」
桜井の持つ刀剣が白銀に輝くと、傷が癒え、体力が回復し、魔力が満たされていく。
それは私だけでなく、彩羽、迷々も同様であった。
刀剣が宿す力のようなモノが身体に浸透していく。
身体が軽くなり、体内に宿る魔力が増大したような気がした。
「即席チームで……全員で戦って貰ってもいいかな?」
桜井は私達を見ると頭を下げた。
しばらくの沈黙。
ほんの数秒ほどの間であった。
最初に口を開いたのは、彩羽であった。
「構わない。ボクの勘だけど。こいつ……かなり嫌な気配がする。洗脳されているのか?」
傷の癒えた迷々は大槌を軽々と担ぐと。
「仕方ありませんわね。四菱さんはどうやら頭を冷やして頂かないとCクラスの皆に顔向けできませんわ」
「……泣き叫ぶ顔を拝ませて貰いましょう。そうですわね。彩羽」
「そうだったね。手足をへし折って土下座させないとね」
「話は纏まったみたいだね」
桜井は突き刺した刀剣を引き抜くと、微動だにせず飄々とした目の据わった四菱に。
「マニアクス……お前はここで消えて貰うぞ!」
大丈夫。
この仮想空間では予め登録されている私達生徒は死なない。
全力で四菱……いいえ。恐らく洗脳している、まにあくす? と呼称される妨害魔を撃退して差し上げましょう。
回復した私は高火力魔法の詠唱を開始した。
全員で目の前の魔獣使いに武器を構える。
突風が吹くと、乱気流に乗って遠くから魔物の断末魔に似た残響が木霊した。
私は涼しい顔をした彼が一陣の風に乗って駆け付けたんじゃないかと、淡い期待にも似たそんな予感がした。




