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クラス戦⑤ 百鬼夜行



/三人称視点/



 四菱司(よつびしつかさ)は魔術と武術の才に恵まれた男である。

 攻防一体の水魔法を自在に操る天稟と謳われた男。

 特に剣技における才能は他に類を見ないほどであった。

 幼少の頃より開眼したその才は、ヒノモト二刀流の免許を皆伝するほどであった。

 生まれ持つ類まれなる才能は彼の自尊心を増長させ続けたのだ。

 

 そして彼は()()()に魅入られた。

 本来、間坂イノリが取り込むはずだった者に。

 彼の力はより強固なモノに、彼の人格はより残忍なモノに変貌しているなど、四菱自身知るよしもなかったのであった。




 四菱は腹痛と鎮静に繰り返し襲われていた。

 腹痛は体内で蟲が這いまわっているかのような痛み。

 鎮静は腹痛が引くと万能感に襲われるような快楽。


 まるで波状攻撃のように痛みと安らぎを、ごく短時間に繰り返し襲われていた。


「クッ」 

 誰にも悟られず脂汗を流し、うめき声を上げる。

 現在は腹痛に襲われていた。


「いかがなさいました」

 スティーブンは至って冷静に四菱の顔を窺った。


「なんでもない! 少し1人になる。作戦を練るのだ! 下がっていろ」

 吐き捨てるようにスティーブンに言い放ち陣営から距離を取った。


「なんだ、この不快感は」

(腹がねじじれるように痛い……)

 腹部を押え険しい顔をすると、意識を失いそうになった。

 息を切らしながら手近にあった木に手を付くと。

 

 嘔吐しそうになった。

「く。トイレはどこだ……」

 

 フラフラと彷徨い、自陣から1人で離れてはいけないとわかっていながらも、この醜態を見せる訳にいかないという、四菱のプライドが彼を単独行動にさせた。


 夕刻になり、木々に包まれる一帯は真っ暗になっていた。

 誰にも見られず用を足そうと準備しようとすると。


「はぁ……はぁ……痛みが引いたか」

 今度は沈痛効果が強く効き始めた。


 額に浮かぶ脂汗を拭うと四菱は自我を失った。

 

 四菱が意識を失い倒れると。

「やはり危険なモノだったか……副会長も不良品を渡したようだな」 

 白目を剥く四菱の傍に来ると。

 スティーブンはハンドガンを懐から取り出した。

「四菱、お前はとりあえず退場しておけ。お前はここで終わりだ」

 スティーブンは引き金を引こうとした瞬間。


 ――― 一閃 ―――


「は?」

 彼は思った。

 『何が起こったのかわからない』と。

 そんな間抜けな声を残し、スティーブンは視線がズレる。

 電源を落としたかのように彼の目の前が真っ黒になった。



 スティーブンの頭部が地面に落ちると。

 涎を垂らしながら、白目を剥く狂人が立ち上がった。

 自我を失った四菱は本能のままに動く狂人として相成った。

 本来の潜在能力の何十倍もの力を得て亡者として再臨したのだ。 

 半狂乱となった怪人は雄叫びを上げる。

 怪人は頬から血が出るほど、爪を立て肌に食いこませた。

 四菱は精神の主導権を奪われた。

 

 狂乱の使途。魔物達の王。

 召喚術士、山本五郎(マニアクス)に精神汚染を受けていた。


 汚染を完了した山本は、紫色の瞳を妖しく輝かせると。

 低く落ち着いた声で。

「皆殺しの始まりだ。おや、運がいい……我らの宿敵(勇者)が近くに居るな」

 闘争ストライフの使者、意識を覚醒させた山本は舌なめずりをした。

 

 ・

 ・

 ・


「流石に、連携が取れているな」


 Eクラス生は残り三人。

 大将、副将、イノリの三人による連携であった。


 俺の攻撃はイノリの魔盾(まとん)に吸い込まれるかのように集まると、その全てを悉く防がれた。

 大将の首を狙おうとすると、磁石のように盾に攻撃が引き寄せられるのだ。

 

「知っているさ」


 攻撃集中効果のある盾。

 盾役(タンク)のイノリはメガシュヴァメインヒロインの1人。

 優秀すぎる防御性能を誇る。

 

 俺は、大将一休(いっきゅう)の大剣による近接攻撃と弓使いの副将の遠距離攻撃をかわし、バックステップをしながら距離を取り、互いの間合いを見極める。


「……天内。お前を見くびっていたのは謝罪しよう。このクラス戦。我々はもはや敗北だろう。

 だが、最後に悪あがきはさせて貰う。それがお前に、そして散った我が仲間に対する礼儀」


 温存していた魔力も体力も惜しげもなく使っている。

 彼らは肩で息をしながら俺と相対していた。


「そろそろ」

 魔術を解禁するか。時間を掛けすぎだな。

 曲芸の練習をし過ぎた。


 Eクラスの生き残り三人に気付かれぬように魔力を伝達し始めた時であった。

 背後に気配を感じ取ると、そこには息を切らしながら俺の背後で片膝をつく翡翠の姿があった。

 彼女は口を開くと。

「マスター事態が急変しました」


「随分急ぎじゃない? 大丈夫か?」

 額から汗が滝のように流れていた。

 こんな取り乱した翡翠を見るのは初めてかもしれない。


「四菱が乱心しました」


「ん? あいつはいつも乱心してるだろ」

 

「そういう意味ではありません。現在マリア殿と彩羽殿、桜井、迷々の4名が四菱と交戦中。あれは恐らく……」


「なんだよ。もったいぶって」


「マニアクス、山本五郎に憑依されているかと……」


「え?」

 なんの話???

 なんで山本がここで出てくるのさ。


「お急ぎを」


「……マジで?」


(おお)マジです。この仮想領域内で仕留めなくては甚大な被害が生まれるかと」


「……」


 もう一回『マジで?』と質問ができそうにない顔を翡翠はしていた。

 そんな訳ないんだけど。山本が四菱に憑依???

 四菱は単なるモブ。俺と似た主人公に突っかかっててボコされる雑魚キャラのはず。

 汗を流す翡翠の表情は『何を悠長に問答をする必要があるのか』といった風に今か今かと俺の返答を待っていた。


「マスター!」

 痺れを切らしたのか彼女は声を荒げた。


「お、おう。悪い。い、行こうか……悪いな一休。俺は急用が出来たみたいだ」


「待て!」

 その声を無視して俺は翡翠を脇に抱えると。


「マスター!? 何を」


「それじゃあ。ごきげんよう!」

 逃がさまいと矢じりが飛来するが、俺はそれを盾で弾き無視した。


「待てと言っている!!」

 一休はワーワーなんか言っているが。


「翡翠。舌を噛むよ。どこら辺か誘導(ナビ)を頼む」


「かしこまりました。場所は―――」


 ―――超高速移動―――


 翡翠からおおよその場所を聞いた俺は高速の世界に入門した。


 木々、河川、廃墟、岩壁を縫いながら駆け抜ける。


 翡翠が大まかに指し示す場所。

 地点(ごと)タキオン(高速移動)を解き、彼女の指示に従い目的の地にじりじりと歩を早めた。


 ・

 ・

 ・


 小高い丘陵の麓に立つと。

 俺は目を疑った。

 

「さっきまではこんなに数は居なかったはず……なのにどうして……」

 翡翠は眼下の湿地帯に広がる光景に言葉を失っていた。



 ――おびただしいほどの魔獣の群れ――


  

 百鬼夜行のように大小様々な魑魅魍魎が跋扈していた。

 数はざっと千は超えるかもしれない。

 

「召喚術が成功している」


 山本の召喚術なのか? なぜ、このタイミングで?

 間坂イノリに憑依はされていなかった。それは調査済だ。

 その影響で未来が書き換えられ、有り得ざる事態が起こったという事か。

 あのさ。未来書き換わりすぎじゃない?


 俺は大きくため息を吐き肩を落とした。


 頭を切り替えろ俺。


「翡翠、君はカッコウと落ち合い逃げろ。Dクラスの生き残りの事も頼む。あれは俺が何とかするが……万が一失敗するかもしれん。その場合、一般人の避難誘導も頼んでいいか?」


 流石に学園の教師陣は既に事態を把握しているはずだ。

 だが、対処に追いついてないと見受けられる。

 このクラス戦は基本外部の干渉がない。


「それが仇となったな」


 さらにこの広大な土地柄から事態を把握した時点でどこまでの対処ができるのか……

 

 魔物の群れの殲滅は可能だろう。

 ただ、これらを仮想空間内に隔離し続けるのは難しい。

 それらが外に放たれれば、死者が出る可能がある。

 それを防ぐ必要がある。

 

「何を仰って。共に逃げましょう。

 マスターであろうとも、あれほどの大群の中に飛び込めば一溜まりもありません。

 一度作戦を立て直しましょう。この数は予想外です。

 先程まではあれほどの数は居ませんでした!」

 

 ようやく翡翠は思考を取り戻すと俺を引き留めた。

 彼女は俺をここに連れてきて対応を任せるつもりだったようだが、どうやら状況が大きく変わっているようであった。

 

「俺を信じろ。何とかする。その為に俺はここに居るんだ」


「あ、貴方は……」

 翡翠は俺の瞳を見ると、そこには畏怖に似た感情が見え隠れしていた。


「悪いね、無責任な事ばかり言って。んじゃあ。後はよろしく」

 俺は丘陵から眼下に駆け出した。


 

 山本五郎左衛門。

 江戸時代の妖怪物語『稲生物怪録』に登場する妖怪の名。

 妖怪の王。

 それに着想を得て作られたマニアクス(魔王)の1人が山本五郎だ。


 奴は憑依を行う実体を持たぬ者(亡霊)であり、魔獣を操る総代だ。

 憑依された者の技術を自在に操り、奴自身の持つ召喚術を組み合わせて戦う能力者。

 憑依者以上の戦闘力は発揮できないが、物量戦において奴は非常に厄介だ。


「さて、今の俺で勝てるのか……マニアクスは全員強敵。仮にもルートボス。強さは4騎士には遥かに及ばないが」




 俺は、今までにない緊張感を味わっていた。


 



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