クラス戦⓪
マリアからとんでもない謝罪を受けた。
なんの事かよくわからなかったが。
『人は失敗して成長するものだから気にしなくていいよ』と適当な事を言ってやり過ごしていた。
あのお茶の事だろうという予想は出来たが、俺の身体は目に見えて強化されていた。
というか、限界突破しているような感じがした。
身体が軽くなっていたし、肉体の治癒力が異常に高くなっていたからだ。
まぁそんなこんなあり、初日のテストが終わり俺は帰路に着いていた。
「得点調整は……失敗ってとこだな」
俺は項垂れてしまった。
午前の2科目が0点なので、午後の3科目を満点に近い点数にしておいた。
現在持ち点は289点だ。
明日の5科目も高水準を取らなければ、平均以上に追いつけなくなってしまった。
1000点中650点程度が平均点。
平均以上の750点……最低でも700点は取りたい。
なので、残りの500点中450点近い点数を取っておかなければならない……
一科目当たり平均90点前後の点数。
これを取る必要がある。
「ブッ! 超優等生じゃねーか」
俺は吹き出してしまった。
ガタガタと俺は震え出した。
「カンニングをしているとはいえ、雑魚モブにあるまじき点数。し、しかし。モリドールさんがクビになってしまう。モリドールさん……俺は貴方を必ずクビにしないと誓った……」
はぁ……はぁ……と動悸が激しくなった。
「雑魚モブを演じなくては……」
雑魚モブ成分が足らなくなってきている。
身体が雑魚モブ細胞を身体中に取り込めと疼いていた。
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翌朝。
筆記試験2日目であった。
学園の人気のない一画であった。
獣人の男子生徒が4人の男女の生徒に囲まれていた。
「薄汚い亜人風情が。チョロチョロと」
1人の男子生徒が獣人の生徒の胸倉を掴み、顔面に拳を振り上げていた。
その正拳が鼻柱に到達しようとしている。
「おい。やめとけ」
俺は拳を振り上げていた男子生徒の手首を掴み制止する。
「なんだお前?」
手首を掴まれた男子生徒は、手を振り払い少し距離を取ると俺を睨みつけた。
「……さっさと逃げろ」
俺はその獣人の男子生徒に『さっさと失せろ』というニュアンスを込め、目線を向けず告げた。
「す、すまん!」
謝罪を告げると、獣人の男子生徒は一目散に駆けて行く。
その後ろ姿を横目で見送り。
拳を振り上げていた男子生徒の取り巻き3人は俺の顔を見ると。
「おい。こいつ知ってるぞ」
「ああ。最近マリアさんの荷物持ちになった優男か」
「劣等生くん。お前この後どうなるか。わかってるよね~?」
4人は俺を取り囲みニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ああ。覚悟はできている」
知ってるさ。この後の展開ぐらいな。
いいねぇ。面白くなってきたぜ。精々俺を楽しませてくれ。
パーティの始まりだ。
拳を振り上げていた男子生徒が俺に詰め寄ると。
「グッ!」
うめき声を上げたのは俺だ。
俺は胸ぐらを掴まれ、鳩尾に正拳を入れられると、その場でうずくまった。
それから数分に渡り暴行を受ける。
髪の毛を掴まれ無理矢理立たされると顔、腹、背中に蹴りや拳が飛んできた。
右往左往して、俺はその攻撃を一身に受ける。
「ッ!」
俺は必死に耐え忍ぶ事しかできない。
耐え忍ぶ事しかしたくない。
俺は絶対に手を出さない。
バチンとゴムを弾いたかのような音が鳴った。
顎に衝撃が走っている。
俺は思いっきり顎にアッパーが飛んでくると地面に仰向けになるように倒れ込んだ。
俺は頭上を見上げると唾を吐きかけられた。
4人の生徒は俺を見下した目線を向けている。
俺は地べたを這いずり回る事しかできなかった。
「暴力では何も解決しない……」
俺はニヤケ面を浮かべてほんの少し挑発した。
「ゴミが」
リーダー格の男が俺の情けない姿を見て呆れていた。
「弱いくせに粋がるなよ。劣等生くん」
地べたを這う俺の脳天にかかと落としがクリティカルヒットする。
「ダッツ!?」
声にならない声を上げる事しかできなかった。
「ククク情けな。泣いてるよコイツ」
女生徒が俺の後頭部を踏みつけると、醜態を晒す俺を嘲笑していた。
「お前みたいな劣等生を見てると腹が立つんだよ庶民。さっさと消えろよ。てか死ね」
「そういやマリアさんとパーティーを組んでるらしいな。どんな姑息な手を使ったのか……庶民風情が貴族に気に入られたから調子に乗ってるんじゃないのか?」
俺の脇腹に痛烈なサッカーボールキックが飛んできた。
「ヒョゲェ~!?」
吹っ飛ばされると、壁に激突し。
「グッハ!?」
と吐血した。
既にボロボロの俺。
「おい。やれ!」
リーダー格の男は取り巻きに命令すると。
取り巻き達はギラつく目をこちらに向けていた。
「お、お助け!!」
俺は土下座をして許しを請うが……
俺の後頭部に革靴の重みが走った。
革靴は徐々に重みを増し、俺は地面に顔を埋めた。
土下座の姿勢で頭を踏まれ、地に突っ伏す俺。
すると背中に衝撃が走る。
「「「死ね! 死ね! 死ね!」」」
四方八方から蹴りが飛んで来ていた。
パシャリとカメラで撮影音が鳴り響くと笑い声が聞こえる。
そんなリンチが数分続き、俺の制服には土埃が身体中に纏わり、衣服は所々破れていた。
俺は気絶したフリをしながらクソみそ諸君が去っていくのを気配を感じ取り確認すると、ムクリと起き上がる。
「ふう。汚ねぇな。家には洗濯機ねぇんだぞ」
俺は懐からハンカチを取り出し、制服に付いた唾を拭いとる。
「ペッ」
血の混じった唾を吐いた。
攻撃が弱すぎてノーダメすぎた。
レベルアップしすぎてスキル身体強化の恩恵が途轍もないモノになっている。
通常の人間の打撃など身体強化を常時発動すれば、かすり傷一つ与えられないだろう。
やるなら、最低でも刃物を持ってこい刃物を。
わざと口の中を噛み吐血する演出をしてみたが、流石俺としか言いようがなかった。
「これがレベル差ってやつよな。肩こり治ったわコレ」
肩甲骨を意識して回してみる。うん。筋肉がほぐれている。
体の歪みも改善された気がする。
「身体が軽くなっている。これ流行るかもな」
ボコボコ療法。次のビジネスに使えるか要検討だな。
一旦企画書を練ってみるか。
とはいえ。どうだろう?
見ただろうか。雑魚Aの勇姿を。俺はこれをやりたかった。やってみたかった。
雑魚に必須イベント。あまりの演技に俺は内心自画自賛してしまった。
「助演男優賞取れるわ。それともスタントマンか? どっちでもいいや」
とりあえず人目のつかぬ所でボコボコにされる。
その上情けない声を上げてボコられる。
「俺の演技は70点ってところか……」
レッドカーペットまで程遠いかもしれない。
流石に失禁は出来なかった。この後テストがある。替えの服を持ってきていない。
「痛恨のミス! 俺の役者魂はそんなもんなのか!? ふざけんな!」
俺は指を鳴らして、次こそはと意気込んだ。
「しかし初顔合わせは上々。クソみそ諸君からすれば俺の印象は地の底って所か。最高の気分だ」
ボンボン共のリーダー格の男。
ヨツビシ財閥御曹司。
四菱司を筆頭にしたエリート選民思想の強い連中。
こいつらは、俺以外にもこんな事を日常的にやっている連中である。
学園外に権力のある連中のバカ息子達。
その為、学園内でも増長して好き放題横柄に振舞っている連中だ。
獣人差別のみならず、気に入らない相手を影で暴行してたりするらしい。
ゲームメガシュヴァにおいてヘイトを集めるモブ達。
コイツらには選民思想が強い手下が居る。
そして、ボンボン共の首魁は生徒会メンバーの1人。
表向きは善人を演じている決して自分では手を下さない狡猾な男。
間坂イノリルート攻略の障害。
学園の内政全般を担当する生徒会副会長。
博愛主義を表では語り、裏では選民思想を標榜する友愛結社カテドラル。
その若き枢機卿。
九藤麟馬。
「そんなクソみそ共も……俺の将来の財布くん」
俺はニチャァァァと1人ほくそ笑んだ。
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「一体どうした!?」
ガリノが俺に近づいてくると心配そうに俺に問いかけた。
「なんでもない。少し転んだだけだ」
「そんな訳あるか。傷は治ってるようだが……。誰にやられたんだ」
「なんでもないと言っている。テストが始まるぞ。さっさと席に戻れ」
「お、おい!」
「さっさと行け」
俺はガリノを手払いしてクラスの定位置に歩を進めた。
予冷が鳴り始めると。
クラスメイトが俺をチラチラ見ながらヒソヒソと話していた。
マリアが俺の異様な姿を見て近くの席に着座した。
「どうなさった……んですか」
声音は震えていた。
「少し転んだだけですよ」
聖属性魔法で生傷は治したが、衣服までは直せていない。
シャツには血痕が付いているし、髪の毛は乱れどう見てもボロボロなのだ。
どう考えてもおかしな風体に見えるのだろう。
「誰かにやられたんでしょ。誰?」
前の席に座る千秋はこちらに目を向けず、教室の黒板の方を見つめたままそんな事を尋ねてきた。
「さぁな」
ボコボコにされる雑魚モブをしていたなんて言える訳ないしな。
「誰かに!?」
マリアは千秋のその発言を聞くと、プルプル震えていた。
「だから何でもないよ。テスト始まるよ。二人とも」
人助けをしたはいいものの、自身の力量を見誤り返り討ちに合いボコられるモブ。
最後は情けない声を上げて泣く雑魚モブを演じていたなんて口が裂けても言えない。
説明が難しすぎる。
言葉で伝えた所で意味不明すぎて理解されない可能性の方が大きい。
そんな事を考えていると。
「「さっきはごめんなさい!!」」
こちらに歩いてきたクラスメイトの2人の女子生徒が悲痛な顔をして俺に頭を下げてきた。
「何の事かな?」
身に覚えありまくりだけど、訊かずにはいられなかった。
「天内さんが獣人の生徒さんを助ける為に黙って殴られていたのを手助けできなくて……見て見ぬふりしてしまった」
「本当に……ごめんなさい」
2人は俺と目を合わす事を躊躇いながらも謝意を伝えてきた。
「み、て、た、の?」
見られてました。
モブフェッショナルを見られていたようです。
「はい。校舎の窓からですけど。全部……見てました。でも怖くて体が動かなくて……」
1人の女生徒が泣き出し声を詰まらせた。
「四菱くんみたいな実力と権力がある人達に果敢に挑んで……必死に耐えていたのに。
誰か呼べばよかったのに。天内さんは弱いのに。
あんなに殴られても反撃もせず耐えていたのに……私は何もできなかった」
もう一人の頭を下げた女生徒は涙を溜めていた。
「貴方のように、困っている人を手助けできる人になりたくてここに来たのに……私は何もできな……かった」
「誤解してました。貴方が男子から慕われている理由がようやくわかりました。暴力は何も解決しないと教えて頂きました」
「え?」
俺は彼女達が何を言ってるのか何一つ理解できなかった。
本鈴が鳴り、教師が教室に入ってくると。
「「本当にごめんなさい!!」」
女生徒達は踵を返し席に戻っていた。
「気にしてないよ~」
俺はなるだけ愛想笑いと軽いトーンで女生徒の背中に向けて言ってみたが……
「「……」」
マリアも千秋も黙り込んでいた。
「ぶち殺しますわ」
冷酷な顔をしてマリアはボソリと。
「そうだね。生きるという行為そのものを後悔するぐらい……ぶちのめそう」
千秋はマリアの言葉に呼応するようにそんな物騒な事を暗に示していた。
「あの……え? 大丈夫? あれ。なんかミスった感じか」
俺は異様な雰囲気に顔を強張らせた。
マリアが邪悪な顔をしていた。
千秋の顔は見えないが……オーラが凄まじい事になっている。
俺は過呼吸になった。
とんでもない殺戮が起きそうな予感がした。




