絶 入 『 心の瞳 』
卒業式で聴いた合唱曲。
『心の瞳』が流れていた。
歩んできた人生の印象に残るシーンがフラッシュバックしていた。
絶入した俺は深い眠りの中に居た。
前世の記憶。
それを回想しているようなのだ。
俺はそれを他人のように俯瞰していた。
「お前はいつまでも使えねぇな!!」
いつもの恫喝が飛んできた。
作成した資料を目の前に投げつけられた。
「すみません」
心を無にして今日もやり過ごす。
散々いびられ、なじられ、罵倒を受ける。
そんな毎日の繰り返し。
心が擦り切れそうだった。
一体何が楽しくて生きているのか……
わからなくなってくる。
賑わう雑踏。人込みの中の1人。群衆の中の背景。
それが俺だった。
夜遅くまで灯りが点き立ち並ぶビル群。
天を見上げ、星空の見えないこの地から俺は1人孤独に苛まれていた。
こんなにも人が居るのに俺は1人だった。
この世界で独りぼっちだった。
「俺はこの世界に必要のない人間なのだろう」
わかっていたさ。
家族も、愛する人も、友も、恩人も、敬愛する人も居ない。
仕事も満足に出来ない。この世界の歯車にすら成りえていない。
この世界の必要な部品の一つにすら満足に成りえていない。
俺は人生に歩き疲れていた。
もう膝から崩れ落ちて目を瞑り寝たかった。
そのまま目を覚まさないでいたかった。
虚無になりたかった。
そんなどうしようもない人生を諦め挫けそうになっている俺にも出来る事があるのなら。
「もし、第二の生があるのなら」
その時は誰かの為に生きられる人間になれるのだろうか。
俺は高潔な人間ではないかもしれない……俺は何者でもない何かでしかない。
毎日のように流れるニューズには悲壮感の漂う痛ましい事件や事故が扱われていた。
俺には力はないからそんな事件や事故に巻き込まれる人々に出来る事は何一つなかった。
見ないようにしていた。
「所詮他人事だから」
世界の裏側の見知らぬ人に手助けできる余裕も力もない。
「それでも!」
子供の頃に憧れた正義の味方はそんな人々を救っていた。
フィクションの中は救われる人々が居る。
現実は非情だ。情け容赦ない。無情で非情だ。
リアルは過酷で残酷だ。
正義のヒーローは居ない。
仮に居たとしても巨悪に、世界に、消される運命。
俺達非力な一般人に出来る事はない。
偽りの秩序の世界でささやかな幸せを見つける事を余儀なくされた飼いならされた犬でしかない。
それでも夢想せずにはいられない。
もし、誰かの人生を救える力があれば、未来を見通せる力があれば。
「誰かを救いたいな。そして死にたい」
最後に独善的で傲慢ではあるが、俺は満足して死にたい。
俺の心は、過酷な人生に歩き疲れ押しつぶされていた。
既に疲弊を通り越して……死んでいた。
―――暗転―――
テレビのチャンネルを切り替えるように映像が切り替わった。
俺は墓標の前で手を合わせ目を瞑った。
「人は死んだらどうなると思う?」
不意にそんな事を生臭坊主が問いかけてきた。
「そりゃあ。熱量に戻るだけでしょ。カロリー。それともジュール?
人間は熱量で器械運動する生き物だからね。そもそも森羅万象全てはいずれ無に還るだけ」
「呆れた。君には情緒というものがないのか」
「俺は自然科学の子。やれ天国や地獄だ輪廻転生だなんてほざくのは馬鹿げてる。そもそもこんな儀式自体形骸化している」
俺は手のひらをひらひらとさせながら、ニヤリと微笑むと立ち上がった。
喪服のネクタイを緩める。
「詭弁ばかり……君は悲しくないのか?」
「勘弁してくれ。死者を慈しむ気持ちというのは勿論ある。だが、過去を振り返る事はあっても俺達生きる者は前に進み続けるしかできない」
「君は矛盾してるがね」
「なぜです?」
「理路整然に詭弁を述べながらも、律義に喪服を着て手を合わせている。誰よりも過去を引きずっているように見える。後悔しているように」
「勘弁してくれ」
・
・
・
白昼夢を見ていた。
しばらくの混沌が続き。
俺は夢の中で何かをしていた。
幾人かと共に巨大な影と相対していた。
地獄のように真っ赤な空。
大地は枯れ果て荒野が広がっていた。
無数の屍の山。
俺は走り出す。既に満身創痍。
息継ぎが出来ない。
今にも引き千切れそうな身体の痛み。発狂しそうなほどの痛みが襲う。
四肢は腐り始めている。
歯を食いしばり涙目になりながらも歩を止めない。
止まる訳にはいかない。
「心の瞳を研ぎ澄ませろ。俺にはまだ……」
まだやれる事がある。
「明日を信じているから!! 来い! 彗星」
7色の魔術。
赤。青。緑。黄。橙。藍。紫。
鈍い白銀の光と七色の魔術が混じり合う。
虹蜺が辺りを包み込み、これから掃射されるだろう全ての武器に光彩が宿る。
「お前は運がいい。メガシュヴァにおける頂点の技。最奥中の最奥を見れるんだからな」
1000の武器は、まるで自然界にある全ての色が混じり合ったかのように無彩色に染まる。
「俺を舐めるなよ! これが俺の切り札だ! 闇を切り裂く刃!」
俺の背後に光の柱が立つと、燃えるような真っ赤な雲海に大きな亀裂が入る。
そこから日光が差し込んだ。
無彩色に染まる剣の雨が巨大な影を切り裂いていく。
差し込んだ陽の光が影を焼いた。
影は切り刻まれ、燃やされ断末魔の叫びを上げる。
俺は駆け出し、飛び上がった。
手に持つ歪んだ光を放つ摩訶不思議な光剣を巨大な影の額に……
―――瞬間―――
―――剣閃の煌めきが輝いた―――
ハッと目を覚ました。
俺は覚醒していた。
「ここはどこだ? ワタシは誰だ?」
というのは置いといて。
「マジでどこだここ? 俺は何をしていた?」
俺はいつの間にか雑踏の中に立っていた。
人込みの中心で覚醒していた。
「夢遊病? いやいや。笑うわ」
俺はどうやってここに来たのか覚えていない。
記憶がないぞ。
夢の中でフラフラと動いていた気もするが、全然覚えてない。
「どうしたんだい?」
「え?」
俺は隣から声を掛けられた。
俺はゆっくりと目線を動かし、首を傾げると。
隣から声を掛けてきたのは、見知らぬ少女であった。
…………誰?
「ブツブツと変な事言い出すし、ボーっとして、どうしたんだい?」
フーアーユー???
「貴方は誰ですか?」
「あっちゃー。頭おかしくなっちゃったよ。それはいつもの事か……そっか。ここまでか。君にはやらなければならない事があったんだよね」
少女は寂しそうな顔をして無理矢理口角を引き上げながら俯いた。
「いや。これでいいのかもしれないね。少し名残惜しいけど、また会えるから」
「あの、えっと。どうしたの? 大丈夫?」
俺は今にも泣き出しそうな目の前の少女にあたふたしてしまった。
小柄な少女は、大きく息を吐いて顔を上げた。
「君はいつまでも僕らの仲間だ。今日で……少しの間お別れだ。僕が居たらおかしな事になっちゃうからね。それまで浮気するなよ! この変質者!」
少女は思いっきり俺の脛を蹴ってきた。
「いって!?」
「じゃあね! ……傑。ありがとう。君に出逢えて良かった」
そんな意味不明な捨て台詞を吐くと。
彼女は走り出し雑踏の中に消えていった。
「はぁ?」
俺は茫然と立ち尽くす事しかできなかった。
暴漢に襲われた気分なんすけど。
・
・
・
俺は丸1日意識を失って夢遊病のように彷徨っていたようなのだ。
最後に記憶にあるのはマリアから貰ったお茶を飲んだとこまで。
その後の記憶がゴッソリ抜けてる。
どうやら謎の少女と共に行動してたっぽい。
俺は俺が末恐ろしくなった。
遂に行き着くとこまで逝っちゃった気がする。
それにだ。
俺は一日目の午前の筆記試験をサボっていたようなのだ。
急いで学園に戻り、マリアやニクブやガリノに驚かれつつも俺は指定席に着座した。
「得点調整をしなければ……退学になっちまう。これから満点をとるしかねぇのか?」
試験内容は頭の中にある。
やや混乱してるが大丈夫。
冷静になれ俺。
今週末にあるクラス対抗戦。
その前に、俺は冷や汗を搔きながら目の前のテストに集中する事にした。




