ドラフト一位指名の女
マリアの戦闘方法がおかしくなった。
俺は頭を抱えるしかなかった。
彼女は武器術の適正は全くといってない。
それはゲームの設定でもそうだったし、この世界でもどうやら同じであるようだった。
彼女は遠距離魔術の専門家。
砲弾役である。
彼女の戦闘方法が……俺のモノマネによっておかしくなったのだ。
「俺は今、新時代のベーブルースを見ているのかもしれない……」
・
・
・
緑色のフレア調のスカートに白いエレガントなブラウスであった。
肩から肩甲骨が開いた服装。
クラシックロリータ風のファッションであった。
マリアは戦闘訓練とは思えない服装で俺の前に現れた。
手には藁編みのかごバッグを持っている。
まるでピクニックにでも行くかのようである。
それとは相対的に似つかわしくないメイスを肩に掛けている訳だが。
第一印象は『こいつ舐めてるのか?』である。
「ごきげんよう。天内さん」
肩まで掛かる髪を押えながらお辞儀し挨拶をしてきた。
「あ、はい。どうも。こんにちは。一つ訊いても……あの……指南というかダンジョンに潜るんですよね?」
確認を取らなければいけない。
過酷なレベリングを舐めてるのか?
なんだその服装は。防御力ゼロじゃん。
それをオブラートに包んで尋ねてみた。
「そうですが?」
顔を疑問符にしてコクりと首を傾げながら逆に質問を返されてしまった。
「そうですよね。なんか恰好がラフすぎたもので」
ラフすぎるのだ。
ツッコみどころ満載である。
「まぁ……それは。オシャレしたいじゃないですか」
頬を赤らめて俺をチラチラと見てきた。
「は、はぁ」
おしゃれ???
俺は暗器で白兵戦武器を約1000格納している。
手ぶらに見えて俺は完全武装である。
目に見えて手ぶらだと、ばつが悪い。
というか勘違いされかねないので、俺はフェイクも兼ねていつも細剣1本を腰鞘に納めている。
小手は左手だけに嵌めている。右手は革製のグローブだけだ。
左右どちらも利き手だが、一般には右利きの人間が多いので相対した時に攻撃の軌道が左手側に集中する事を考慮に入れ、左手に小手を装備している。
加えて速度が落ちる理由から、膝当てや脛当てを俺は装備しない。
靴もスポーツシューズ。
というかこれが一番機動力が高く柔軟に行動を起こせる。
「まぁ。何かあれば俺が守るからいいか……」
そんな事を考えて一人呟くと。
「あら……」
マリアは目をキラキラと輝かせて凝視していた。
「どうしたんですか?」
「天内さん。私はまた貴方の良い部分を発見できました。この若輩の身が足手まといにならぬよう精進致しますね」
マリアは感心したように俺にそんな事を述べてきた。
「??? そ、そうですか」
よくわからない。
俺はマリアとしっかり喋った事がない。
毎回会話が噛み合わないのだ。
居るよね。喋ったことないけど相性が悪い人って、マリアは俺にとっての多分それなんだ。
話を戻そう。
「では、まずダンジョンに潜ってモンスターを100体倒しに行きます。もちろんマリアさんお一人でです」
「ひゃ、ひゃく!? ですか?」
「え。ええ」
驚くような数字だろうか。遭遇率を考えると今日を目一杯使うかもしれないが。
メタルペリッパは遭遇できるか怪しい確率。
俺があいつに出会うまで3千体以上のモンスターを処した。
低レベルの頃、1体の雑魚を倒すのに苦戦しながら、気が遠くなりそうな日数を掛けてようやく出逢ったのだ。
それも実践投資編を使って確率を100倍にした上でだ。
しかも奴はグンマ―県のダンジョンでなければ効率的に遭遇できない。
このマホロのダンジョンでは会うのは事実上不可能。
無論今からグンマ―県のダンジョンに潜っても一朝一夕では出会えない。
時間も資金も湯水のように使う。
あれはフライング転生が成しえたフライング育成だ。
これからの課題だな。
近々休みを潰してグンマ―合宿をしよう。
全員のレベル底上げを検討に入れる必要がある。
「俺は後ろで見守っているので、倒しちゃってください」
マリアは目を瞑り、何か考えがまとまったのかと思うと。
「かしこまりました。天内さんが後ろで見ていてくれるのであれば安心ですとも」
ダンジョンに向かう道中。
マリアはバスケットの中に軽食を作ってきたとの事を嬉々として語った。
そんな話を聞き流しながら俺達は中級ダンジョン2級に潜ったのであった。
中級ダンジョン2級。
俺はマリアにとってはやや苦戦するだろうダンジョンを選んだ。
初級ダンジョンより、モンスターがちょっぴり強いのだ。
基本的に雑魚しか居ないが、中級は知恵を付けてくるのだ。
しばらく2人してダンジョン坑内を歩くと。
近接戦専門である猿っぽいダンジョンモンスター。
モンクモンキーが3体出現。
俺はこいつをマリアに宛がった理由があった。
少し苦戦するだろうと思っている。
「来ましたよ」
「そのようですね。では、見ていて下さい。私の成果を」
成果? と少し疑問に思ったが。
「どうぞ。存分にやっちゃって下さい」
マリアの背後から彼女の戦闘の勇姿を観察する事にした。
こちらに気付いたモンクモンキー達。
両手にはメリケンサックが握られていた。
奇声を上げながら壁や天井に手を掛け縦横無尽に飛び回りながら距離を詰めてくる。
「参ります」
マリアの目つきが一気に冷酷なモノへと変貌する。
マリアはメイスを野球のバットのように振りかぶると。
「ん? なにやってんだ?」
俺は彼女の戦闘方法にデジャブを覚えた。
左手でいつの間にか持っていた小石に炎熱を纏わせ、手元から地面に落とす。
「これって」
俺は顔が引きつるのを感じた。
これから衝撃を与えるだろうメイスの背面に炎が宿る。
メイスの背面がロケットブーストのように炎が噴射すると。
メイスは勢いよく加速し、炎の宿る小石に強力な衝撃を与えた。
爆竹が爆発したような音がしたかと思うと。
「え? なんこれ。俺の即興技じゃん」
既視感のある光景。
俺が以前マリアと小町に見せた小石打法のパクリ技。
小石打法マリアverであった。
赤褐色に加熱された小石は勢い良く、それでいて弾丸のような直線の軌道を描きストロボ現象のように炎の蜷局を作った。
赤褐色の爆撃はモンクモンキー達の足元で爆散した。
鉄板で肉を焼くような音。
さながら火口や熱した油の中にタンパク質を投げ入れたかのような重低音が鳴り響き。
モンクモンキーの全身が弾け飛んだ。
正確には飲み込まれた。
ジュウ、ジュウと屍骸から嫌な音が奏でられている。
モンクモンキーの一体は瞬殺された。
生きながら火砕流に飲み込まれたかのような屍骸。
炭のように黒焦げのミイラが出来ていた。
結構えげつない攻撃によって倒されていたのだ。
「どうでしょう?」
マリアは恥ずかしそうにこちらを振り返ると、感想を求めてきた。
え。あ、うん。
「イインジャない?」
カタコトになりながら、そんな感想しか出てこなかった。
「まぁ! まぁ! それでは参ります」
マリアはそれが賛辞だと思ったのか、自分の練習の成果は間違っていなかったと思うかのように、現れるモンスターを恐るべき炎石で打ち抜いて行った。
小一時間ほど掛けて15体目のモンスター倒し、マリアの身体に黄金色の魔素が纏わりつき吸収されていった。
「ドラフト一位指名の天才スラッガーだ。甲子園で優勝だ」
俺はそんな間抜けな感想しか出なかった。
育成してないのに、変な技を覚えてるぞ。
俺が即興で作り上げた小石打法。
そんな技はメガシュヴァにはないんだよ!
一体どこでおかしくなった。
というか、一回見ただけで模倣しただと!?
凄くないか。それ。しかも彼女が再現できるように工夫されている。
天才である。
何より威力がおかしい。
「どらふと? すらっがー? こうしえん?」
マリアは自分が褒められているのかわからず、目を回し、単語の意味を脳内で検索しているようであった。
甲子園はこの世界にはない。この世界、野球はあるが甲子園はないのだ。ドラフトもスラッガーも彼女は俺の言葉の意味を知らないようであった。
「いや、なんでもないです」
「申し訳ありません。浅学菲才でして言葉の意味を知らず」
マリアは少ししょげた顔をして俯く。
「いえ、何て言うのか。凄すぎるって事です。もちろんいい意味で」
俺は愛想笑いを作り彼女を褒めた。
その言葉を聞き、パッと顔を上げると。
「まぁ!? まぁ。まぁ。私は天内さんのマネをしてみたのです。
私には一生思い浮かばない素晴らしい戦法。
かつて誰もやってこなかった妙技。
天内さんの技術には到底及びませんが少し頑張りました。
今回実践は初めてだったのですが、ここまで簡単に倒せてしまい自分でも驚いていたのです。
その場にあるモノを活用し最小の魔力で最大の成果を上げる。
これは凄い事なのです。
全て初級の魔術。それをここまでの威力に昇華してしまっている。
見てください。
やはり魔術師専門の者にも肉体の鍛錬は重要なのだと伝えていたのですよね?
私の推測が正しくて良かったです」
マリアは力こぶをみせてきた。
少し筋肉が付いている。
先程とは打って変わり顔を上げるとにこやかに小躍りしながら、早口で俺に嬉しさを表現していた。
「そ、そうなんだよ。魔力の温存は大事だからね。それに身体を鍛えるのは騎士とか魔術師とか関係ないしね」
半分ホントで半分ウソである。
だってそこまで考えてないから。
「まぁ。なんと。やはり視えている知見がお広く聡明であらせられる。流石としか言いようがありませんね」
マリアが何でも褒め出した。
キャバクラマリアの開店であった。
そもそも魔術と体術と武器術の組み合わせなんて俺以外も普通にやっているじゃないか。
彼女は本来遠距離火力砲弾役。
遠距離系は火力が高すぎて自身の付近での魔術行使が得意ではない。
出来るには出来るが門外漢。
こと近接戦になった時スキが多くなりがち。
モンク系には滅法弱い。
実際鬱イベではモンクにボコされていた。
なので天敵に近いモンクモンキーを選んだ訳だが、小石打法で遠近両用になりつつあった。
やっぱ天才じゃん。
「いやいや、俺以外もやってますし……」
「ご謙遜を。そこが貴方の魅力でもありますが」
マリアは『わかってますよ』と言わんばかりの顔をして微笑むと。
「天内さん。午後の休憩にしませんか? 天内さんの為にお料理を作ってみたのです」
マリアはバスケットを指差した。
「料理ですか?」
「そうなのです。とっておきの、びや、」
ゴホンとマリアは咳払いし。
「少し元気になる霊薬を配合したちょっとしたものですの」
『びや』ってなんだ?
「そ、そうなんですか」
エナジードリンク的な何かを配合しているって事か。
「あまり疲れてはいないですが」
ウソである。
昨日というか、もはや今日だけど。
かなり深夜まで起きてたし、午前はカッコウや翡翠と行動してた。
正直、今ベッドが目の前にあったら一瞬で眠れる自信がある。
正直滅茶苦茶眠い。
「いいじゃないですか。今日は長くなりそうですし少し休みましょう」
そうだな。
あと85体は倒して少しでもレベリングして欲しい。
1時間で15体なら、単純計算あと6時間弱掛かる。
その後はこのダンジョンのフロアボスを倒させたい。
休憩は随時入れていかないと、バテてくるし。
「わかりました。少し休憩しましょう」
俺は提案を飲む事にした。




