プロローグ② 現実という化け物
ネタキャラ。
あらゆるゲームにネタキャラが存在する。
勿論メガシュヴァにもネタキャラが居る。
時に、主人公に対しての必殺技披露のサンドバックキャラ。
敵キャラのやられ役。
主人公の引き立て役。
戦略的捨て駒。
終盤戦に付いてこれない雑魚。
戦いの解説役。
戦闘能力を見るパラメータ。
などなど散々言われていた終始主人公のかませ犬であった男。
姿見に映る男を見た瞬間俺は途轍もない恐怖に襲われた。
落ち着け俺。冷静になれ。
もう一度目の前に居る自分の顔をまじまじと見つめた。
「笑えねぇんだけど」
絶望した。
目の前に映る男を見て絶望。
なぜか俺は神に祈るように土下座してしまった。
以前ノロウイルスに感染して、口とケツ、24時間上下駄々洩れだった時もトイレの中で神に祈ったが、あれと同じ状態だ。
落胆によって首を垂れたと言っていい。
人間はあまりにも絶望すると咄嗟に神に平伏する姿勢をとるのだ。
まぁ俺はだが。
ふらつく足で立ち上がり、姿見に映るのは俺が思ったように同じ動作をするキャラクター。
頬をつねって確認する。
あの言葉を言わねばならないだろう。
言ってみたかった言葉ベスト10には入って来るであろうあの言葉を。
「………………痛い。夢じゃない? これは俺なのか?」
目の前に居る男。
俺であり俺じゃない男。
自身を知覚した瞬間、このキャラが歩んできた歴史が自分の脳みそにこれでもかとフラッシュバックした。
「ぐ!」
酷い船酔いに襲われるかのような感覚に、万力でこめかみを潰されるような強烈な痛みが走った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
ぐちゃぐちゃと脳みそをスプーンでかき混ぜられるかのような不快感。
口の中に無理やり鉄パイプを突っ込まれるかのような吐き気。
目玉を無理矢理引き抜かれるような壮絶な痛み。
それが同時に全身を襲い、あまりの痛みに俺は意識を失った。
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どれぐらいだろうか。
しばらく数多のフラッシュバックを経験し強烈な全身を襲う不快感と倦怠感が続いた後、ゆっくりとそれらが消えていくのがわかった。
身体の痙攣と冷や汗が徐々に引いていく。
俺は……一体どうなった?
「そうか……」
麻痺した口からそんな言葉しかでなかった。
俺は理解した。
前世の俺が死んだことを。
そしてここがどこなのかも。
胸やけを抑え、何とか目に焦点が定まりよろつく足で立ち上がる。
目を覚ますと部屋は薄暗くなっており、タイムスリップしたかのように日が暮れている。
薄暗くなった部屋でもう一度、姿見に映る自分を凝視した。
俺は誰に言われずとも理解した。
俺は……転生したんだ。
このメガシュヴァの世界に。
天内傑というメガシュヴァのキャラに。
―――――というような事が昨日あった。
尿路結石になった時の痛みはトラウマものだが、知覚した瞬間記憶がぶっ飛ぶほどの苦痛を受けたあの瞬間も最上級のトラウマだ。
余談だが尿路結石になった時は救急車を呼んで神に祈った。
その時も天に祈りを捧げたし、信仰してない神の名をググってとりあえず全員に『なんとかしてくれ。今から信仰します。お願いします』と、のたうち回ったものだ。
さっきのあれは多分死ぬより苦痛だと思う。
死んだことないけど……と言いたいとこだが。
俺死んだんだよな多分。
「って受け入れられるか!?」
転生しただと? いや、百歩譲って転生はまぁいいだろう。
世界びっくらニュースやネットでそれっぽい事例を見た事があるからだ。
オカルト系の動画投稿者がそんな事を言ってた気がする。
だが、ゲームの世界のキャラに転生だと!?
ふざけんな。
俺の世界線と全く違うじゃねぇか。
それが今ココである。
冷静になるために一旦寝た。
もしかしたらこれは夢なんだろうという淡い期待を込めて寝た。
俺はゲームと現実が区別できなくなったんじゃないかと思った。
布団の中でついに会社のストレスが限界を超え、頭がおかしくなったんじゃないかとすら思った。
心療内科の予約を取ろうとすら思った。いや、もう取る予定だった。
上司をどうぶち殺してやろうかとさえ思った。
法廷でどうやったらほくそ笑む事ができるのか計画も練った。
しかし現実とは非情である。
寝て起きても俺は天内だった。
俺は寝続けた。
布団の中から全く出なかった。
たまに出て飲み物だけ飲んでまた寝た。
その次の日も寝た、その次の日も、その次の日も…………………
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「わかった。降参だ」
両手を上げる。完全に武装解除。精神的武装を完全に解除した。
完全に白旗である。
現実に降伏した。
「現実とかいう化け物。強すぎだろ。笑うんだが」
そして遂に俺は天内という人間になったという結論に至った。
納得などできなかった。
できなかったが諦めた。諦めるしかなかった。
カルシウムを摂ったらなんだか気持ちが和らいだ。
見たこともないパッケージの牛乳だったが、大丈夫だよな?
誰も居ない天内の家と思える家で一旦状況を確認した。
ああ、そうだ。
もし良かった事があるのなら「もう会社に行かなくていいんだ」という事ぐらいだ。