マニアクス
--- 時は少し遡る ---
マニアクスの1人。
貧者。
あらゆる意味で貧しい者。
底なしに欲深い者。
世界最大の銀行ロックスミス頭取の爺。
報道機関、軍事産業、各国の主要企業に出資をしている銀行。
影からこの世界の産業を支配する厄介なマニアクスの1人。
個としての戦闘能力はそれほどでもないが、奴の持つ魔眼は唯一無二。
有り余る資産で雇う傭兵集団。これが強力だ。
この世界は王侯貴族が闊歩している世界観ではある。
一部の独裁国家を除き、それらは権威はあるが力を持たぬ者達だ。
君臨すれども統治せずを地で行っている。
彼らは国家の象徴であり国としてのブランド的価値の側面の方が強い。
王だろうが、皇帝だろうが、彼らは攻略においては脅威ではない。
この世界はこの者達の首を切り落としても攻略にはなんの意味もないからだ。
そもそも簡単に、君主の一声によって国家総動員で戦争が始まるほど甘い世界ではない。
小国は大国の庇護下にあったり、小国同士手を取り合っている。
多くの国は、協同条約によって軍事支援を行う署名を成している。
共に力を合わせる共助。
力による抑止が働いた世界。
綱渡りであるが平和や調和を齎すには、相互で力を合わせ脅威に対して互いに監視をし合っている。
自由を勝ち取る為に多くの血が流れた。
そんな歴史の上で成り立つ世界秩序を保った世界。
イカれた独裁国家であろうとも共助によって肥大化した連合国や大国と喧嘩をすれば国は焦土と化す。無論、暴君は断頭台行きだ。
そんな分かり切った結果の上で戦争を吹っ掛けるアホな暴君は居ない。
だが、そんな無茶な展開を引き起こそうと影で糸を引く存在が居る。
彼らは人の皮を被った魔人であり魔王達だ。
人の世を嘲笑い、騙し、煽動する者達。
それがマニアクス。
この世界を滅ぼさんとするマニアクスはより巧妙に世界に潜りこんでいる。
貧者のように資本経済の中枢、中心に入り込み、資本による民衆の支配と貨幣を起源とした争いを企む者。
またある者は選民思想を植え付け人種差別による争いやきっかけを作り、憎悪を増長させんと企む者。
魔性の美を持ち王侯貴族を籠絡し国家の中枢に入り込み、宗教を隠れ蓑に救世主妄想を巧みに植え付け『死は救済である』、『死とは英雄の誉れである』と流布し自害や戦争を煽動する者。
影から人工的に食料飢饉やエネルギー問題を生み出し、人々に本来在りもしない危機を植え付け盤面の駒のように人殺しをさせるのを楽しむ者。
その上位互換である、直接的な、それでいて圧倒的な、暴力の権化のような。
個としての戦闘能力を持つ終末の騎士達。
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プアマンの持つ固有の一つである千里眼。
その調査をするために俺は急いでいた。
オノゴロの地下を走る蜘蛛の巣のように張り巡らされた巨大な下水道。
俺は路地裏にある暗渠から秘密の地下空間に忍び込んだ。
しばらく薄暗い下水を歩き開けた空間に出ると、眼前に広がるのは巨大な地下放水路。
多くの支柱が立ち並び、まるで地下神殿のような作り。前世の知識で言うなら首都圏外郭放水路のような空間。
そこには多くの刺客の死体が転がっていた。
「貧者の傭兵ってところか……ゲームで見た通りだな」
ゲームで見知った敵キャラの亡骸がそこにはあった。
そこそこ強いキャラだったはずだ。
気になるのは、蛆やハエが集り腐乱の激しい遺体。
それと、ついさっき殺されたかのような遺体。
この二つが交互に点在していた。どの死体も同じ服装である。
「どういう事だ?」
不自然な遺体の一部に近づくと、遺体のドッグタグと身分証の顔写真を交互に観察した。
目に付いたのは、首の千切れた男の頭部と身体。
恐らく同一人物。
その頭部は先程殺されたかのように新鮮。
しかし身体の方は1週間以上前に殺されたかのように腐乱している。
まるで時を飛ばされたかのような……
「毒魔法かあるいは……いや。そんな訳はないか」
酸や神経ガス、自然毒などあらゆる猛毒を操る毒魔法。
毒魔法でもこんな不自然な死体を再現可能なのか?
わからない。
「警戒する必要があるな……即時撤退もありうる」
俺は辺り一帯に潜む者が居ないかを確認しながら、慎重に歩を進める。
この先に何者が居る? 何があった?
千里眼は恐らくここを視ていた可能性が高いと考えていい。
あまりにも不自然。
「残り62分……早く戻らねば」
あまり時間がないな。俺は親睦会を逃げる気はない。
時間に遅れるつもりもない。
それでも、慎重に行動するつもりだ。
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地下用水路から繋がる秘密の部屋。
ここは学園の地下にある、マップ上では表記されない空間。
地上では学園のコロシアムがある位置。
そこで俺は茫然と立ち尽くす事しかできなかった。
「冗談だろ。死んでる」
マニアクスの1人が既に殺されていた。
「お前、既に殺されていたのか」
死霊術使いのマニアクス。
魔女メサイアは既に殺害されていた。
動向を探っていた秘密の部屋に潜むケダモノの主人。
友愛結社カテドラル総帥。
首が捻じ切られ腐敗した魔女の頭部が転がっていた。
頭部の周辺にハエがうじゃうじゃと舞っている。
目や鼻の窪みから蛆が這い出ていた。
「日光のない空間。腐敗はかなり進んでいる」
蛆の成長速度と腐敗した頭部の状況、加えてこの地下空間の環境。
これを検死できれば凡そ死体の死亡時刻を推測できるが……
「やりたくないな」
ま。そんな事できねぇけど。
頭部が切り離された身体は再生を防ぐようにドロドロに融解していた。
「こっちはハエは集っていない」
酸。しかも強烈なやつだ。
それでグチャグチャに溶かされている。
「ウッ」
俺は死体に近づくと顔を歪めた。
酸っぱい臭い。肉。甲殻類、卵やチーズなどを同時に腐らせたような強烈な悪臭。
辺り一帯は激しい攻防が繰り広げられた痕跡があり、
地下空間で自然災害でもあったかのように、壁や床、天井はヒビが入り抉れている。
「観察しろ」
地下空間の温度はどうだ?
特に暑くもなく寒くもない。
遺体の損傷具合や環境要因から推測するなら死後3日以上は確実だ。
蛆が卵から生まれるには半日~数日程度。
蛆が蛹になるまで1週間。
卵から成虫になるにはトータル2週間程度必要だ。
蛆の生育速度やハエの状況を見るに3日以上2週間以内。
頭部にはまだ肉が残っている。
間を取って1週間~2週間ってところが死亡推定時刻として妥当だろう。
1週間から2週間程度前だと思うが。先程までの不自然な死体を見ると……死亡推定時刻を割り出しても成果は出ないかもしれない。
「誰がやったんだ?」
推測を立てろ。風音? いや不可能だ。今のアイツでは絶対に攻略はできない。
他のマニアクスの1人? それは大いにありうる。だが、同じ目的を持つ者同士争うのか?
少なくともゲームのストーリーではなかった。
最後に俺以外の第三勢力……
俺の脳裏に不審者ムーヴメンの姿が過った。
「あの不審者……少し調べる必要があるな」
カッコウと翡翠にはこの件は黙って置こう。
俺が単騎で奴を調べる。
「危険すぎる」
メガシュヴァには魔眼保有者が3名居る。
その一人は穂村小町である。
この魔眼の特性により小町を星5キャラの最強格に引き上げている。
ならば他の魔眼保有者。残り2名はどうなのか?
無論最強格だ。内1人は貧者だ。
この三大魔眼の持つそれぞれの能力。
①スキルもしくはアーツや魔術を任意で1つだけ完全に無効化する能力。
②スキル・アーツの完全模倣。
③魔術・武器術の完全模倣。
シンプルに説明するとこれだけである。
小町の持つ魔眼は①番に該当する。
強敵と相対すればするほど、その真価は発揮される。
ならば②、③は?
これも強敵との経験を積めば積むほど能力を増やす事ができるインチキだ。
公式チートの能力。
体術、武器術、魔術戦。
それら全てを番狂わせできる逆転の瞳。
「あいつ」
不審者ムーヴをしていた奴。
あいつの両目。どこかで見た覚えがあると思った。あれは恐らく魔眼だ。
「何者だ? 俺の知らないキャラが居るのか。それとも歴史が大きく狂い始めているとでも言うのか?」
あの不審者ムーヴメン。あいつがプアマンである可能性も捨てきれない。
最後の1人。最後の1名の魔眼保有者の線はあり得ないはず……
あれは過去の人間。
過去の回想イベントストーリーでしか現れなかったガチャ限定キャラ。そいつしか保有していなかった。リアルになった世界で過去に死んだキャラが実装、現存しているなど……ない……と思う。
この2名の生死の有無。その結果を知りたい。
故に残り2名の魔眼保有者の所在を調査させていた。
不審者ムーヴメンは、それ以外の可能性。
第三者の可能性がある。それが拭いきれない。
<<紅の渦>> <<虹の渦>>
その両目を手に入れていた者が居れば、マニアクスを単騎で殺す事は容易なのかもしれない。ゲームメガシュヴァには居なかった文字通り化け物の存在が示唆されたという事になる。
「俺と同じく未来を改変しようと影で暗躍している鏡像異性体が居る」
そう仮説を立てると自然なのかもしれない。
杞憂であって欲しいところだ。
過去、現在、未来においての未知数。
俺の知らない情報。
過去においては極光の騎士と呼ばれた存在。
ゲームではそんな者は居なかった。
こいつも何者だ?
現在軸での本来有り得ざる事態。
こんな序盤でのマニアクス一角の殺害。
加えて付け足すなら、その中には俺が葬り去ったカイゼルマグスも含まれているのだろう。
では未来では何が起こる?
「未知の敵が現れるとでもいうのか」
この世界はメガシュヴァのストーリーを準拠しつつも、至る所で綻びが出ている。
「俺の知らない歴史や強者……現状目ぼしいのはマニアクス同士の仲間割れか。もしくは不審者ムーヴの奴。強敵だったらお手上げなんだが」
俺は乾いた笑いを浮かべる事しかできなかった。
ただでさえ、残り3騎士。
残り6人のマニアクス……
プアマンがもし殺害されていれば5人ではあるが……
その全員強敵揃い。
不審者ムーヴの奴や極光の騎士のような、それ以上の強敵が示唆されているのだとすれば。
――― 死―――
「それでも、最後に俺が勝つさ……まぁ。その前に。見ているんだろう? この俺を」
俺は視線を合わせず頭上に問いかけた。
百々目鬼。
秘密の部屋に潜むケダモノ。
身体中弱点じゃんとツッコみたくなるような眼の数々。
腕時計を確認すると。
ガラス越しに目玉が身体中にある鬼が天上を這いながら俺を視認していた。
既に19時を過ぎているか……
「残り50分ってところか……ふむ。悪いが、180秒以内でお前を踏破させて貰うぞ!」
俺は目を瞑ると、暗器で武器を取り出した。




