三郎ラーメン ≪目≫≪眼≫ ①
三郎ラーメン。
それは人を選ぶラーメン。
食べる人を選ぶラーメン。
選ばれた者が食べるラーメン。
刻みニンニクが背脂とスープに混ざり合い、異様な匂いを辺りに醸し出す。
ギトギトに濁った背脂が、これでもかと器に霜を落としている。
中太麺は汁を吸い過ぎてブヨブヨになっており、のど越しなどは全くない。
雑に盛り付けられた野菜は、クズ野菜の切れ端のようであり、三角コーナーを連想させる。
器に収まらないスープや卵の黄身は盛り付けの際に飛び散ってしまっている。
それは容器全体に黄色の汁を、滴らせているのだ。
ヌルヌルになった容器を持つのは抵抗感すら覚える。
それが三郎ラーメン。
三郎ラーメン愛好家をサブリアンと言う。
彼らは選ばれた民だ。
サブリアンには名言がある。
―――腹の中に入れば全て残飯―――
―――人生で大切な事は三郎ラーメンで学んだ―――
―――畜生の方がいいモン食ってる―――
―――残飯の中にも7人の神あり―――
三郎ラーメン。
それは特定の層を虜にし続ける不思議なラーメン。
彩羽千秋はサブリアンである。
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本日はお日柄も良く快晴であった。
彩羽千秋は寮生である。
なので待ち合わせをするなら学園が一番都合がいい。
俺は千秋の住まう寮の傍にある緑地にて彼女を待っていた。
俺は千秋と待ち合わせしているのだ。
勿論彼女の好物である三郎ラーメンを奢る予定。
無論それはおまけだ。
本題は別にある。
「取り敢えずヨイショしとけばいいんだ。早う本題に入らねば」
ファントム暗躍計画の概要説明。
加えてパーティーメンバーは「実はもう居るんだけど、メンバー育成を手伝ってくれ」とお願いするのだ。
主にこの二つのお願いだ。
それにだ。
俺のパーティーは非常に雰囲気がよろしくない。
せめて千秋が来てくれる事で良い雰囲気にしていけたらな、と思っている。
その仲介人にもなって欲しい。
ビジネスパートナーに報連相は必須だ。
無理矢理、付き合わせる事になるから下手に出てヨイショせねばならない。
「うん?」
小柄な美少女が俺に向かって歩いてきた。
彩羽千秋である。
白いワンピースに紫色のカーディガンのコーディネート。
そう表現するのが妥当だろう。
「いつもと雰囲気違うな」
私服を拝んだ事などないからプライベートなど知らんが。
今日はお下げでなく、髪を下ろしている。
ゴスロリ厨二ファッションは、ウィッグだ。
なのでわからなかったが、肩まで髪の毛がかかっていた。
あんなに長かったのか。
イメチェンか?
「髪の毛下ろしてるのなんて初めて見たな」
というか……
「なんか。閑静な住宅街に住まうおばさん……マダムみたいなファッションだな。
シロガネーゼじゃん」
そんなマダムファッションだと三郎ラーメン食うと汚れるぞ。
三郎ラーメンは至る所が汚れるのだ。
「やれやれ。何を考えているのやら」
お子様脳で困るぜ。
「やぁ。傑くん。今日はボクをエスコートしてくれるんだろ?」
見た事のない、にこやかな笑みであった。
「おう」
ラーメン屋だけどな。
ラーメン食わせてご機嫌にさせればいいのだ。
「そういや。千秋、眼鏡は? 昨日までスペア掛けてたじゃん」
以前壊れた眼鏡。後日スペアを掛けてきていた。
グルグルマークの瓶底眼鏡を今日は装備していない。
まぁ。ない方がいいと思うが。
「ああ。それね……今日は忘れちゃったかな……ハハハ。
それよりもさ。凄く真っ黒な服装だね。
暑くないの?
いや。うん。いいんだけどさ……」
俺の私服を見て訝し気な顔をする千秋であった。
そうなのだ。
俺のファッションは真っ黒なのだ。
前世の愛用ファッション雑誌。『メンズナック―ル』に"教え"として載っていた。
『男なら黒に染まれ』とな。
小町のように俺のファッションに文句を言ってくると少し困るのだ。
これでも以前より70パーカッコよさを抑えたファッションにしてきた。
控えめに言って地味なのだ。
小町がお昼のワイドショーで見かける自称カリスマデザイナーのクソボケのように、俺の私服を細かくファッションチェックするようになった。
そのせいで、俺は自信がなくなったのだ。
自分のファッションに。
小町はボロクソに酷評するのだ。
やれ、『狙ってやってないなら美的センスが地の底過ぎて引く』だの。
やれ、『頭に蛆が湧いてるファッションセンス』だの。
やれ、『髪型ダサすぎ吐いた。ゲボ吐いた。親御さん泣いてますよ』だの。
なので、真っ黒なファッションで抑えた。
ダークスーツ調の上下セットアップにダークグレーのシャツ。
靴はワンポイントでメダリオン装飾の真っ黒な靴。
カッコよくないだろうか?
それに三郎ラーメンを食すのに最も適した装備。
どれだけ汚しても目立たない。
これが計算し尽くされたファッションなのだ。
「千秋よ。男なら……黒に染まれって事さ」
「はい?」
「ストリートの最前線で生き残るには、伊達ワルである事が求められるのさ」
フッと俺は笑みを浮かべ虚空を見ながら、天を仰いだ。
「ええぇ……キ……モ」
やれやれ。千秋の奴。
あまりのカッコよさに、『キモッ』が、か細くなっているぞ。
いつものキレがない。
「『キモッ!』はもっと大きな声で言って欲しいな。
なんだか、ゾクゾクするからな。
リピート、アフターミー」
「……なんでかなぁ。なんでこんな変な人。普通にしてれば、まだ見れるのに」
千秋は複雑な、それでいて苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「うん? 言わないの? 『キモ』」
「もういいや。早く行こ。傑くん。
それで話があるんだよね。
もしかして、それは最後かな。
フフッ。なにかな~。なにかな~」
笑みを浮かべながらルンルン気分の千秋。
やけに機嫌が良いな。
慌てるな俺。
一言で済むのかもしれないが。
まだ慌てるような時間じゃあない。
俺は神妙な顔を作り。
「話は……ある。そうだな。少し待ってくれ。
心の準備がまだ出来てないんだ。俺にもっと勇気があれば……」
適当に言葉を濁してみる。
「いいよ。焦らなくて。待っててあげるよ。ホントに仕方ないなぁ~」
千秋は依然としてニマニマしている。
「すまんな」
タイミングだ。タイミングを見誤るな俺。
今日の千秋は機嫌が良いように見える。
幸先は良いだろう。
ヨイショはまだ始まってないのだ。
まず、プレゼント作戦。
浅はかな考えであるが、貴金属が嫌いな女は居ないと思う。
千秋の欲しそうな貴金属を買ってやる。
ここでご機嫌ポイントが30点入るだろう。
次に彼女がしたいワガママを聞く。
これでさらに20点。
なんなら眼鏡を買ってやろう。
これで追加で20点
最後のディナーで胃袋を掴むために三郎ラーメン。
これで30点。
ご機嫌ポイントを100点稼ぐ事ができる。
「か、完璧だ」
脳内シュミレーターは完璧なる計画を描いている。
脳内AIが描く彩羽千秋太鼓持ち作戦の青写真。
ご機嫌成功率は100パーと脳内AIは判定している。
すばらしいではないか。
ニヤけが押えれそうにないぜ。
俺は口元を押え必死にそれを隠す。
「どうしたの?」
不安そうなクリクリの瞳が俺を見上げていた。
まずいな。
また自分の世界に没入してしまった。
「いや、こっちの話」
「そ、そっか。まぁ。とりあえず! じゃあエスコートしてね。楽しみにしてるよ!」
「ククク」
ペロりと上唇を舐め、頷く。
千秋は大きなため息を吐くと。
「邪悪な顔してる……やっぱこの人キモいのかも……ボクの眼は曇ってるのかな」
ああ。やっぱりそうだ。
「少し頼みがある。もっとキモイって言ってくれ」
正直千秋に言われると興奮するんだ。
「どうしようもないのかも……。ボク先行くよ」
俺の頼みを無視し。
千秋は呆れた顔を浮かべると、俺の前をスタスタと歩いて行く。
小さい背中を追い駆けようとした瞬間。
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途轍もない嫌な視線を感じた。
俺は辺りをキョロキョロと見回すが。
「気のせい……か」
辺りに人影はない。
やるべき事とやりたい事が多すぎて、最近寝不足なのだ。
そのせいだろう。
「おい、待てって!」
俺は千秋を追い駆けた。




