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不審者ムーヴ同士の暗黙のルール



 情報は力だ。

 俺はカンニングする為に学園に忍び込んだ。

 警備はザルであった。

 俺からすれば……であるが。


「アーツ。変装術(シェイプシフター)(弱)を取れたのは僥倖」

 

 俺ではこのアーツを完全に使いこなせない。

 肉体を完全に擬態できない。

 しかし、暗記した顔のみという制限はあるが、寸分違わず模倣できる技巧派アーツだ。

 


 前世の知識とゲーマー知識、チーターのトリプルコンボで俺は難なく学園に忍び込み、1020万通りあるダイヤル式の金庫を開錠した。


「ビンゴ……チョロすぎるぜ」


 前もってアーツを使い教員に変装し、俺はこの金庫の"音"を記憶していた。

 音を手掛かりに俺はこのセキュリティを突破したのだ。


「さてさて……二年生。二年生っと……あった。これだな」

 

 資料の束をつまみ取り、俺は筆記試験のテストとクラス対抗戦の決戦順を一通り頭にインプットした。 

「ふむふむ。さて。用も済んだし。あれをやりたいな」


 あれをやっておきたい。

 怪盗ファントムシーフっぽい事をやりたい。

 実際は、せこいコソ泥だけど。

 まぁいいや。


「善は急げだ!」

 俺は駆け出した。


 深夜。


 ファントム衣装に身を包んだ俺は学園の中央に鎮座する時計塔。

 その頂上から誰も居ない学園を見下ろした。


「舞台の幕は上がった……

 レディース・アンド・ジェントルメン!!

 ウェルカム・トゥー・ザ・マジックショー!!

 さぁさ。始めよう。狂乱の宴を!

 この私を楽しませてくれ。

 未来ある若人よ。

 幻影の名のもとに宣言する。

 マジックショーの始まりを!

 イッツア・ショ――――――タイム!」


 月を背景に、そう叫び終わると(うやうや)しく誰も居ない学園にお辞儀をした。

 

 え? やだ。嘘!?

 流石に俺……かっこよすぎないか!?

 

「さ、帰ろ」


 これやる為にわざわざここまで来たんだ。


 時計塔頂上。

 その真下にある屋外が見渡せる展望台。

 そこで帰り支度をし始めようとした時だった。 


「そこの不審者。貴様……何者だ?」

 俺を睨みつける鋭い目があった。

 

「ほう……なかなかの強者のようだな」

 知ってるだけだけど。

 

 越智(えち)エル先輩。

 

 生徒会メンバーであり学園の美化風紀を担当する清廉なる堅物。

 彼女は袴姿で和装である。

 武器は刀とか薙刀とか和弓が似合いそうだが、適正武器は和風ではない。

 遠距離武器のライフルと中距離武器の銃全般である。

 このアンバランス感が地味に癖になるのだ。 


 背中には対物ライフル:前世の世界の "NTW-20" に似たアンチマテリアルライフル。

 名を『(いなな)き』。

 

 両手で抱えているのは:前世の世界の "SIG MCX" に似たアサルトライフル。

 名を『(またた)き』。

 

 彼女の扱う武器は前世の銃のように鉛弾を発射するのではなく。

 

 魔力を込める魔弾。


「最近学園内でコソコソと盗みを働いてるのは貴様のようだな。ここで成敗してくれよう」

 

「???」

 盗みに入ったのは初めてだが……備品はチョロまかしてるが。


「その漆黒の衣装に珍妙な仮面……不審者め」


 俺って傍から見れば不審者なのだ。

 感覚が麻痺して不審者ムーヴに歯止めが効かなくなってきてる。

 ファントムは厨二すぎるのだ。

 だがこの漆黒の衣装じゃなきゃ締まらない。

 俺はこの衣装を着続けたい。

 

 にしても、俺以外にも不審者愛好家が居るような言いようだな。


「一手し合って貰おうか。そのめんの下どんな顔があるか」


「断る!」

 血気盛んだなぁ。

 華麗かつ優雅に、

「全力で逃げさせて貰うぞ!!」

 

「な!?」


 越智が『瞬き』を構えるよりも早く。


「さらばだ!! ハーハッハハ!」

 豪快溌剌に哄笑した。


「待て!」


 そんな言葉を無視して。

 "怪盗俺(ファントムシーフ)"は華麗に高笑いしながら、全く意味も役にも立たない無駄なモーションを入れつつ。

 時計塔の展望台からバク中をし、身投げした。

 見る見る地面が近づく。

 俺は数十メートルから急降下し、華麗に着地すると闇に紛れた。


 ・

 ・

 ・


 越智の魔力の弾幕から逃げ、俺は学園をトンズラした。

 広すぎる領地を持つ学園。

 多くの施設があり、研究機関も併設されている。

 俺は適当に目に入った研究棟に逃げ込んだ。

 ここで少し時間を潰そう。

 夜のお散歩タイムである。


「え~っと。あれぇ……セキュリティザルじゃん。ロックしてないのか。不用心だな」


 分厚い鉄の扉は全部開放されていた。

 研究棟の中はゲームでは出入り出来なかった。

「ワクワクするぜ」

 

 研究棟の中はサイバーパンクの世界で見るような、見たこともないぐらい大きい液晶。

 黒地に緑色の文字の羅列が映し出されている。


「プログラミング言語ではないな。OS系のコマンドでもない。低レイヤー層の処理でもないな。なんだこれ?」

 前世でプログラムを打っていた事もあるからわかるが。

 分岐や繰り返し、順次実行やオブジェクト指向、関数処理といった規則性はないように思える。


 見たこともない文字の羅列。

 この世界特有の言語かもしれない。

 それかこの世界独自の技術体系。


「気にしたら負けだな」


 中を闊歩すると遺伝子のらせん構造のようなオブジェがあったり。

 培養カプセルみたいな物が陳列していた。


「頭のいい奴は何をしてるのか、さっぱりだな」

 さっぱり意味不明だ。

 メガシュヴァでは研究棟関連のイベントなんてなかったし、真っ当な研究なのだろう。


 研究員っぽい奴らは全員(よだれ)を垂らして幸せそうな顔をして寝ている。


「お勤めご苦労様です」 

 

 よっぽど疲れているのだろう。

 間もなく時計の針は深夜2時を指す。

 こんな時間まで働かされるなんて……


「クソブラックじゃねぇか」

 俺は悲しくなった。

 この学園にも社会の病理たる暗黒労働街があったなんて……


 そんな悲壮なる労働者を傍目に、俺は施設を闊歩し金目の物を探した。

「ど~れに。し~よ~お~か……な!」

 君に決めた!


 金目の物を見分けるポイント。

 それは派手で下品な金ぴかではない事。

「相場は一番ボロそうな価値のなさそうなやつ」

 こんな未来的な施設な癖に一番この空間にミスマッチなモノ。


「それが一番レア!」

 あったぜ。

「謎アイテム」

 強化ガラス越しに保管されている一冊の本に目星をつける。

 武器弾幕(エクストラバレット)でガラスをぶち破り、俺は一冊のボロボロの本を懐に(かす)め取った。


 俺はメガシュヴァで登場したアイテム以外、殆どこの世界のアンティークを知らない。

 とりあえず。

 一番ボロそうで厳重に保管されていたからコレが絶版古書ってやつなのだろう。

 今度オンボロ古書店に売りに飛ばそう。

 足が付かないように変装していくつもりだ。

 これで俺の懐はさらに潤うぜ。

「フフフ」


 ・

 ・

 ・ 


 しばらく時間を潰しながら闊歩し、研究棟から本を拝借した俺は私服に着替え帰路に着いていた。

「明日休みにしよう」

 うん。そうしよう。

 筆記試験もカンニングで何とかなる。

 得点調整も余裕だ。

 実技は考えるまでもない。楽勝である。

 俺の成績を小数点以下まで自由自在に扱えるだろう。


「待っていて下さいモリドールさん。貴方をクビになんてさせませんよ」


 俺は黄昏ながら1人決意していると。

 視界の先。

 学園のコロシアムの頂上に全身真っ黒なローブを着た不審者が居た。

 怪盗俺(ファントムシーフ)並みに気合が入っている。


 フードを目深に被り、顔を覆う吸い込まれるような漆黒の面を身に着けた怪人。

 仮面には瞳の箇所のみ穴が空いている。

 血のように赤い瞳と虹のように七色に輝く瞳。

 オッドアイである。

 不審者の背後には黒いもやのようなナニカが渦を巻いてる。

 その両目が月光を反射し煌々と輝きながら虚空を眺めていた。

 男なのか女なのかすら不明な不審者。

 

 それぞれの瞳。

 どこかで見た覚えがあるが……遠すぎて色ぐらいしか判別できない。

 こんなキャラはメガシュヴァに居なかったしモブのコソ泥なのだろう。

 こんな所で同業者(不審者ムーヴ愛好家)に出逢うなんて。


 俺はその不審者を見上げていると。

 目が合った。


「あ、ども」

 聞こえるはずもないが、無意識に挨拶してしまった。


「……」

 仮面の怪人は無言であった。


「すんません。野暮でしたね」

 

 コソ泥界のルールはわからない。

 つい話しかけてしまった。

 お互いコソ泥である。

 話しかけるのは無粋なのだ。

 あっちからしたら放って置いてくれって気分なのだろう。


「見なかった事にしておきます」

 

 俺はこの距離感から聞こえる訳はないとわかりつつも、そう告げる。

 すると怪人は闇に溶け込み、一瞬で気配が消えた。


「で、できる」

 俺はカッコよさげに嘯いてみる。

 確実に強者の風格。

 縄張り争いしないように気を付けなくては。

 今日の成果は情報と古書。

 古書はどうでもいいとして、情報を仕入れたのでホクホク気分だ。


「てか、あいつが最近盗みを働いてる不審者なんじゃねーの?」

 

 いやいや、野暮だな。

 不審者同士。

 詮索するのはナンセンスだろう。


 




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