お前がいつか出会う災いは、 お前がおろそかにした時間の報いだ
マリアの戦闘能力を把握する必要があるな。
学園での演習風景を見るに彼女は弱すぎる。
しかし、マリアは設定では強キャラ。
もう、パーティーメンバーの申請を覆せない以上、否が応でも俺の片翼になって貰う必要がある。
俺は、ヒリヒリお茶会の後。
2人に見つからないように、こっそり教務課に行った。
そして手違いでパーティーメンバーの申請がされた旨を説明したのだ。
だが、却下された。
「てか……俺がパーティーメンバーに同意してるって事になってた。ふざけんなよ。なんだよアレ」
記憶を映像化する水晶玉。
水晶に映し出されたのは、俺が跪いてマリアの手を取っていた映像。
その映像が証拠として教務課のボケカスに突き付けられた。
跪いて手を取るポーズ。
これはこの世界で最上級の同意の意志の一種なるものらしい。
俺の心理的意志は完全に却下されたのだ。
教務課のボケカスの顔が『そんな事も知らんのか?』と暗に示していたからだ。
「そんな作法知らねぇんだよ……」
マナー講師はクソだ。
意味不明なマナーもクソ。
それを作り出した奴はドアホである。
過去に居たとされる厨二病みたいな二つ名で語られる極光の騎士なるアホのせいで根付いた慣習。
一体誰だよ。知らねぇよ。
変な慣習作るなよ。
マジでぶっ飛ばすぞ。
「余計な事しやがって」
俺は悪態を吐く事しかできなかった。
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俺は教務課に行った後。
自宅に帰ってくるとモリドールさんが死にそうな顔をして俺に一言『クビになりました』と告げてきた。
モリドールさんのクビが宣告された。
上司から『君は不要だ』と沙汰が言い渡されたらしい……
モリドールさんの席は1学期で消滅するらしい。
解雇である。労働契約解除である。
なんという事だろう。
人件費削減という、なんとも世知辛い理由で彼女はこの学園を去る事になるらしい。
「……どうしよう」
俺は困ってしまった。
俺は最近悩みの種が増えすぎている。
悩みの種が至る所で発芽しまくっている。
除草剤はどこだ?
早く悩みの草を刈り取らねば……
もしかしたら、俺はこの世界攻略後に凄く老けているのかもしれない。
向き合うタスクが多すぎるのだ。
そして目の前の状況に、大いに困ってしまった。
悩みの種がまた一つ発芽したからだ。
目の前で成人女性が慟哭していた。
「うお~ん! うお~ん!」
モリドールさんは泣いていた。
目を真っ赤にして泣いていた。
それはもう泣いていた。
すまん。
俺のせいだ。
「あ、あの……」
「うぉぉぉぉぉん!!」
モリドールさんは机に突っ伏し、机の上には水溜まりが出来ていた。
涙の小池が出来ていた。
あ、だめだ。
今、声を掛けるのはやめよう。
「ちょっと。水取ってきますね……」
俺は席を立ち、モリドールさんに落ち着いて貰う為に水を汲んだ。
汲んできた水をそっと机の上に置くと、その場から離れた。
「その……なんかあったら呼んで下さいね……」
俺は恐る恐る彼女の傍を離れた。
「さて……どうしよう」
どうやら俺が『モブ生活(雑魚)』を演じ過ぎたせいで、モリドールさんの職場での評価は地の底に落ちたらしい。
元々モリドールさんは、成績最下位だったらしくクビ候補筆頭だったようなのだ。
そういえば転入前、こっちに来たばかりの頃、リューさんが言ってたような気がする。
「完全に煽られてたな」
精々頑張れ的な嫌味を言われてた気がする。
「う~ん」
顎に手を当てて俺は考えた。
「俺の成績を突然上げる?」
まぁ。ぶっちゃけアリなんだけど、それだとモブ生活を送れなくなる可能性がある。
加えてファントム暗躍計画に支障が出るのではと思ってしまう。
あまり目立ちすぎるのも良くない。
「……いや、ちょっと目立ち始めてるな……」
なんか上手く立ち回れてない気がする。
ご都合主義が発動してない。
結局人生に翻弄されている悲しい生命体になってる気もする。
「てか、モリドールさんクビになったら俺どうなんの?」
今気づいたんだけど。
俺、悪い成績叩き出してる上に、スカウトが消失したらどうなんの?
てか。わざと成績悪くして雑魚モブ生活を勝手に楽しんでたけど……
これって結構ヤバい?
ヤバいよね?
冷静に考えて、わざと悪い成績出すって頭おかしいのかな俺?
「落第からの退学?」
ありうるな。
そもそも俺の成績は10段階評価で2と1の間をウロウロしてる。
雑魚モブを演じ過ぎて完全に調子に乗っていた。
雑魚を演じ過ぎた。
誰がどう見ても客観的に雑魚すぎた。
数字で判断すると俺は劣等生すぎるのだ。
「最弱と書いて最強と読む、ですらなく、マジの劣等生認定されて要らない子になっちゃたじゃん」
雑魚生活にのめり込みすぎて、1人で脳内ドキュメンタリーを製作した事すらある。
プロフェッショナ……じゃない。
あれは前世の話だ。
モブフェッショナル。
自問自答でインタビューして一人で製作したモブの流儀。
今考えれば頭おかしいわアレ。
精神疾患としか思えない暴挙じゃん、
正直入学してしまえば、あとは雑魚になれると思ってたけど。
これ違うわ。
「俺ってヤバいよね?」
役者は役にのめり込むと、役が本当の人格を汚染し浸食するらしい。
「俺ってそれなの?」
いやいや。違う違う。俺は確固とした自我がある。
楽しみ過ぎた。
雑魚モブ生活を……
「本気でやらないと、除籍されるわ。ヤバいじゃん。何やってんだよ過去の俺!
ナポレオンも言ってたじゃんか。『お前がいつか出会う災いは、 お前が疎かにした時間の報いだ』って」
ど、どうすればいい?
冷静になれ。
クラス対抗戦では俺達のクラスが優勝する予定だ。
実際に戦果を上げるのはマリアでもクレアでもニクブでもガリノでも良かった。
俺以外の誰かが戦果を上げる予定を組んだ。
俺個人は序盤で戦線を離脱し、盤外戦を行うつもりである。
なぜなら俺は雑魚モブだから。
というよりも高みの見物をしつつ、腕を組みながら『ほう。なかなかやりおるわい』とか言いたい。
「折衷案を考えねば」
このままでは裏から糸を引く謎のフィクサーっぽい奴が出来ない。
他にも今後やりたい事は沢山ある。
トーナメント戦でフードを被って全く顔のわからない謎の猛者とか。
真っ黒なシルエットで実態の掴めない奴とか。
包帯を身体中に巻いた半狂乱な狂人とか。
ボンボンのいけ好かない奴にボコボコにされる惨めな奴とか。
あと土下座して失禁もしてみたい。
『ヒィ~お助け』とか情けない事を言ってみたい。
退学と『俺のやりたい事』。
この二つを天秤に掛けるしかないのか。
「う、やば」
モリドールさんの雄叫びに似た慟哭が一層激しくなった。
「し、仕方ない……俺が出るしか……ないのか」
俺は辛酸を舐めるような複雑な顔をした。
雑魚モブは一旦休みだ。
除籍されたら本末転倒。
雑魚モブ生活すら送れなくなる。
「い、いいだろう。プランの大幅な変更を行うしかない。リスケだよリスケ」
少なくとも他クラスを蹴落とす脱糞戦術は一度練り直す必要がある。
俺が……
「大将の首を取るしか……ないのか」
少しだけ考えよう。
結論は待ってくれ。
その時が来るまでギリギリになるまで考えよう。
うん。そうしよう。
その代わり筆記の成績は徐々に右肩上がりにしよう。
突然、学年トップクラスの点数を叩き出せば俺は雑魚に戻れないかもしれない。
微調整しつつ上げていくしかない。
俺はまだ雑魚モブAを学園で演じたい。
生涯雑魚モブでありたいとすら思っている。
「ん? 待てよ」
クラス戦は風音とマリアの接触イベントでしかないんだから。
「多少目立っても問題ないのか?」
いいだろう。
見せてやろう。
俺の役者魂を。
次回4章開幕




