月に叢雲、花に風
俺とマリア、小町の三人で学園の端にあるお洒落な喫茶店でティータイムを過ごしていた。
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絶句した。
いや、言葉を失ったという表現が近いかもしれない。
俺が代表者。
つまりリーダーとして、マリアとパーティーを組んでる事になっているのだ。
なぜだ。どうしてこうなった?
「先輩……ってマリア先輩とパーティーメンバーだったんですか?」
小町が俺の方を向くと、『信じられない』と言った顔をしていた。
「え?」
知らないよ。今知ったんだから。
「そうです。穂村さん。私は天内さんのパートナーなのです。
なので、今後はお勉強会……いいえ。稽古でしたっけ?
少し控えて頂けると幸いです」
マリアは自信満々に小町に告げると、その表情は勝ち誇った勝者のようであった。
俺はコーヒーを吹き出しかけた。
ガタガタと震えるカップには波紋が波打っている。
落ち着け俺。
動揺を見せるな。
俺はゆっくりとティーカップを置くと。
「私と天内さんは運命の赤い……いえ、なんでもありません。
勘違いはありましたが、紳士的に私の事をメンバーとして迎えて頂けました。
あの日の事は忘れません。
私の手を取り、まるで騎士様のように私を迎えて貰ったのです。
ですよね?」
「ヒョ?」
マリアに同意を求められて謎の言葉が口を吐いて出た。
何の話???
「そうなんですか!?」
小町は俺の方に睨みを利かせた。
いや、いや。知らないよ。
いつそうなったんだよ。
俺のパーティーメンバーは千秋だけだよ。
マリアはメンバーに入れてないよ。
俺はアイコンタクトで小町に『違う、違う』とテレパシーを送る。
届いてないようだけど。
マリアは勝手に喋り出す。
「そうなのです。私と天内さんは……結ばれています。
穂村さんは、パーティーメンバーでもなんでもありません。
我々2年生は集団戦の実習も始まっております。
わかりますか?
新入生の貴方より忙しくなります。
どうか。邪魔だけはしないで頂けませんか?
きっと良い師に巡り合えると思います。
なんなら私のツテでご紹介しましょうか?
少しだけ顔が広いので、きっと良いお方をご紹介できますよ」
「え? ちょ、」
俺の狼狽えた声は二人に届かない。
「いやいや。いいですよ。師匠は天内先輩で!」
小町も小町で動揺しているようだ。
まるで浮気男をみるかのような冷たい眼差しを俺に向けてくる。
そんな悲しい目で見るなよ。冤罪だよ。
気分が悪くなってきた。
「あら。そうですか。遠慮なさらなくていいのに」
マリアは手元に置いてあるチーズケーキにフォークで切り込みを入れた。
俺は慎重に、それはもう恐る恐る、爆弾処理班のように。
「あの……パーティーメンバーの……件なんですが」
それって冗談ですよね?
「心配は要りませんよ。天内さん。
誠に勝手ながら、既に学園に書類は出しておきました。
私と天内さんは書類上ではパートナーとなっていますからね。
威風堂々と構えておいて下さい。
天内さんのお手を煩わせてはいけませんからね。これは未熟な私の仕事です。
御仁に雑務など残しはしません。
今後ともどうか私に遠慮なくお申し付けくださいね」
マリアは、『仕事は既にやっておきましたよ』と笑顔を向けた。
「ヒョ!?」
何やってんだよ!?
びっくりして裏声が出てしまった。
パーティーメンバーについての書類申請なんて知らなかった。
そんなもんゲームではなかったぞ。
それに、そんな事勝手に出来るの?
婚姻届を1人で書いて1人で役所に提出したみたいなもんだよね?
これって完全に違法だよね?
法的瑕疵が含まれてるよね?
流石に撤回できるよね。
「そんなに驚かないで下さい。木っ端な私にできるのはこれくらいなのです」
頼んでないんだけど。
いや。まて俺の思考を回転させろ。
脳みその輪転機を超高速で回した。
どこだ? どこにそんな伏線あった?
わからねぇ。クッソ。わからねぇぞ!
そんな伏線なかったぞ! 舐めてんのか!
落ち着け俺。
この後の言葉を選べ。
よく考えろ。脳内山札からカードを引く。
はぁ……はぁ……
手札オープン!
1枚目。『いつから僕たちは仲間になったんですか?』
2枚目。『俺達はパーティーメンバーではない』
3枚目。『ヒョヒョヒョ』
4枚目。『まぁまぁ』
5枚目。『そうなんだ……ありがとう』
クッソ。ゴミカードしかねぇ。
ゴミカードだらけだ。
「あの……」
俺は手札のカードが弱すぎる事に脳内タクティクスを練り直す。
はぁ……はぁ……。
過呼吸になりそうだった。
「お加減が優れないようですが……」
マリアは心配そうな顔を浮かべた。
小町は俺の顔色を見て。
「どうしたんですか? 顔真っ青ですよ」
ドロー!!
俺は6枚目を引くぜ。
見せてやろう。
最高の戦略ってやつを!
「小町もパーティーメンバーにしたいんだけど」
「「 は?? 」」
「え?」
俺は何を言ったんだ?
俺はバカなのかもしれない。
知ってたけど。混乱しすぎて意味不明な発言をしてしまった。
俺は脳内山札からゴミカードを引いた。
サレンダーしていいか?
負けました。
「いいんですか!?」
小町の眼は輝いていた。
え? お前俺の事、そんなに好きじゃないよね?
『こんな変な奴とパーティーなんか組めるか!』とか言うと思ったんだけど。
「フフ」
小町は俺の方を見ると、目を細め微笑していた。
まてまて。『いや、さっきのは冗談だ』とは言い出せそうにないぞ。
なんでそんなに嬉しそうな顔をするんだよ。
「私も……認められたって事か。ありがとうございます。
先輩と仲間か……いいですね。
そうだ! 今度お弁当作ってきてあげますね。
先輩って食生活滅茶苦茶ですからね」
小町の無邪気な笑顔が目の前に輝いていた。
さっきまでの凍てつく目線とは打って変わって、その瞳は俺を羨望の眼差しに似た感情を込めて輝いているのだ。
あ。無理だわ。
ここで『ウッソ~!!』なんて言えなくなっちゃたじゃん。
「お、おう」
「ようやく仲間になれましたね。よろしくお願いします! 天内先輩!」
俺はもう後戻りできないかもしれない。
ちょっと本気で小町を鍛えるしかない。
片翼になれるのかわからない。
メインヒロインはあんまり仲間に加えるのは控えて置きたかった。
正直。
主力パーティーにこの二人は微妙すぎた。
ゲームでは強キャラだったけど、この世界では雑魚なのだ。
弱すぎて主力パに加えたくなかった。
千秋を仲間に入れたので、ゆっくりとメンバーを吟味したかった。
それに未来が滅茶苦茶になってしまう。
風音とのマリアルートと小町ルートはもう滅茶苦茶だ。
俺はヒロイン全員と風音との笑顔の一枚絵をどうしても見たいのだ。
一枚絵は完成するのか?
なんとかしてみよう。なんとかするしかない。
どうせ風音もパーティーメンバーには4人しか入れられないんだ。
メインヒロインは8人。
聖剣はヒロインだ。
少し特殊な立ち位置なので聖剣を除いたとして。
どうやっても3人は溢れる。
現状風音パーティーはこうだったはずだ。
風音、シス、南朋、イノリ。
武器としての聖剣。
今あっちのパーティーにはメインヒロインが4名居る。
残り1人しかメインヒロインを仲間に入れられない。
てか、ゲームメガシュヴァではマリアと小町はトゥルーエンドで絶命する。
絶命ルートは既にフライング転生で回避されているとはいえ……
大丈夫なのか?
もう未来は滅茶苦茶で破綻してるかもしれんが……
どうすればいい?
少し作戦を練り直す必要があるな。
胸のつっかえを押え、感情をなんとか出さぬように。
「よ、ヨロシク」
俺の思いとは裏腹に本心とは真逆の言葉が出た。
「あ……」
マリアは小町とは対照的に啞然としていた。
「という事になりました。よろしくお願いします。マリア先輩!」
さっきとは打って変わって小町は意気揚々とマリアに頭を下げた。
「い……いいん……です……か? えっと……」
マリアはガタガタと震えた手でティーカップを持ち紅茶に口をつける。
「先輩がいいと言ってるんです。文句ありませんよね。
先輩はリーダーですからね。
文句があるなら、マリア先輩は抜けて貰って構いませんよ。
知っての通り私は未熟者です。
こんな間抜けな先輩ですし、先輩は不良債権なので、仕方がないので私が引き受けます。
ああ~残念だなぁ。
天内先輩!
そういう事らしいです。
優秀なマリア先輩は抜けるそうですよ。
本当に残念ですね。
良かったですね。優秀でお綺麗なマリア先輩! 頑張って下さい。
日陰者の先輩と未熟者の私は、私達にお似合いの仲間を地道に集めますので!」
「そんな事は一言も言ってはいませんが」
マリアと小町はバチバチと目線を合わせていた。
「まぁまぁ」
ヒリヒリするぜ。
俺は抜けたい。
今のパーティーメンバーは、千秋のみ。
そして影のサポーターである幻のパーティーメンバーはカッコウ、翡翠だけなんだけど……
月に叢雲、花に風だっけか。
まったく人生とはうまくいかないものだ。
俺は知らぬ間にマリアとパーティーメンバーになっており、小町を意図せずパーティーメンバーに誘ってしまった。
俺、千秋、マリア、小町。
今の俺のパーティーメンバー……らしい。
今日判明し、決まったんだけど。
俺の計画は頓挫するかもしれない。
書類申請の是非については、後で確認しに行こう。
そんな違法書類、まかり通る訳がない。
俺は机の上にぐったりと項垂れた。




