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【人生劇場】 女の世界のヒリヒリ感には気を付けろ


 愛想笑いに挟まれ、俺はあまり気分が良くなかった。

 

 女の世界は怖いと聞く。

 そう。

 あれは前世の職場の先輩が言っていた。

 俺はそれを思い出していた。


 ―――

 ――

 ―

{人生劇場}


 夕日の差す喫煙所で俺と先輩とで束の間の一服をしていた。


「いいか。俺達男はバカなフリをしておけばいいんだ」

 先輩はコーヒーを片手に突然そんな事を言った。

 

「どういう事っすか?」


「女の世界は男の世界とは違うルールがあるって事さ。

 それを守らなければ、

 去らねばならんのだな……と、思ってな」


「はぁ……」

 先輩はたまに唐突に謎の話題を振って来る。


「例えば、最近中途で入って来た佐藤さん。若くて綺麗で仕事も出来ただろ?」


「ええ。こんなクソブラック会社には勿体ない人材でした。もう辞めるらしいですが」


「あれはここのお(つぼね)に好かれていない」


「あー。でしょうね。若作り品性下劣ゲボうんこクソババアとは相性悪そうですもんね」


 先輩は『そうだな』と一言呟き、コーヒーを飲むと続けた。


「逆に、あの爆発天パの陰毛ゴミ屑には気に入られている」


 課長の事か。


「それが気に食わないって事ですか?」


「それもあるだろうな。

 俺は常に目立たず、荒波を立てず影を演じている。

 時に不幸なアピールをしつつ、振られた仕事を粛々とこなし、誰も見ていない所で息を抜く。

 それは組織を生き抜くコツだ。


 女の世界は出る杭は打たれる。

 例えば、若く綺麗だと言うだけで嫌われる事もある。

 特に新人は、先輩の……クソアマ共の黒子に徹さなければならない。


 彼氏アピールなどもってのほかだ。

 黒子に必要なのは、少し不幸な演出。

 これが必須。 


 クソアマ共にはからめ手で相手を上げて落とす話術が存在する。

 そこに気付かず明け透けに会話に乗り、『プライベート充実してます』アピールなどしてはいけない。

 これは罠なのだ。

 敵は会社の外には居ない。

 本当の敵は会社の中に居るのさ。

 それが俺が社会で学んだ事」


 先輩は眼鏡を斜陽に反射させ、カッコよく壁にもたれ掛かる。

 先輩の顔には疲労が見え隠れしていた。


「そんな心理戦が行われているなんて……」

 俺は絶句するしかなかった。

 

「俺の後輩ゆえ、ここでの話は他言無用だ」


「え、ええ」

 俺は生唾を飲み込んだ。

 それは勿論だ。

 陰の会議の話を外に持ち出すのはご法度。


「女の世界にはランチミーティングなるものがある」


「ランチミーティング……ですか」

 そういや、群れてるな。

 あいつら(クソアマ)


「ああ。単なる悪口祭りの別称」


「悪口……祭り?」


「派閥によるランチミーティングがあるのだ。

 ここは嫉妬、妬み、怨嗟、憎悪が渦巻いている……

 そこで悪口を言い合い、結束力という名の悍ましい邪念による団結を取るのだ。

 その標的が今回佐藤さん……

 ただそれだけだった」


「そ……そんな。だって彼女はまだ入ったばかりですよ」


「入ったばかりだから……こそだ。

 仕事を覚えていない者を無能認定する。

 仕事を満足に教えていないにもかかわらずだ。

 彼女は優秀だ。

 それがさらに気に食わんのだろう。

 故にキツく当たるようになる。

 蹴落とすのさ。自分の立場を脅かすような存在を」


「ひ、ひどすぎる」

 俺は唇を噛みしめた。


「女の世界に情などない。

 あるのは、どうやったら自分が甘い蜜を吸えるか。

 歳を食ってもチヤホヤされたいのさ。

 脳みそスイーツ(お花畑)だからな。

 まともな女は寿退社するか、ゴミ人間共の居ないホワイトな職場に行く。

 ここのお局様はゴミ屑だ。

 世間に巣食う病巣たるお局はゴミしかいないかもしれないが……

 少なくとも、この会社の女は掃きだめのゴミしかおらん。

 むしろ佐藤さんにとってこれは良い船出なのだ

 」


 先輩の眼は悲しそうであった。


 一体何があったんだ。

 どれほどの邪悪を見てきたのだ。

 俺は先輩のその視線の先に何が浮かんでいるのか見当もつかなかった。


「いいか? 女の世界のヒリヒリした雰囲気には気を付けろよ。

 見誤ると、己に飛び火という名の業火を浴びる事になる。

 お前に教えてやれる処世術の一つだ」


「……」

 俺は押し黙ってしまう。

 先輩は海千山千の処世術を駆使してブラック会社を生き残って来た俺の処世術師匠だ。

 この世は無常だ。

 俺は女の世界にはヒリヒリ感があるのだと改めて思い知らされた。

「わかりました。気を付けます」


 ―

 ――

 ―――


 というような事が前世の世界であった。



 マリアと小町がお互い笑顔のまま、がっちりと握手をしていた。

 その時間は1分は超えていた。

 

 一体何が起こっているんだ。

 俺に心を読む能力はない。

 クソ!。

 わからねぇ!

 一体どんなライアーゲームが行われているんだ。

 なんだよ。このヒリヒリした空気は。


 俺は恐る恐る。

 本当に恐る恐る、乾いた唇を開いた。

「ど、どうぢ……どうしたの」

 クッソ。ちょっと噛んじまった。


「あらあら。ええ。これはこれは申し訳ございません」

 マリアは手を離すとこちらに目線を合わせ、両手を合わせた。


「……マリア先輩でしたね。ええ。宜しくお願い致します」

 小町も手を離すと、マリアにお辞儀した。


 お互いは顔を合わせると一言、自己紹介したのだ。

 その後、なぜか握手をするとそもまま膠着状態になったのだ。

 それがさっきまでの出来事。


「先輩……ちょっと」

 小町は俺を名指しすると、この場から少し離れた位置に俺を連れ出そうとする。


「どうした?」

 俺は立ち上がり、小町に手招きされる方へ歩いて行く。


「あの……なんで連いて来るんですか?」

 小町はマリアを見て質問した。


「なぜ、私だけ仲間外れにするんですか?」

 その顔は笑顔だ。

 能面のようだけど。


「あー。そうだ。先輩には私の稽古をつけて貰ってるんですが、その打ち合わせをと思いまして」


「そうなのですね。それはまぁ……素敵です。どうぞ」


「どうぞ?」


「どうぞ。ここでお話になってもいいのでは?」


「そ、うです……けど」

 小町は口ごもると、俺の方を見て少し睨んだ。


 なんだよ。

 なんでそんな風に俺を睨むんだよ。

「で? 毎日言い聞かせた事はやってんの?」

 

 俺は言葉を濁す事にした。

 で? 実際やってんのか?


「できる訳ないでしょ。毎日素振り10万回なんて無理です」


「今何回ぐらいできんの?」


「1万回……」


「何時間で?」


「5時間ぐらいかかります」


「全然じゃん」

 全然出来てないじゃん。 

 素振りだよ。

 仮に1秒1回素振りでも三時間以内にできるじゃん。


「これでもほとんど休みなしですよ!」


「はいはい。いい訳はいいから。走り込みもやってるんだろうな」


「できる訳ないでしょ! 無茶苦茶なんですよ! 

 いつもそればっかりじゃないですか。

 そろそろ手合わせなり、実戦なり教えてください

 」


 小町は顔を赤らめて憤慨していた。


「あらあら。穂村さんは天内さんに教えを乞うてるんですよね?」

 マリアが俺と小町の話に割って入って来た。


「え。ええ。そうですけど……」


「なぜ。天内さんが指南した事をやらないのですか? 

 そもそも貴方は天内さんに教えを乞うのには、

 未熟すぎるのではないのでしょうか?」


「は?」

 声を発したのは俺だ。


 マリアは俺に向かって。

「天内さん。穂村さんをお弟子に取られてるようですが、これではダメです。

 カエルの子はカエル。あるべき鞘に納まるべきかと具申致しますわ」


「それはどういう……」

 事でしょうか?

 

相応(ふさわ)しいお師匠様の所で学び直す方がお互いの為になると言う事です」


「「え?」」

 俺と小町は同じ言葉が出た。


「そもそも穂村さんは、態度がなってないのではないでしょうか?

 天内さんはお暇ではないのです。

 非常に多忙なお方なのです。

 まぁ、穂村さんは知らないでしょうが」

 マリアは小町を小馬鹿にするように微笑むと。


「はい?」

 小町は自分が馬鹿にされているのがわかったようで顔を歪めた。


「その天内さんが時間を割いてくれているのです。

 もう少し殊勝な態度になるべきです。

 それなのに、自身の未熟から出た、できない事を天内さんのせいにしてるように見受けられました。

 貴方は天内さんには相応しくありません。

 天内さんも困ってるではありませんか?

 わかりませんか? 穂村さん」


 おお。中々に辛辣な事をおっしゃる。


「た、確かに……」

 俺は少し納得してしまった。


「『確かに……』じゃないよ!」

 小町は俺の脇腹に肘打ちしてきた。


「おいおい」

 俺はそれを避けると、小町の背後に回り込み後頭部にデコピンした。


「あた!?」

 小町は振り返るが。


「まだまだじゃん。

 素振りで反射神経と型を身体に染み込ませるの。

 あらゆる行動に臨機応変に対応できるようにね。

 あと、走り込みで体力を鍛える。そこでスタートラインに立てるようになる

 」


「クッソ! ああ言えばこう言う」


「…………」

 マリアはにこやかな表情で俺達を見ていた。

 足元のタイルは少し焦げ跡がついていた。


「どうしたの……マリア……さん?」

 俺は、頬を悪い意味でピクピクさせて質問した。


「仲が随分よろしいのですね……」


「そんな事はありませんが」


「私たちは一応師匠と弟子の関係にあります。

 私は未熟者です。

 マリア先輩の仰る通りです。

 しかし温かい目でどうぞ放っておいて下さい

 」


「自称だけどな」


「自称じゃない!」


「……まぁ。少しだけ鍛えてやってるだけですよ。そこそこ戦えるようになるまで」

 俺は小町を擁護する訳ではないがマリアにそう説明する。


「………あらあら。そうですか。お優しいですね。流石です」


「え、ええ」

 俺は何とか同意した。

 怖いんだよ。


「そうだ。天内さん。ここで会ったのも縁ですし、

 この後…………お、お、お、お茶など……いかがです?

 

 穂村さんは指南された事をこのままお続けになって下さい。

 放っておきますので。

 それでは、どうぞ頑張って下さいね。

 ということなので。

 どうです? 行きませんか? 天内さん

 」


 お、おう。

 小町にはやけに冷たいな。


「あ?」

 小町はこれでも気が強い。

 肩眉がピクりと動き、『突然何言ってんだこいつ?』といった顔をした。


「あ、あの。非常に嬉しい提案なんだけど。よかったら三人で行きません?」

 俺はマリアにそう提案してみる。

 だって小町が滅茶苦茶噴火寸前なんだもん。


「あ……」

 そう言った手前後悔した。


 この二人。

 相性悪いわ。

 ピリピリしてる。

 なんでこんなにも初対面でお互いの事が気に食わないのか……

 特にマリアは小町に対してやけにキツく当たってるではないか。

 勘弁してくれよ。

 仲良くしようよ。


「そ、そうですね。ええ。どうです穂村さん……も!」

 微笑んでいるが目は笑っていなかった。


「あ、いえ、その……」

 小町はマリアの申し出に乗り気ではないようだ。


 マリアは小町の言葉を被せるように、食い気味に。

「あら。そうですか。行きたくないようです。それでは、」

 マリアは俺の方を向くと笑顔を向けた。


「行きますよ!」

 小町は頬をピクピクさせながら、必死に愛想笑いを続ける。


「まぁまぁ」


 俺の処世術『まぁまぁ』が発動した。

 あの……俺は欠席してもいいかな。

 行きたくないんだけど。

 もう言い出せないけどね。

 

 ヒリヒリするぜ。


 同時に、ほんのちょっぴり俺の胃がキリキリした。



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