【日常回】マリアの秘密と決意
/マリア視点/
「そこは違う! もっと凛々しく! 資料は読んだの!? 写真も見せたはずよ!」
「は、はい!」
「威勢のいい返事は聞き飽きたわ!
もっと優雅に上品に。なおかつ妖艶な瞳!
艶やかに!勇敢さが足らない!
私を舐めてるの!」
彫刻師は必死に直しを入れるが何もかも違う。
その真髄にすらたどり着いていない。
本質の雅さにすら到達していない。
「だから違うと言ってるでしょ!
私の説明を聞いてたの!?
何回言わせればわかるのかしら!
だから! そこは違うと言ってるでしょ!
間抜け!
凛々しい僧帽筋が貧弱じゃない!
何をしてるの!
」
この日何度目かという怒号を飛ばした。
「……勘弁してくだせぇ……」
弱音を吐く彫刻師。
それを聞き私の頭に一気に血が昇った。
「腑抜け!
一体幾ら出してると思っているの!
根性見せなさい!
早く作業を続けなさい!
鞭でぶつわよ!」
私は普段なら出さない檄を飛ばす。
馬用の鞭を取り出し、空を切る。
大きな風切り音をわざと出し脅迫した。
「た、助けて……くれ」
一流と謳われる彫刻師がバタりと目の前で倒れた。
「……」
返事がない。
3人目の彫刻師が卒倒したのだ。
「はぁ……本当にどうなっているの! アンデルセン!」
余りの不甲斐なさに声を荒げた。
「はい! お嬢様!」
「さっさと次を連れてきなさい!
今日はもういいわ。
一度部屋に戻る。
絶対にその間は声を掛けない事!
いいわね!」
「ハッ! 仰せのままに」
彫刻師に造形を任せる事はや数日。
全くダメ。
今回もダメだった。
ファントム様……
天内様の優美さ勇敢さ妖艶さを表現できていない。
1/1スケールまでまだまだ遠い。
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私は自室に隠し部屋を作り、そこに癒し空間を作った。
そして癒し空間に戻って来たところだ。
「はぁ……癒される……」
部屋中に囲まれた1/8スケールのフィギュアを見渡す。
至る所に漆黒の騎士ファントム様。
並び立つ者なしと言わんばかりの漆黒の騎士ver。
多彩な技を繰り出すファントム様ver。
学園制服の天内様ver。
そしてキャストオフ仕様のあるちょっぴりエッチなフュギュア。
全て職人に作らせたオーダーメイドだ。
少々デフォルメされているが、仕方ないだろう。
「はぁ……はぁ……」
ぐるりと部屋中に張られた天内様の写真を見渡した。
全てが内密に撮影されたオフショット。
なんという絶景。
そしてベッドに倒れこむ。
「スーハスーハ」
天内様1/1抱き枕を抱きしめ鼻息が荒くなる。
学園での私の日課はまず最初に天内様のお顔を拝見する事から始まる。
その凛々しいお姿をまずしっかりとこの目に焼き付ける。
演習の時間は天内様の斜め後ろ約45度になる場所を確保。
日々の研究の結果この位置が最も自然に、それでいてそのたくましいお背中と聡明な横顔を拝見できるとわかった。
特に魔術と武術の実技。
実力を隠される素晴らしい勇姿を見逃さぬよう目を凝らす。
少し汗の滲むそのお姿は余りにも美しいのだ。
鼻血が出そうになるのを必死に抑え込む。
そして私には非常に大事な瞑想の時間がある。
これは非常に重要な作業だ。
毎夜そのお姿をベッドの中で思い出しニヤニヤする。
私の日課だ。
「ウフフフフフ」
私は思い出し笑いをした。
以前親友のクレアに悩みを相談した事がある。
その悩みは私は天内様を前にするとおかしな事をしてしまう事だ。
お話をしようとすると緊張して、なぜだかわからないけど隠れたり、クラスの親睦会にお誘いしようと思っていたのに遂にはできなかったり。
お話したいのに、できなかった。
私が主催したにも関わらず、『私が直々に誘う』と、他の女生徒に言ったにも関わらず、
遂に話しかける勇気が出なかった。
結果。
彼だけ来なかった。
誘わなかった。
いいえ。
誘えなかった。
という悲しい結果に終わった。
きっと冷たい奴だと、薄情者だと思われたに違いない。
それからなのか、初めからなのか。
天内様に避けられているような気がする。
それがとても、私を悲しい気分にした。
――――
―――
――
ー
「クレア。私の知り合いの友人の話なのだけど」
「ん~。なぁあに?」
「ええ。なんというか。その。
おかしな話なのだけど。
その知り合いの友人はね、
最近とてもお慕いできる方ができたらしいの」
「ほぉ~」
「それでね。その人……その知り合いの友人Aさんとするわね、
そのAさんがね、その……何ていうかなんかそのお慕いできる人。
ここではB君としましょう。
そのB君とはとてもおしゃべりがしたい。
だけどどうしてもできないらしいの」
「ふ~ん。なるほどなるほど」
「そのね。
こう、
AさんはB君に話をしようとするとコソコソ隠れたり、
そのなんていうか……
AさんはB君に冷たい態度を取っちゃたりするらしいんだけど」
「なるほどねぇ」
クレアは顎に手を当て少し思案した後、
「わかりました!」
「え!? ホントに!?」
私は思わず身を乗り出した。
「うんうん。それはねぇ~……好き避けだね」
グッと親指を立てるクレア。
「好き避け?」
「そう。好きすぎて冷たくしちゃったり、
好きすぎて話しかける事ができなくなっちゃうの。
つま~り。
Aさんはツンデレさんだ!」
「な、なるほどぉ」
そんなものがあったのか。
クレアはなんて聡明なんだ。
「で、でも。それって嫌われるんじゃ……
何よりB君がAさんを避けているような気がするって……」
クレアは「あっははは」と快活に笑った後、
「大丈夫。大丈夫。
そんなのB君もわかってるよ。
B君もきっとAさんの不器用なところに薄々気づいてるの。
そしてぇ。どっちも好き避けしてるの!」
「そ、そうなの!?」
ならば合点がいく。
天内様も私の事を……好き避けしている!?
つまり天内様も私の事を好きという事!?
そんな。
なんという事なの。
一生の不覚。
なぜそんな簡単な事もわからなかったのか。
私はなんて身の程知らずの愚か者なのか。
そんな事を御仁に思わさせるなど、"未来のお嫁さん"として余りにも不甲斐ない。
恥じ入るしかない。
きっと天内様にも悲しい思いをさせていた。
いつも私は自分の事ばかり。
なぜ隣人の事を思えないのか。
未熟者である自分を恥じた。
「でもね。
どっちかが積極的にならないとダメなの。
このまんまだとB君も諦めちゃうの。
やっぱり僕の事嫌いなんだッって。
勘違いだったって。
違う女の子に優しくされて、
そっちに行っちゃうの」
なんだって!?
「そ、そうなのね……」
背筋が凍った。
このままではダメだ。
なにかアプローチしないと。
どこぞの馬の骨ともわからぬ女狐に誑かされる。
ただでさえどんな御仁よりも凛々しく勇ましいのに。
このままでは魔性の毒牙にかかるのも時間の問題。
いつの間にか、ごく短期間でクラスの男子生徒の『まとめ役』になられたあの方の事だ。
皆一様に沈黙する為。
詳細はわからないけれども、きっとあの方の持つ比類なきカリスマ性の為せる技。
それまで烏合の衆であった間抜けな男子生徒を導くあの方は尊敬に値する。
そんな御仁を他の女生徒が好きになってしまうのも時間の問題。
これは直々に女生徒に釘を刺す必要があるわね。
決して天内様に軽々しく喋ってはいけないと。
懸念は多い。
公国暗部に調査をさせた結果。
天内様には親し気な下級生の女子生徒が居るとの事。
しかも、彼直属の顧問もエルフの女性だという報告が来ていた。
モヤモヤする。
ソワソワするのだ。
そして無性にイライラする。
彼が他の女性と親密そうである。
この情報を聞く度に、とても不快感が募った。
彼の御仁は英雄。
きっと魔性の女どもに違いない。
英雄には魔女が付き纏うもの。
その厄災と火の粉から、今度は私が守らなくては。
私ができる御恩返しなど些末なものかもしれない。
それでも、彼の御仁に並び立つ者はこの私が選りすぐらなければ。
ひねり潰して差し上げるわ。
私の登場によってね女狐共。
ひれ伏すといいわ。
ウフフフフフ。
「わ。わかったわ。そう伝えておくわ」
私と王子様は相思相愛。
きっと愛し合ってる。
嬉しい感情をなんとか押し殺して冷静にそう返答した。
ウフフ。
クレアはニヤニヤしながら。
「で? 誰なのよぉ~マリア!?」
「だ~か~ら。私の知り合いの友人だってば!」
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――
―――
――――
と、いうような事があった。
私はクレアのその名推理に感嘆した。
打ち震えた。
頬が緩んでしまう。
どうしてもニヤニヤが止まらない。
それから、私は何度も話しかけようとしたものの、どうしてもできなかった。
緊張してしまう。
なので眉間に力を入れて何とか平静を保とうとした。
でも。
そんなものは言い訳に過ぎない。
"妻"は夫に手間を掛けさせてはいけない。
私も勇気を出さなくては。
明日は天内様と同じ演習のチームメイトになった。
心の中で狂喜乱舞した。
そのチーム分けを行った教師を褒めて差し上げる。
素晴らしい采配よ。
これはまたとない絶好のチャンス。
逃す訳にはいかない。
あくまで冷静に、それでいて優雅に対応しなければならない。
そして……
「今度こそパーティに入れて頂くお願いをする!」
私はベッドから起き上がると急いで机に駆け寄り、棚に閉まってあった一番可愛らしい便箋を取り出した。




