【日常回】 天内の悩み << FBI WARNING >> な朝
頭の中で。
<< FBI WARNING >>
黒地に赤い警告シルエットの中に白文字で書かれた、この言葉が反芻していた。
それは男性諸君を現実に引き戻す恐るべき魔法のワード。
あんなもん最初に見せるなよ。
集中できなくなるだろ。
おっといけない。
得意の脱線芸をしてしまった。
話を戻そう。
最近。俺はこの文字列が頭に思い浮かぶのだ。
絶望的な朝を迎えた時にな。
"憂鬱"という単語を俺は、<< FBI WARNING >> と、名付けた。
そう勝手に呼んでいるのだ。
俺は今日も << FBI WARNING >> な気分だった。
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俺は最近悩みがある。
その悩みは日に日に俺をやつれさせた。
食事が美味しく感じなくなった。
不眠症に陥った。
10円禿げが出来た。
『学園に登校したくない』と思い始めた。
前世でも出社拒否したことはある。
だけど今回はあの時と少し状況が異なる。
学園に通うのはヒロインのルート攻略。
ハッピーエンドを迎えるのには必須の作業だ。
イベント回収作業があるし主人公風音の成長の手助けもある。
しかし、教室に入ると気分が悪くなる。
教室に行く道のりが果てしなく感じる。
動機が激しくなる。
いつも俺を暗殺者の如き眼光で睨みつけるマリアの存在があるからだ。
酷薄の笑みで見つめるその姿と目が合った時。
俺は「死にたいな」と思った。
ここまでの憎しみの感情を向けられたのは前世の世界でもない。
人間の憎悪の感情がここまで俺の精神に重くのしかかるとは思いもよらなかった。
今にして思えば俺の正体がマリアにバレるのは時間の問題なのはわかりきっていた。
恐らくだがバレてるのかもしれない。
わからない。
そんなはずはない。
しかし、バレてると考えると辻褄が合う。
合点がいく。
そんな素ぶりは出してない。
俺は雑魚を演じ切れてるはず。
風魔法の低位な魔法"浮遊"。
しかも小物しか浮かせられない設定でやらせて頂いてる。
最弱モブを演じ切れてるはずだ。
しかしだ。
俺を常に睨みつけるあの眼は、『そろそろ吐けよ。外道』と訴えているような気がする。
だが、そんな事はできない。
昨今、問題になってる自白の強要。
自供したら負けなのだ。
冤罪であっても裁判で負ける。
しかも俺に弁護士は居ない。
「国選弁護人を呼んでくれ」
いや、実際やってるから強要もクソもないんだけど、こっちから自首する必要はない。
このままでは裁判なら敗訴だ。
情状酌量の余地すらない。
……ただ問題を先延ばしにしただけだった。
遅すぎるのだ。
例えばだ。
魔が差して。俺がコンビニで万引きをしたとしよう。
『あの~。半年前にここのお店で万引きしたんすけど』と、わざわざ言うだろうか?
言わないだろう。
言う奴もいるかもしれないが、俺は言わない。
不誠実かもしれないが、
心の中で『天地神明に誓って今後は万引きはしません』と誓う。
そして改心して生きていく。
わかってるさ。
よくなかった。
ただまずかったんだと。
あの鬱ルートで逃げたのがまずかった。
あの場で平謝りしておけばまだ状況は幾分マシだったのかもしれない。
俺が大暴れしたあの場には、きっと貴重な書類や思い出の品があったのだろう。
マリアの父は故人。
思い出の品を壊した人間をどう思うだろうか。
よく考えてみよう。
もし、俺がメガシュヴァのデータを吹き飛ばされたら。
「…………キレるな」
そうなのだ。
ブチぎれる。
修羅の如くキレるだろう。
しかもふざけた仮装をしてたのが、なおの事タチが悪い。
ファントムプロトタイプは雑なのだ。
雑衣装なのだ。
「いや、今はそこじゃない」
俺はあろうことか、地下工房にあったほぼ全てを破壊してしまった。
鬱ルート回避の布石と息巻いたが、今考えればもっとスマートな方法があったと思う。
「浅はかだった」
そう浅はかだった。
俺は頭が良くない。
頭の悪い行動しかできないお子様だ。
頭お子様ランチだ。
お子様ランチに刺さってる旗を意気揚々と集めるぐらい頭がお子様なのだ。
俺は今日も学園に出社……じゃない……登校している。
吐き気が止まらない。
足取りは重い。
断頭台に向かう囚人はきっとこんな気持ちなのかもしれない。
日に日に増す威圧感。
あの凄まじい眼に身震いする。
常に俺の事を見つめているのだ。
一挙手一投足をつぶさに見ているのだ。
気にしないようにしてるが……怖いのだ。
できるだけ男子とつるんでるのもそれを紛らわす作業なのだ。
「ヒェッ」
思い出すだけで背筋が凍る。
胃がキリキリと痛み出した。
「このままでは最高のエンディングを見る事が……一枚絵の夢が……」
最強最大の壁だ。
憎悪とは人から生まれ出る。
この負の呪いはあらゆる争いを生んできた。
憎悪。復讐。そこから生まれ出る狂気。
人類の長い歴史で今もなお、その呪いを解呪する術を持たない。
人間故に切り離す事のできない人間が持つ陰の側面。
それはどのルートのラスボスより強いのかもしれない。
だけど。
それでも歩みを止める訳にはいかない。
「立ち止まるわけにはいかない」
ルビコン川を渡るとはこのことだろう。
俺は立ち止まる事はできない。
もう後戻りはできない。
できない……
決めたんだ。
決めたんだから。
「俺は何の為に!」
己に問いかける。
心を奮い立たせる。
―――瞬間―――
ヒロイン全員の笑顔と、それに囲まれる風音の1枚絵が視えた気がした。
「そうか……答えはもう出ているじゃないか」
頭の中がクリアになった気がした。
見えないものを視たのだ。
拳を握りしめ、ガチガチとなる奥歯を噛みしめ、震える膝に活を入れる。
己の内にある魂の炎を燃やした。
限界は既に超えている。
「ああ。わかってるさ」
負けていたのは俺の心の方だ。
俺の在り方が負けていた。
一歩―――逃げたい。
二歩―――怖い。
三歩―――死ぬかもしれない。
四歩―――心臓が悲鳴を上げる。
それでも俺は……その先に行く。まだ前に進める。
五歩―――肺が潰れそうになる。
大丈夫。まだ息はできる。
六歩―――強烈な眩暈がした。
気にするな。気のせいだ。立ち止まるな。
七歩―――理屈じゃない。
論理じゃない。感情ですらない。
これは。この夢は!
決して。
決して!
決して!!!
「諦める訳にはいかないんだ!」
今日も膝に、つま先に、足腰に、手足に、力を入れて。
息を整え。
心の靄をかき消すかのように。
教室の扉を勢いよく開けた。
「ちーっす。どうよ!」




