物語の終着点 「こんな結末は間違っている」
最近、俺は深夜になると修行するようになった。
小町に触発されたのもある。
少し本気で攻略に精を出そうかなと思ったのだ。
モリドールさんが寝たのを確認し、俺はいそいそと家を後にした。
これから向かうのは俺の最近の穴場。
新技の練習場である。
上級ダンジョン初段。
ここが一番負荷が少なく、ノンストレスで狩りが出来る。
俺はダンジョンへと向かう為、走り出した。
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ゲームメガシュヴァにはルートボスというのが居る。
ヒロインルート用に用意されたボス達だ。
各ルートのラスボスと言っていい連中である。
物語の終着点に登場する最悪の敵。
メガシュヴァストーリーのメインヒロインは計8名。
ヒロインルート以外にもエクストラルートを入れるとエンディングは30を超える。
ルートによって、ボスの強さはまちまちだが、異常に強いのが4体居る。
この4体は異常な個の強さを誇る。
破格、規格外、裏ボス中の裏ボスと言っていい。
ヨハネの黙示録。
その四騎士になぞらえ、オマージュされた4体。
その内の一体。
マリアルートのラスボス。
蟲型魔人カイゼルマグス。
【飢饉と天秤】を司る皇帝は、覚醒前に焼却しこの世から消滅した。
こいつのみ、幼体であり、フライング転生により唯一干渉が可能な存在であった。
だから既に一体は倒した事になる。
なので計3体。
倒すべき存在が居る事になる。
【支配と疫病】
【争いと混乱】
【死と荒廃】
これらを司り、災厄を模した恐るべき敵だ。
それら全てが齎すのは絶対的な "死" 。
俺が倒すのか、はたまた風音が倒すのか。
「ぶっちゃけどっちでもいいんだが」
もし……登場するならば。
必ず倒さなければいけない。
この3騎。
絶対的権能を持つこいつらを、
この世界に住まう生きとし生ける者、
もしくは俺や風音が一体でも討伐を取りこぼせば、
この世界は破滅だ。
俺、もしくは風音達、それ以外の強者がそいつらを倒す必要がある。
救済はあり得ない。
間違いなくこの世界の汚点であり、災禍を生み出す存在だ。
―――文字通り殺す―――
息の根を止める。
殺し合いなんてのはまっぴらごめんだ。
俺の性に合ってない。
それでも必ず踏破せねばならない。
絶対に勝つ。
それは俺の夢の為……結局は、そうはなるんだが。
「この世界に生きる人間としての決断だ」
もし、メガシュヴァのストーリーが現実に引き起こるのならば。
この災厄がこの世界に顕現する事になれば。
この世界で恐ろしい数の人間が、夥しい数の生命が死ぬ事になる。
人類が経験した事のない大量虐殺が起こる。
確証は薄いかもしれない。
ルート分岐が起こっており、起こらないかもしれない。
所詮、ゲームの設定であったしイチストーリーの結末の一つに過ぎない。
それらボスが登場しなかったルートの方が遥かに多い。
しかし楽観視はできない。
出てくると仮定して動いた方がいい。
登場の如何に関わらず、それを知りながらも現状行動に移すのは時期尚早。
まだ、二年生の一学期。
まだまだ時間はあるとも言えるし、ないとも言える。
今の俺では何もできない。
現状、カイゼルマグス以外の裏ボスの連中がどこに居るのかわからないし、顕現してるのか不明だ。
あいつらはゲームの終盤にしか現れなかった。
現時点でこいつらがどこで何をしてるのか、ゲームのストーリーでは残念ながら描かれていなかった。
その部分を運営が意図的に端折っていたのかもしれない。
それに仮に見つけられたとしても無駄死にして終わりだろう。
弱者の俺ができるのは精一杯時間を味方に付ける事だけ。
登場するタイミングはわかってるんだ。
その時になったら戦えるように手札を増やすだけ。
それしかできない。
勇者風音が魔王を倒す役割を担っている。
3騎以外の魔王的役割の敵は風音に任せるとしよう。
あいつは英雄であり救世主だから。
ただ、この3騎だけは別だ。
魔王を遥かに超える災厄の災禍。
恐らくプレイヤーとしての力がなければ攻略が不可能な存在。
数多のプレイヤーが四苦八苦し、長い時間と研鑽を積んで攻略した難所。
モブ生活を勤しんでる者としては滅茶苦茶嫌だが、こいつらが出てくるなら、その決戦にはファントムとして出しゃばる必要がある。
その戦いは、
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神の視座を持つ者
と
この世界に巣食う滅亡の災禍
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事実上、この二者による、
人類の命運を懸けた決戦になるだろう。
最近。
俺は、『この世界が辿るであろう終焉の未来を変えるために招かれた』んではないかと、そう思うようになってきた。
仮に俺が死ぬ事になっても必ず相打ちにする。
刺し違えてでもあの世に連れて行く。
俺が死んでもいいように風音を必ず強くする。
「俺はこの世界が気に入ってしまったようだからな」
俺は一心不乱に修行をした。
深夜になったら、ダンジョンに潜り巨竜を倒しレベリング。
技術を磨くために武術の型の鍛錬も日課にした。
最近、霧魔法も覚えた。
着実に強くなっている。
「この世界は必ず俺がなんとかする。
ヒロインの笑顔も必ず引き出して見せる。
幸せな未来を引き寄せてみせる。
舐めるなよ。この俺を」
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巨大な竜の身体中に様々な武器が刺さり、うめき声を上げた。
断末魔の叫びであった。
「悪いな。お前の命運はここで終わりだ」
俺は神速の速さで動きの鈍った竜の首筋に長剣を掲げた。
それを躊躇いなく振り下ろした。
固い外皮は滑らかに切れた。
肉の割ける感触。
筋肉が断線する感覚。
わずかに固い感触。これは骨だろう。
肉を捌くような感触を味わった後。
人2人分はあろうかという巨大な頭が地面に転がった。
上級ダンジョン初段のボスを無傷で倒した所だった。
「雑魚め」
これじゃあ。まだまだダメだ。
マホロの学園生は、上級ダンジョン1級が攻略出来たら成績の有無に関わらず飛び級で卒業らしい。
上級1級など欠伸をしながらでも攻略可能だ。
弱すぎる。なにがマホロ生はエリートだ。
お前らは井の中の蛙。雑魚が生け簀の中で虚勢を張ってるに過ぎない。
この世界では人外魔境の地と言われる超級ダンジョン。
それに到達した者が過去現在含め、数名しか居ないとは思わなかった。
この世界の戦力に過剰に期待はできないかもしれない。
そもそもゲームメガシュヴァの星5キャラがこの世界では弱い気がする。
マリアも小町も正直弱い。
それは育成が済んでないからなのかもしれないが、過度な期待はしないようにしている。
そうであるならば、彩羽千秋とかいう異常者がこの世界の異端であるのは間違いない。
現時点で俺に張り合える、もしくはそれ以上の実力者。
俺はあいつを仲間に加えたい。
ファントムとなった俺に比肩できるのは彩羽しか居ない。
何よりアイツは強い。
最初の仲間。
パーティーメンバーは彩羽。
アイツで決定だ。
「そろそろ風音に助言タイムも必要だな」
風音の強化も必須だ。
どうしようか。
あの渓谷ダンジョンを案内するか。
うん。そうしよう。
強化アイテムもイベントもあるし。
その前にあそこに居る初見殺しの敵を処す必要があるな。
「明日は先行して渓谷隠しダンジョンの攻略に行くか」
帰り道。
ほんの少し青くなり始めた空を見上げる。
間もなく日の出だ。
今日は少し修行をしすぎた。
滅多にない事だ。
心境の変化だろうか。
雑念のせいだろう。
今日は少し考えすぎた。
まぁいいや。
少し休む必要がある。
「最悪の結末は俺が阻止する」
3騎が同時に現れる不幸な結末が訪れる未来を変える事。
俺の知らない終着の物語。
メガシュヴァのストーリーにもなかった最悪の結末を改変する事。
それが、この世界で唯一のこの世界に招かれたバグだからできる事だと信じている。
俺は朝日を見上げながら1人、小さく呟いた。
「こんな結末は間違ってるんだから」




