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玄人好みのヒャッハー役



 コンコルド効果という言葉を知ってるだろうか?


 認知バイアスの一種であるらしい。

 俺はこの心理現象に見舞われた訳だ。

 つまりギャンブルに金をジャブジャブ注ぎ込む現象に襲われた訳だ。


 ・

 ・

 ・ 

 

 ギャンブルは最高の娯楽だ。

 楽して金が何倍にもなる。

 負ければゼロ。 

 ヒリつくぜ。

 競馬はたった数分の世界にドラマがある。

 その一瞬の攻防で勝者と敗者が分かつ。

 

 ――――熱狂。


 狂うほど熱く俺の思考を沸騰させた。

「勝てるか、勝てないかじゃない。やるかやらないかの問題さ」

 俺は馬券を握りしめ固唾を飲んだ。


 勝負師はここぞというチャンスを逃さない。

 ゼロか100か……

 命運は握られた。

 ゲートが開くと観客席は熱狂の渦に包まれた。


「行け! 差せ!」


「逃げきれ!」


「クッソ! 馬場状態が悪すぎる!」

 隣のおっさんやおばさんが熱狂の坩堝るつぼに居た。

 

 俺は資産の全てをG1レースにつぎ込んだ。 

 ギャンブルに金をジャブジャブ突っ込んだ。

「嘘……だろ……」

 そして敗北した訳だ。

 幸運の女神は俺に微笑ほほえまなかった。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 会場は大歓声であった。

 俺は紙切れの飛び交う会場の隅で真っ白になっていた。


 下界に降りてきた俺はギャンブルに興じてたのだ。


「悪党を……探さなくては……それともダンジョンで……」


 成功者俺は過去の存在。

 今の俺は負け犬だ。

 資本主義の負け犬だ。

 残金がほぼゼロになった。


「悪党をぶちのめして、金稼ぎをしなくては……雑魚モンスターを処して金を稼がなくては」

 虚ろな眼で俺はゾンビのようにうわ言を呟いていた。

「金、カネ……金がない……金はどこだ」


 力なき足腰でフラフラとギャンブル場を後にし。

 いつの間にか繁華街の裏路地を歩いていた。

 ここまでどうやって来たのか記憶がない。

 人は余りにもショックな出来事が起こると記憶喪失になるのだ。


 すると肩がぶつかった。

「おい! てめぇ」


 厳つい兄ちゃんだった。

 気付くと胸元を掴まれメンチを切られていた。

 派手なアロハシャツに腕には入れ墨、髪型はパンチパーマ。


 おいおい。

 笑わせに来るなよ。

 今時居るのかよ。


 玄人好みのヒャッハー役。


 ベテランじゃなきゃその役は使いこなせない。

 こいつはできる。

 ヒャッハー役は演技力がなければつとまらない。

 それに並みの精神では、あんなダサい格好をしようと思わない。

 アロハにパンチパーマ、それに一生(あと)の残るであろう入れ墨(タトゥー)

 そうまでして、ヒャッハー役を買って出るなんて。

 普通の常識と情操教育を受けた人間では無理だ。

 常人の脳みそでは不可能な境地。


 尊敬した。


 俺はこいつの理念ほんきに勝てないと悟った。

 モブとしての格が違う。

 俺はここでも敗北した。

 モブの格にも資本主義にも敗北した。


「慰謝料! ◇☆×~~」

 尊敬できるモブ兄ちゃんは、俺に向かって何やら訳の分からない罵倒をしている。


 完璧だ。

 セリフも雑魚モブヒャッハー役にお似合いだ。

 ヒャッハー役はとりあえず吠えるのだ。

 そして恫喝する。

 勘弁してくれよ。

 俺にはお前ほどの才能はないんだ。

 数十年モブをやってきたが、お前のようなヒャッハー役は俺にはできない。


 完敗だ。


 俺はカネの魔力に取りつかれた哀れな存在。

 俺は自嘲した。

「フッ」


「何笑ってやがる!」


「すみません」

 俺はたまらず謝ってしまった。


「悪いで済んだらお巡りは要らねぇんだよ!」


 兄ちゃんの機嫌はすこぶる悪いようだ。

 ここで俺がボコボコにする? 

 んな訳ね―じゃん。

 かっこいい奴はここでボコすのだろう。

 だが俺は違う。


 俺は哀れなピエロ。

 踊り狂って壊れた人形。

 モブにすら到達できない本物の敗者。


 金のなくなった敗北者。


 そんな事を考えていると。

 俺の顔面に拳が飛んできた。


 ・

 ・

 ・ 

 ・

 ・


「いてて」

 路地裏の隅でボコボコにされた。

 抵抗する気力もなかった。

 兄ちゃんは俺を散々殴った後、ストレス発散できたのか俺の殆ど入ってない薄い財布を掠め取り去って行った。   


 ゴミ山の上で、ひどく狭い都会の青空を眺めていた。

 ボーっとしていると。


「なんで、反撃しなかったんですか……」


「?」

 見知った声であった。


「先輩なら、かすり傷残さず制圧できたでしょ」


「ああ。居たのか。なんで?」


「『なんで?』じゃないんですよ!」

 小町は顔を真っ赤にして怒っているようであった。


「てか、マジでなんで居んの?」

 俺は恐ろしくなった。

 まさか尾行されていた?

 嘘だろ。

 小町には日が暮れるまでに、『感謝の素振り10万回して来い』と言い残してきたはず。


「先輩がアホな課題出すからでしょ。そしたらギャンブルに行くし、意味わかんないんですよ」


「10万回できたのか?」


「できる訳ないでしょ!」


 まだ不可能か。

 小町には汎用スキル、高速思考の指南をした。

 スキルは習得できたはず。

 それでも不可能なのか。

 ホントは10万回ではダメなのだ。

 100万回の素振りを1時間以内で完成させないとそもそも強くなれない。


「そっか」

 俺は再び青空を眺めた。


「私は先輩が反撃しないから……手を出さなかった。それでも……それなら逃げればいいのに……」


「逃げても意味ないでしょ。

 ヒャッハー役……彼の怒りは俺じゃない人間に向いてただけだ。

 俺がストレス発散役を買って出ただけさ」


「意味わかんない」

 心底呆れたような表情を向けられた。

 

「だろうな」

 ボコられ役もモブには必須の技能。

 ただ殴られ続けるというのは忍耐能力と防御力、耐久力が必要なのだ。

 高等学校でも習う項目だ。

 だよな?

 

「先輩、立てますか」

 小町はすっと手を伸ばしてきた。


「余裕だね」

 俺は手を取ると、むくッと立ち上がった。



 

 帰り道を2人して歩いていた。

「先輩、もう一度訊いていいですか?」 


「なに?」


「なんで、手を出さなかったんですか?」


「力をひけらかすなよって事。弱いモノいじめって嫌いなんだよね俺」


「はぁ?」

 なにいってんだこいつ? みたいな顔をされた。


「よく考えてみなよ。ここで俺がアイツをボコったとする」


「はい」


「その後はどうなんの?」


「どうにも……」


「頭悪いなぁ」

 俺は自称弟子の頭の悪さに辟易へきえきした。


「な!? こっちは心配してるんですよ!!」

 小町は顔を真っ赤にして抗議する。


「だからさ。俺が言いたいのは、

 俺がアイツをここでボコしたとする。

 確かにその場はそれで終わりだろう」


「……」

 小町が黙って話に耳を傾けていた。


「じゃあ、その次は? アイツとあいつの仲間が俺をボコしに来るかもしれない」


「いや、返り討ちにすればいいじゃないですか」


「だから、頭悪いなぁ~って言ってるの。

 そんな事一生続けんの? 

 ボコして返り討ちにして、

 ボコして返り討ちにしての繰り返し」


「だから……その……」

 小町は言い淀むと次の言葉を詰まらせた。


「最後は戦争になっちゃうだろ。

 最悪、殺し合いになる。

 どっちかが絶滅するまで終わらなくなっちゃう。

 やられたらやり返すなんてのは、

 後がないアホのやる事なの。

 おわかり?

 」


「……」


「力ってのはタイミングで使い分けるんだよ。

 その基本を理解しなければいけない。

 小町は弱すぎる。

 弱いくせに反撃すればいい、とか簡単に口に出す。

 弱い奴ほど、力に頼ろうとする。

 なんでも暴力で解決できると思うなよ。

 己惚れるな。

 力なんてのは手段の一つでしかない。


 本質的な強さはそこじゃない。

 基本骨子がなってない。

 まだまだだね。

 」


「そうですね。御見それしました。師匠」

 感心したのかペコリと頭を下げる。


「よろしい」


「それはそうと、なぜ私をほったらかしてギャンブルへ?」


「え?」

 一体どこから付いてきていたんだ。

 どこから見られていた?

 

「どうしてですか?」


 適当に濁すしかない。

 今日はG1レースの大事な日、修行の付き合いとか面倒な事に時間を割きたくなかった。

「さぁ? あ、」

 重大な事を忘れていた。

 俺、カネないじゃん。

 資産全てボッシュートされたばっかじゃん。

「あの、小町さん」


「なんですかぁ? さっきの質問に答えてもらえるんでしょうね」

 いぶかしげにこちらをチラリと見た。


「そんな事より!」

 俺は手を叩くと、本題を切り出した。

「お金貸してくれません?」

 俺は、身をかがめ低姿勢にお願いした。

「ダメ?」


「ふざけんな! 死ね!」

 本日2度目の鉄拳が飛んできたのであった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定もキャラも面白い [気になる点] ころころ場面が変わりすぎて非常に読みにくい ずっとこのままなら読むのしんどい [一言] もう少し読みやすくかけなかったんだろうか…面白いだけに非常に残…
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