モブフェッショナル モブの流儀
スキル:並列思考。
それは自身の中に拡張した思考を生み出す能力である。
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―――モブに喝采は不要である――――
「モブは主役を際立たせる舞台装置なんですよ」
その男は屈託のない笑顔で、さも当然のように言い放った。
「俺は背景でいい」
そこには迷いはなかった。
「モブ役っていうのは常に己との闘いなんです。最大の敵は自分の中にある承認欲求」
――――決して目立たないという強い意志――――
我々は彼の動向を探る事にした。
その男の日常に密着。
彼の中には一体何が、そこまでモブである事を突き動かすのか。
―――強くなるな。仮に強くてもわざと負けるんだ―――
「モブである事を恐れるな」
彼は通学路を歩きながら一言。
「ハングリー精神ですよね。モブであろうとする事への」
天内傑。
人は彼を雑魚と呼ぶ。
あるいはモブの端役と呼ぶ。
職業 モブ。
―――どうしてモブにこだわるんですか―――
「どうして? そうですね。俺は少しシャイなんです。いや、違うな」
―――それはどういう?―――
「何て言うんですかね。俺にはこの生き方しかできないんですよ」
―――少し目立ち始めてるような気もするんですが――――
「人生って不思議ですよね。モブであろうとすると悪目立ちするし、モブを嫌って行動するとモブになる」
―――彼が何を言ってるのか我々はよくわからなかった―――
彼の日常はクラスメイトとの談笑から始まる。
「ここは重要です。
まず天気の話題から入るのか、
それとも男子特有のアホな話題を切り出すのか。
色々方法はあるんですが。
まぁ見てて下さい」
我々はその男の演技を食い入るように見る事しかできなかった。
「よっす。最近どうよ」
彼はそんな、全く意味もない会話から始めたのである。
挨拶でもなく、共通の話題でもない。
『最近どう?』
何の意味もない会話。
生産性がない言葉の羅列である。
「おはようございます。まぁまぁです」
彼の前の席に座る彩羽という少女もまた『まぁまぁ』という、いいのか悪いのかわからない、どちらとも取れる返答。
モブフェッショナル同士の何の意味もない会話。
何一つ生み出さない産業廃棄物のような会話である。
「そっか。今日テストなんだわ。どうせ今日も平均点ギリギリだしな」
誰にも質問されてないのに自身の言いたい事を勝手に喋り続ける会話のセンス。
モブは質問されてないのに語りだす。
それがモブの真髄。
我々は彼の一挙手一投足をつぶさに観察した。
「そうですか」
彩羽さんは一言興味なさそうに呟いた。
モブ同士の圧倒的なまでの意味のない会話の羅列。
―――意味のない会話を繰り広げろ―――
「見ましたか。
モブは何のとりとめもない会話をするんです。
会話の一言一言に意味も伏線も持たせたらダメなんです。
たまに、意味深な発言をするモブは居ます。
彼らはエリートなんですよ。
モブ界の」
我々は違和感を感じた。
―――しかしテストとおっしゃってましたが―――
「ああ、すみません。これも意味深ワードになるのか。俺も修行が足りませんね」
頭をポリポリと掻いてメモ帳に『テスト』と記述した。
―――そうですか―――
「気を取り直して。
これから小テストを行うんです。
これも重要です。
筆記試験の場合は中の下の成績を取る必要があるんです」
我々はこの後、彼の言った真意を知る事になる。
「平均点もいいんですが、それだと少し目立つんです」
彼は小テストの結果を見せてきた。
「今回の平均点は62点。俺は53点です。平均よりやや下ぐらいです」
―――最高点も最低点も平均点も叩き出すな。その努力を惜しむな―――
「ほら、
最高点だと強キャラ。
最低点でも強キャラ。
平均点でも強キャラと、
昨今は色々な強キャラが出てきてるんです。
困っちゃいますよね」
彼は困ったように爽やかに微笑んだ。
「なので得点調整は必要になっちゃいますよね。午後の演習を見ててください」
我々は実技の演習に付き合う事にした。
彼は実地訓練で魔法を暴発させ黒焦げになるという演技を行ったのだ。
「これで実技試験ではほぼ最下位です。
筆記では中の下。
実技では最下位。
これで周囲に本当に、こいつできない奴なんだ、
と思わせる事ができるんです」
―――それはどういう?―――
「筆記試験は中の下の点数を出すことで、"努力したフリ"ができます。
この"したフリ"がここで効いてくるんです。
努力してるけど実技では才能がない。
ここをより際立たせる事ができるんです。
所謂緩急ってやつですよ。
これで本当の意味で下から数えて3番目の実力者になる事ができるんです。
総合評価方式ですからね。
昨今は。
最下位では、最弱と書いて最強と読むことがあります。
しかし、最下位から2番目、3番目は呼ばれませんよね?
この領域は本当の意味での雑魚なんです。
俺はこの領域を "本物の雑魚領域" と呼んでいます。
俺はワースト2位と3位こそが本物の雑魚モブであると思ってます。
俺はここを目指してるんです。
その努力を惜しんだ事はありません。
ワースト1位は簡単に取れるんです。
わざと最低点を出せばいい。
それは愚か者の考える事です。
そんな奴は主役の素質がありますよ。
本物のモブはワースト2位と3位を取る。
ワースト2位と3位は取るのが難しいんですよ。
調整が難しいですからね。
一朝一夕では真似できませんよ。
こればっかりは。
」
―――我々は絶句した―――
彼の瞳に強い信念と努力の形跡を感じ取ったのだ。
モブフェッショナルを垣間見たのだ。
―――最後に天内さんにとってモブとは?―――
「……難しいですね。一言じゃ語りつくせません」
少し思案した後。
「……なくてはならない存在かな」
彼はそう自信満々に答えた。
「それじゃあ、次のモブの仕事があるんで」
彼は走りながらコケていた。
これも彼のモブ道。
モブへ至るには険しい道のりがあると彼は教えてくれたのだ。
我々はこの1日の密着で雑魚モブである事への難しさを改めて思い知ったのである。
全く本編が進まず申し訳ないです。




