これって労災降りるのかな?
/イズナ視点/
互いの目の前で火花が散った。
トップスピードで天内の懐に飛び込み、得物を縦に振り下ろした。
それがいとも容易く防がれていた。
膂力には自信がある。
その私の一刀がだ。
「私の眼に狂いはなかった」
この男は強い。
強すぎる。
笑みがこぼれる。
「なんのことだか。舌嚙みますよ」
天内は重心を少しずらし、かち合っていた細剣の力を抜く。
すると、ハルバードは天内の頬ギリギリを掠る事無くいなされ、地面に突き刺さった。
「では、行きます」
一瞬の攻防。
私は有り余る力でハルバードを引き抜き振り上げようと。
それよりも先に。
天内の得物の柄がこめかみに飛んできた。
「ッ」
危ない。
急所を的確に突いてくる!
それを自慢の反射神経で躱すが。
「甘い」
「な! ガッ」
天内はそれを囮とでも言うかのように、右脚の中段蹴りを脇腹に叩き込んできた。
凄まじい威力。
獣人の私は人間よりも頑丈な身体。
それでもその蹴りの威力は一瞬呼吸を止まらせた。
「クッソ!」
私は悪態を吐き、その場から距離を取ろうとするが。
「逃がしません」
先ほどこめかみを狙った細剣の峰がハルバードを持つ右手の小手に痛烈に叩き込まれる。
メリッと異音。
痺れから、咄嗟に手を離してしまった。
「痛ッッた」
「まだだ」
天内の攻撃は止まない。
手の平の痛みで一瞬気を霧散してしまった。
その直後。
足先に強烈な痛みが走った。
私のつま先にかかと落とし。
その一撃は足の親指から中指を的確に踏み砕いていた。
その瞬間。
視界が空を向いていた。
綺麗な青空が広がっていた。
「え?」
あるのは腹部の痛み。
その一瞬で私の腹部に強烈な痛みが走っていた。
そうか。蹴られていたのか。
宙を舞っていた。
ここまで差があるのか。
たった一瞬の攻防で武器を失い、何手もの痛烈な一撃を見舞われた。
奴は魔術を使用していない。
単なる体術と剣術の技術のみ。
岩をも砕くハルバードの一撃も無力化された。
「だが、私も負ける訳にはいかない。自分の真価を見定めたいのだ」
魔術を発動。
片足で着地し、距離の取れた天内の眼を見据えた。
―――私の中の"獣"が、全身を支配した。
頭の中の血がまるで沸騰する。
急速に視力が優れていく。
嗅覚が異常なまでに鋭敏になっていく。
感情が昂る。
「やはり……私の見込んだ男だ。少々ズルいが……見せてやろう。お前になら本気を出しても死にはせんだろう」
八重歯をむき出しにし。
―――"獣化:白骨"―――
髪の毛は逆立ち、獣特有の固い表皮と体毛。
全身の骨は隆起しバキバキと。
内蔵はグチャグチャと。
頭から足先まで気持ちの悪い音が全身から鳴る。
肉体は膨れ上がり、天内の体がみるみる小さくなっていく。
砕かれた足の指と腫れあがる手の平に水属性の魔力を込め急速に治癒していく。
「どうだ? 醜いだろう?」
私はクククと努めて邪悪な顔を作る。
狼男のような巨大な体躯。
身体は灰色の体毛に覆われ、顔つきは狼にも虎にも似た獣そのものだろう。
3メートルは超えるだろう巨躯。
「この世で最も醜い姿をもってお前を」
天内を見つけるのにも役立った嗅覚がより洗練される。
「ようやく。第二段階……ですか。まぁそれだけですけど……なら俺は魔術は使用しない」
なんだと!
まったく怯んだ様子がない。
この姿を見てもだと!?
それに……ここまで来て……
「舐めているようだな。そのすかした顔がどこまで続くか。行く……ぞ!」
「どうぞ。遊んであげますよ。お嬢さん」
細胞が活性化されていく。
肉体の強度を限界まで高め、血流を操作する。
超速度で天内まで詰め寄り、その顔面に禍々しく伸びた爪を振り下ろした。
木々を一閃するその鋭い爪を。
「な!」
いつの間にか天内はもう片方の手に剣を持ち、斬撃を防いでいた。
またか!
どこから出している。
この男。
初期動作がなさすぎる。まるで突然手のひらの上に武器が出現したかのような錯覚に陥る。
「卑怯だぞ!」
「戦争に卑怯を言い出したら、そもそも戦うこと事態愚かでは?」
「抜かせ!」
一撃で木々を切り落とせる爪撃。
それを一呼吸置くことなく何度も浴びせ続ける。
そのすべてが両手に持った二本の刃で防がれていた。
「得手は二刀流だったとはな!」
見事だ。
防がれてはいる。
だが!
私の高速の攻撃に防戦一方に見える。
「流石に魔術なしではキツイのではないか!」
「……」
沈黙だ。
「図星のようだな」
私は二ッと笑い、水属性の魔術を爪に纏わせた。
辺りに漂う水分を急速に吸い上げる。
それらは鋭利な爪に纏わりつき。
「終わりだ!」
鞭のような水流が天内の全身を覆う。
勝った。
みじん切りだ。
水球に天内が掻き消え完全に動きを封じた。
ひたすら斬撃のラッシュ。
幾たびかの撃鉄の感触。
だが、それが次第に消え。
やったか。
「流石に……はぁ……やりすぎたか……はぁ」
本当に殺してしまったかもしれない。
―――――――後悔した―――――――
獣化してしまうと頭の中が真っ白になってしまう。
感情の制御が上手くできなくなってしまう。
私が私じゃなくなる感覚に襲われる。
ダメだとわかっても昂ると獣化したくなる。
今回も失敗した。
熱くなると、人をどうしても殺したくなる。
獣化の影響で極端に魔力消費が激しく、徐々に肉体は萎み普通の人間ほどの大きさに戻る。
「はぁ……はぁ……」
息をするので精一杯だ。
水球を維持していた魔力が弱まり、徐々に水の膜が剥がれ落ちていく。
「嘘だ」
目を疑った。
水膜が完全に消え落ちると、そこにはカカシが一本立っていただけであった。
無残に切り刻まれた案山子。
どこだ!?
「可塑性って言葉知ってます?」
背後から鋭利な瞳の天内が現れた。
「なにを」
私の体内魔力は殆ど残っていない。
獣化の反動で肉体の疲労が著しい。
「まぁ。貴方に分かりやすく言うなら、全力で戦うな。余力を残せって事ですよ。よりしなやかに、それでいて固く、疾い」
天内は両手に持つ剣を宙に投げ捨てると。
恐ろしい早さで私の懐に潜る。
微動だにする事ができなかった。
肉体の反射で、それが視認できた程度であった。
「やべッ。これって労災」
その言葉が聴こえた瞬間。
私の視界は真っ暗になった。
・
・
・
暗闇になった世界で、私は。
どれほどの差があった。
かすり傷一つ負わせる事ができなかった。
この男は何者なのだ。
単なる武術と何らかのアーツや技術のみ。
それのみで魔術を凌駕している。
本来人間よりも強力な、強靭な、怪力を持つ私の一撃を人の技術のみでいなし続けた。
異常。
異常である。
完全に敗北。
私は何か視えたのだろうか。
私は弱い。
弱すぎるのだ。
獣の血に抗えぬ馬鹿者。
感情を抑制できぬ未熟者。
忌み嫌われてきた暴力者。
まだ答えは見つけられない。
ただ手がかりを見いだせたかもしれない。
私の意識は深い闇に溶け込んでいった。




