死合う
昨日というか今日の深夜、俺は強敵に襲われた訳だ。
肉体の疲労とダメージがやや残っている。
聖属性魔法で治癒が完全に済んでいない。
何とか内蔵と骨折は直したが、見た目で見える部分が回復しきれてない。
「イズナさんとの一手指南だっけか? あれは13時からだったな」
まだ時間もあるし、少しだけゆったりとしよう。
正直疲れてる。
もう、ブッチしようかなとすら思っている。
しかしそれは余りにも失礼極まりない。
なのでサクッと片付けてさっさと帰ろう。
うん。
そうしよう。
小町こと自称弟子の指南も必要だ。
あいつには今週の土曜に呼び出されている。
ぶっちゃけ面倒だ。
しかし、行かざるを得ないだろう。
それよりも。
俺は胡坐を掻いていたんじゃないかと。
そう思い始めていた。
模擬戦の雑魚共を狩った程度で少し調子に乗っていたのかもしれない。
俺は夏イベのアレの力を手に入れるまで弱いままなんてのは御免だ。
素で弱いままだとファントム暗躍計画に支障が出るかもしれない。
だから、俺は少しでも強化しておきたい。
レベリングではダメだ。
もっと洗練された技巧を得なければ。
彩羽は確かに強い。
しかし彼女はそもそもストーリーに登場しないサブキャラ。
ここがメガシュヴァの世界なら今後出てくるだろう敵は多い。
そして何より強い。
ぶっちゃけた話、自信をなくした。
俺は攻略を失敗するかもしれない。
「全てのヒロインを笑顔に出来ないかもしれない」
主人公風音でも難しいかもしれない。
そんな一抹の不安がある。
「どうしようか……クソ困難かもな」
他人を指南するなど強者のやる事。
「俺はまだまだ弱いのだから」
だからぶっちゃけ面倒なのだ。
色々と。
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少し遅めの朝の食事を摂ろうとしていた。
「ふう。やはり魔法は便利だな。火起こしが一瞬で終わる。薪も一瞬で乾燥できるし」
俺は適当に修行を終え、小腹が空いたので川釣りした魚を塩で揉みこみ串に刺した。
俺が知ってる食える魚……鮎。
それを火の傍でグリルし始める。
高度が高いにも関わらず川の生物は地上と遜色がないようだ。
「不思議だ」
魔法の力が働いてるのかもしれない。
俺もサバイバルの知識は凡人レベルにはある。
川や池は生物濃縮がされている。
寄生虫や細菌の宝庫だ。
「この世界にもウェステルマン肺吸虫とか居るしな」
俺は事前に高速思考で学習してきている。
顎口虫は居た。
前世にも居たしこの世界にも居た。
肺吸虫も居るようだ。
サルモネラ菌も大腸菌もカンピロバクターもこの世界に居る。
そもそも寄生虫系能力者も細菌系能力者も居るんだから居てもおかしくない。
辺りの雑草諸君もそうだ。
草木の知識は読み込んでないが。
ピロリジジンアルカロイドやオレアンドリンが含まれている可能性は十分にあるだろう。
前世の世界にもあったんだし、この世界にもあると考えていい。
異世界に行く現代人は、なぜああも簡単に未知の動植物を食せるのか?
俺は無理だ。
寄生虫も細菌も致死の毒が含まれているかもしれないのに……
「こえぇぇぇ」
そもそも生態系なんて細かい設定はメガシュヴァにはなかった。
運営がそこまで考えていたとは思えない。
てか、この世界ってメガシュヴァの世界なんだろうか?
ふと、思うのだ。
なんだこの違和感は。
世界地図を見た時もそれを感じた。
細かい所はほぼ前世の世界と変わらない。
大きく違うのは魔法が根差しているという点やモンスターやダンジョンの存在だ。
それ以外にもエルフや獣人なんかもいるが、前世の世界でも人種が異なるなんてのはあったんだし、あんまりそこはどうでもいい。
「この世界、零細企業が作った世界観にしては細かいところだけしっかりしてるんだよなぁ」
俺は目の前の川で泳ぐ魚を見て。
生い茂る草木の生命の力強さに感銘を受け。
土の香りを嗅いで。
風が肌を撫でるのを感じて。
細部があまりにも現実に準拠している。
てか、前世の世界と遜色がない。
「この世界、メガシュヴァの世界じゃなかったりして」
はっはっはっ。
まぁリアルなんだし。
「ありうる」
もうゲーム思考は止めよう。
俺はこの世界で生きてるんだから。
まぁいいや。
そんな考え事をしていると魚がバチバチと音を立てていた。
しっかり火を通しておく事に越した事はないがそろそろ食えそうだ。
キュウリウオ科魚特有のいい匂いがしてきた。
いけそうだな。
「さて、いただきますっと」
鼻腔をくすぐるいい匂い。
「ようやく見つけたぞ!!!」
「え?」
「貴様。私をコケにした事を悔い改めろ! なぜ昨日来なかった!」
身の丈ほどのハルバードを俺の目の前に振り下ろした。
「いやぁァァァァァァァァァァァァァ!」
魚が木っ端みじんに粉砕した。
「いい身分ではないか。こんなとこで川釣りとは」
顔を真っ赤にプルプルと震えている。
「イズナ先輩……」
今、俺……あと少しで死ぬとこだったぞ。
何をやってるんだ、この女。
「なんだ? やる気になったか?」
「俺……食いもんを粗末にするのがこの世で嫌いな事の一つなんすよ。もっと他にも方法があったはず……だ」
「同意見だ。だが! 貴様はこの私の約束を反故にした。ここで引導を渡してくれる!」
脳筋め。
約束の時間はまだのはず。
昨日とか言っていたが、今日ではなく昨日? 何か食い違いが発生してるようだ。
しかしだ!
あと10センチでも横にズレてたら俺は真っ二つ。
それに……食いもんを粗末にする奴は……気にくわない。
久々にキレちまったよ。
「俺に落ち度があったならすみません。先に謝っておきましょう」
「殊勝な心掛けだな」
イズナは少し落ち着いたようだ。
だが、俺の気は晴れない。
「なんでしたっけ。試合がしてほしいんでしたっけ?」
「ああそうだ!」
「そうですか……貴方に少し……本気を見せてあげましょう」
距離を取り、臨戦態勢を取るイズナ先輩。
俺は暗器で懐から細剣を一本取り出した。
「天内。お前どこから取り出した!?」
イズナの驚愕の顔を無視する。
「アーツですよ。あれ、覚えてないんすか? ざっこ」
俺はイズナを挑発する。
「面白い! いくぞ! ここで貴様の真価見せてもらおう!」
目の前で斬鉄の火花が散った。




