終末の笛の音が鳴り響く⑤ 王手
/3人称視点/
天空都市オノゴロ:マホロの地。
かつて、この都市には学生だけで千人を超え、教職員や協力企業を含めれば三千人を優に超えた。オノゴロ全土では、万を超える人口を誇った。
だが――今やその面影はない。
生存者は、数百人。
それすらも退去を命じられ、荒廃した大地へ変貌していた。
ここはもはや、人の住む場所ではない。
魑魅魍魎が跋扈する、混沌の魔窟。
戦火の煙が天を覆い、死の帳が降りる。
事態は、最終局面を迎えていた。
英傑の影に占拠されて早三週間。
彼らは学園都市を蹂躙し、この地は完全なる要塞と化している。
かつて空に浮かぶ学術の都は、いまや血と炎に塗れた戦場へと変貌していた。
――――轟音が響く。
夜空を裂く一筋の閃光が流れる。
槍を構えた騎士――ムジナ。
彼女が、戦闘機の機体の上から飛び降りた。
流星のごとく落下するその身を追うように、彼女の背後の機体が爆炎に包まれる。
機体の断末魔の咆哮が夜闇に響き渡り、無数の破片が空中を舞った。
その遥か下、オノゴロの領空は戦場と化していた。
騎兵アラゴンの操る天翔ける戦車が、支配の象徴として悠然と宙を滑る。それはまるで、空そのものを支配しているかのようだった。
ヒノモトの魔術師や騎士たちは、無謀にも領空突破を試みるが、悉く撃ち落とされていく。
だが、本土から放たれた迎撃ミサイルが次々と飛来する。
数多の弾頭が、炎の尾を引きながら襲いかかる――。
しかし、その軌道が突如として歪んだ。
巨大な盾を掲げた騎士――イガリ。
彼が、静かに前へと進み出る。
彼の持つ盾が瞬時に空間を歪め、ミサイルは意思を持つかのように四散し、爆発することもなく、虚空へと霧散したのだ。
続けざまに弓兵が弾道ミサイルのような矢を放つ。フィリオの弓が闇を切り裂き、鋭い閃光となって旋回する哨戒機を次々と撃ち落としていく。
一射ごとに墜落する機体。
地上では火の雨が降り注ぎ、街を照らし出す紅蓮の灯となる。
その戦場を見上げながら、一人の聖女が愉悦の笑みを浮かべ、その破壊の光景をニタニタと眺める。
「間もなく深淵が……開かれる」
ユラは聖杖を静かに地に突き立て、舌なめずりした。
混沌の中――
風音、ヴァニラ、ユーグリット。彼らを含めた戦士達がこの混乱の中で、ユラ討伐の機会を虎視眈々と狙っていた。
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/小町視点/
学園都市はいつも通りの活気ある賑わい。
平和そのもの。
そんな光景を横目に駆け抜ける。
時間がなかった。
だから走る。全身が悲鳴を上げても、無視して走り抜ける。
夜の街を、歪んだ景色の中を、必死に駆けた。
目指す先は、マリア先輩のもと。
その後は彩羽先輩のもとへ行くんだ。
「私は私のやるべき事をする」
冷たい夜風が頬を切る。
呼吸は乱れ、肺が焼けるように熱い。
すぐに行動に移さなければいけない。
この記憶と思い出が完全に消えてしまう前に――――
マリア先輩も彩羽先輩も私の事を覚えていない。
けど、このままだと。
「みんな……みんな……死んじゃう」
喉の奥が震え、恐怖が胸を締め付ける。
だが、それ以上に湧き上がるのは使命感。
あの夢世界で、みんなが私を迎えに来た時のように、今度は私がみんなを迎えに行く番だ。
「『この世界』で正気を保てている私じゃなきゃダメなんだ」
足がもつれそうになる。息が荒くなる。
だけど止まれない。
ここにいるだけで、私の精神も身体も限界まで削られていく。
視界が揺らぐ。
眼を解放しているのに、記憶が上書きされる。
まるでパズルのピースが一枚一枚剥がされ、塗り替えられていくように、今までの軌跡を全否定されるような、そんな感覚。
「それでも……っ!」
通話越しの男―――カッコウと名乗る男は語った。
『―――あなた方は徐々に消化されている』と。
心まで溶かされそうな錯覚。
記憶が食われていく。でも、私はまだ、ここにいる。
「信じてもらえないかもしれない? そんなの関係ない……!」
唇を噛みしめ、奥歯を食いしばる。
「一緒に戦ってもらうんだ……! 何があっても……っ!」
ただ、前へ。
私は走る。みんなを、迎えに行くために。




