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終末の笛の音が鳴り響く④ fiction


・症例記録:No.1903372


 患者名:松田茂雄(まつだしげお)

 性別:男性

 年齢:42歳

 職業:会社員(広告代理店勤務)

 初診日:2024年11月21日

 主訴:「記憶に空白がある」「現実が薄れていく」

 

・経過記録

  

 初診(第1報)

 患者は「時間が飛ぶ」「自分の書いたメモが理解できない」と訴え来院。問診中、会話の流れを見失う場面が数回。血液検査・MRIに異常なし。ストレス起因の解離性障害を疑い、経過観察とする。


 第2報(2週間後)

 患者の記憶障害が進行。「朝起きると、腕や首に『元居た世界を忘れるな』と殴り書きがある」と報告。日記をつけるよう指示するが、翌日には「これを書いたのは私じゃない」と主張。筆跡が日によって異なり、記述内容も不明瞭になっていく。

 

 第3報(3週間後)

 現実感の喪失が顕著に。家族や同僚の顔を識別できず「私はこの人を知らない」「誰かの顔が上書きされている」と表現。通勤途中で見知らぬ風景が既視感を伴って現れることがあり、「自分は以前そこにいたはずだ」と訴えるが、詳細は不明。


 第4報(4週間後)

 患者の認知機能が急激に悪化。「私は本当に私なのか?」と繰り返し質問。同日未明、病室の監視カメラに以下の映像が記録される。


 午前3時12分:患者、目を覚まし無言で天井を見つめる。

 午前3時14分:ゆっくりと起き上がり、壁に爪で「ここは現実か」と刻む。

 午前3時21分:映像にノイズが混じり始める。患者の輪郭がわずかにブレる。

 午前3時27分:患者、病室から消失。


 最終報告(6週間後)

 患者は現在も行方不明。病室には、不自然に震えた筆跡で次の言葉が残されていた。

 

 ―――「戻れない。この世界は私の知っている世界ではない」


(症例記録終了)

 

 ・

 ・

 ・

 

/3人称視点/


 マリアは医療報告を読み込むと、資料を机の上に置いた。


 彼女の身体に異変が起きたのはつい最近。

 起床後―――

 必ず身体のどこかに『……だけは忘れるな―――』と油性ペンで殴り書きされた文字が記されているのである。

 

 彼女はそれについて、アラゴン家お抱えの医師に相談。

 結果、診断されたのは、軽度の解離性障害が起きている可能性があるとの事であった。


 ・

 ・

 ・

 

 魔法学園は『日常』に包まれていた。

 

 平和な世界に勇者も大英雄も不要。

 ここには未来を切り拓く者は生まれえない。

  

 二月。新たな季節が訪れる。

 マリア・ヨーゼフォン・レオノーラ・ギーゼラ・アラゴンは間もなく3年生。そんな中、学園は一新しようとしていた。

 

 学園の自治を行う生徒代表。

 生徒会所属の生徒会役員を決める期日が迫っていたのだ。


 ヴァニラとジュードが居ない今。

 否―――

 彼ら2人が居なくなった事を疑問に思う者は居ない。

 既に『退学』した事になっていたからだ。

 

 現生徒会所属の越智と森守。

 彼女ら2人は順当に繰り上がり、越智は生徒会長。森守は庶務のまま。

 

 空席は残り4つ。

 副会長・広報・会計・美化風紀の4つの役職だ。

  

 残りの空席には10名の候補者が挙がっていた。

 その中でも最も有力な人材はシステリッサとマリアの2人だ。


 推薦と選挙を経て選ばれた10人。

 その中には南朋、イノリといった面々も顔を揃える。

 そして今―――

 魔法学園特有の空席を埋める模擬試合にて空席を埋める戦いが行われていた。

 

 ・

 ・

 ・


 ――― 模擬試合 ―――


 学園の闘技場に設けられた、仮想システムを備えた訓練施設。その決闘の場に立つのは、マリアとゴドウィンだった。

 

宿業裁焔カーミック・フレイム

 その一言で、マリアは躊躇いなく大地に炎を灯した。

 

 燃え盛るのは紅蓮ではなく、青き焔。

 

 炎の温度が色によって異なることは広く知られている。赤なら約700度、黄なら1400度、青ならそれ以上。そして今、大地を包むその青炎は、完全燃焼による極限の熱を宿していた。

 

 マリアの戦闘は、まるで舞踏会のワルツのように優雅。炎を操る所作は一分の隙もなく、緻密に計算され尽くしている。


 彼女の手に握られたメイスの先端にも、青炎が灯っていた。


 熱波が空気を歪ませる。

 酸素を喰らい尽くす灼熱の檻。

  

「くっ。おのれ!」

 

 雷撃の槍を構え、ゴドウィンは後方へと飛び退る。

 だが、マリアの領域からは逃れられない。

 

「来ないのですか?」

 

 指先で軽く弧を描くように動かしながら、彼女は炎を制御する。


「生憎、作戦を考え中ですので……」

 だが、その言葉とは裏腹に、彼の額には汗が浮かび始めていた。


(近づけば肺が焼かれる……それに、なぜ炎が消えない?)


 ゴドウィンの目には、マリアが最初に炎を生じさせて以来、術を再発動した形跡がないように見えていた。


(領域に入ったら肺が焼ける。近づくのは危険だな。しかし、なぜこの女と私にここまで差がある? いつの間にこんな実力を? それに――――)

 

「……なぜ炎が消えない」


「不思議ですか?」


「ええ、とても。一度しか術を発動していないように見えましたから……」


「フフッ。教えませんわ……」

 意地悪く微笑みながら、マリアは魔力の消費を最小限に抑えたまま、青炎を自在に操り続ける。

 

「ハハ」

 ゴドウィンは渇いた笑みを浮かべる。

 それは虚栄心から出た笑み。

 

 目の前の美少女が余りにも冷酷に感じたからだ。


 勿論カラクリはあった。

 彼女が操るもう一つの魔法。

 超鈍化ハイパー・スロー

 

 本来敵の動きを封じる搦め手は、自身の魔術の持続時間を延長させていた。


 マリアは莫大な魔力を保持している。

 しかし、それに依存する事はない。『覚えてはいない』が、本能で魔力を抑えた運用戦略を取る。

 

「ゴドウィン様。せっかくあなたの為に作った見せ場ですのに……何もないのならば終わらせますが、よろしいですか?」

 

「なんですって?」

 プライドの高いゴドウィンはその言葉を聞き頭に血が上りそうなる。


「ご覧の通り、そうでしょう? チョロチョロと私の周りを動き回るだけですもの」


 マリアは余裕の笑みを浮かべながら、ゴドウィンを挑発する。それは『覚えてはいない』が相手の心理を揺さぶる彼女の師の戦術であった。 


「ッ!!」彼は舌打ちした。

 

(わたくし)。体術もできますの。しかし……走り回って近づく事すら出来ないのは流石に……」


「いいでしょう! 雷槍(らいそう)

 彼は決断した。バチバチと槍に宿る雷が激しく(ほとばし)る。

 

「それでどうするのです?」


「遠距離から仕留めるまで!」

 

「そうですか」


「ライトニングスピア!」


 紫電が閃光の如く、炎の壁を掻い潜る。

 だが――突如、雷槍の速度が鈍化する。 

 超鈍化ハイパー・スローがゴドウィンの雷槍を鈍らせていたのだ。

 

「あら。随分とのんびりされるのですね」

 マリアは優雅な足取りで、迫る雷撃を一歩ずつ避ける。

 

「馬鹿な!? 理解できない。何が起こっている?」

 カラクリに気づかぬゴドウィンは、驚愕に目を見張る。

 

「煉獄の(あぎと)

 マリアの呟きとともに、炎が収束し、巨大な竜の顎が形作られる。

 

 巨大な(あご)を持つ炎竜がゴドウィンに迫った。

 

「早さはそこまでではないな!」

 ゴドウィンは咄嗟に回避する。

 続けて、再び雷撃を放つ。

「ライトニングスピア!」


「よそ見はいけませんわ。そのアゴは一度噛みついた獲物を決して逃しませんの」


 彼の放った雷撃は、マリアに届くことなく霧散した。


「は……?」

 ゴドウィンが異変に気づいたとき、彼の呼吸が苦しくなる。

「あっが!?」


 自動追尾型の魔術:煉獄の(あぎと)。 

 対象者の魔力を検知し、追尾し続ける炎の魔術。


 ゴドウィンを背後から炎の蜷局(とぐろ)が呑み込むと。

 

 既に、彼はその業火の中に囚われていた。

 絶叫は木霊しない。空気は燃え尽きていた。

 まるで火葬炉の中に放り込まれたように、じわじわと熱が迫り生きながら焼く。

 

 もがき苦しむ影が炎の牢獄の中で崩れ去った。

 マリアはただ静かに、冷酷な宣告を下した。


「炎の華とともに消えましたわ」

 

 ・

 ・

 ・


/小町視点/


 私はマリア先輩の戦闘を見て、眼を見張った。


「どうして、私はこんなに彼女に……」

 

 それはどこか懐かしかったからか、見覚えがあったからか、本能がそうさせたのか、それはわからない。理由はない。身体が意識とは裏腹に動いたのだ。

 

 『この世界』で関わり合いのないはずの彼女を見つめていたら、同時に―――


 異能を無効化(キャンセル)する眼が発動していた。


 記憶の奔流が頭の中に流れ込む。

 激痛にも似た不快感が身体中を走った。

 それは『1年間分』の記憶。


「私……こんな事してる場合じゃないのに……」

 

 吐き気が起こり、平衡感覚と時間の感覚がおかしくなる。

 

「うぅ……」

 耐えられず、胃の中の物を戻した。


「い、今は、一体いつなの……」


 時計代わりにしているスマホを取り出す。

 電源を点けて画面をのぞき込むと3週間以上経過していた。


「……嘘……でしょ……」

 

 さらに画面には知らない電話番号から数百以上の着信が入っている。断続的に掛かっていた電話。その電話番号からタイミング良く着信が入った。

 

 咄嗟に指が掛かり、通話ボタンを押してしまう。

 

 電波が途切れ途切れで繋がり辛いのか。

 ブツブツと雑音混じりに―――


「…………………ようやく……繋がり……ましたか」


 低い声をした青年の声音が通話越しに聞こえて来た。


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