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終末の笛の音が鳴り響く③ Vain


/3人称視点/

 

 ユラは一口りんごを(かじ)る。


「あら、美味しい……」


 一言告げると、手に持った果物をつまらなそうに地面に投げ捨てる。

 彼女の足元で―――

 

 大蛇の影が揺れた。

 

 大口を開けるそれは、残り全ての『(かじ)りかけのりんご』を呑み込んだ。


 ・

 ・

 ・


/千秋視点/


 微睡(まどろ)みの中で夢を見ていた。

 

 これは夢だと分かっている。

 まだ朝日が差し込むには少し早い。

 目覚まし時計の音も鳴っていない。

 

 だから――

 もう少しだけ、夢の中にいたくて。

 あまりにも心地よくて、ベッドの中で身を丸める。

 

 夢の中のボクは、まるで別人のようだった。

 けれど、それは決して「あり得ない」ものではなくて。


 もしかしたら、どこか違う世界線の。

 違う道を選んでいたら……

 辿り着いていたかもしれない―――そんな人生(if)

  

 今のボクとは正反対の、生き生きとした毎日。


 くだらない話をして、笑い合って。

 何でもない日常を、ただ過ごして。


 そんな――

 

 あり得たかもしれない世界を、夢見る。  


 ―――――――

 ―――――

 ―――


 学校の廊下を歩いていた。

 ボクは隣に居る友人に向かって何気なくこう切り出したんだ。


「傑くんは将来何になるんだっけ?」


「俺の将来の夢? 太ももパークの園長」


 傑くんは鋭い目でそう告げた。


「なにそれ……いかがわしい店の話?」

 ボクは奇妙な役職に眉をひそめる。


「一大事業の話だ」


「いや、それって、(ふう)ぞ―――」


「おっと、いけない」

 彼はボクの言葉を遮るように声を上げた。


「な、なんだよ」


「それは違うぞ。何を考えているかわからないが、そんな訳ないじゃないか」


「いやぁ~、名前からしてねぇ」


「これは農家だから。農業の話だから」


「えぇ? そうなの? じゃあ何を育てるのさ」


「太ももみたいな大根。太ももみたいなナス、太ももみたいな人参」


「……きも」

 つい小声が出てしまった。

 『太ももみたいな』とかいう枕詞のせいで全部キモく聞こえてしまったのだ。

 

「なんて?」

 彼は顔を歪ませて尋ねてきた。


「なんでもない」

 

 彼は「ふぅ~」と息を吐くと続ける。

「まぁ聞け千秋よ。まず世の中の男は馬鹿しかいない」


「すごい事言うね。君の発言ってなんだか怖いんだよね」


「これは事実だからな。事実を言って咎められる事なんてあってはならない」


「そ、そうなんだ……」

 ま~た始まったぞ。

 

「まず、経済の仕組みは、いかに馬鹿から金を巻き上げられるかにかかっている。金持ちは庶民から金を巻き上げる事しか考えていない。これがまず前提条件ね」


「……君の発言は、なんかあれだよね。凄い偏見というか、皮肉というか、世の中を穿(うが)った見方をしてるよね」


「ふんっ。何とでも言え。これが事実だ。世の中は世知辛いのだ」


「そうかなぁ? もっと社会貢献とか、世の中を良くしたいみたいな人も居るんじゃない?」


「馬鹿野郎! そんな奴居る訳ないだろ!」


「ええええぇぇぇぇ!?」

 目をギョッとさせる。


「そもそも社会貢献ってなんだよ。フワフワした言葉を使いやがって。そんな舌触りの良い言葉を使う奴こそ、一番危険なのだ!」

 

 彼は人差し指を立てて宣言する。

 

「ね、熱が籠って来たぞ」


 いつものやつだ。

 いつもの謎理論を繰り出してくるぞ。


「おっと、すまない千秋くん。話がズレたようだね」

 傑くんはオホンと咳払いする。


「い、いやいいよ。別に」


「男は馬鹿な奴しか居ないという話に戻るが、男の9割は基本的にエロい事しか考えていない」


「お、おう」


「シンクタンク俺の統計調査によると脅威の99.99パーセント。9割超の男はエロい事しか考えていないという調査報告が上がってきている」


「うさんくせぇー。そのシンクタンク。『シンクタンク俺』ってもう廃業した方がいいよそれ。廃業手続きやっとくね」


「だまらっしゃい!」


「ええぇ……」


「これは確度の高い情報だ。信頼の出来るシンクタンクなのだ」


「へ、へぇ……」

 あんまり信憑性なさそうで笑っちゃうけど。

 

 そもそも『シンクタンク俺』って傑くん調べの事だろ?


「要はな、男は馬鹿なのでエロい事に、いくらでも金をツッコミがちなんだよ」


「『がち』ってなんだよ。『がち』って。信頼の出来るシンクタンクじゃないのかよ」


「馬鹿野郎! 揚げ足ばかり取りやがって! これだから千秋はダメだねぇ」


「ええええぇぇぇぇ!? また怒られた!?」

 ボクは再度ギョッとする。


「この世に絶対はない! 例外の男も居る。言っただろ! 99.99パーセントって。0.001パーの例外があるんだよ! 耳の穴かっぽじってよ~く聞きなさい!」


「おっふ」

 めんどくせー。

 

「いいか。話を戻すぞ」


「ど、どうぞ」


「俺が言いたいのは、男は馬鹿でエロい事しか考えていない奴が滅茶苦茶居るの。理解?」


「むかつくなぁ。『理解?』って語尾やめたほうがいいよ。感じ悪いよ」


「理解したか?」


「あーはいはい」 


 もうあんまり否定しないでおこう。

 なんとなく訊いた『傑くんは将来何になるの?』の質問から話が広がりすぎだし。

 

 ……なんでこんなに長くなるんだよ。


「次にだ」

 彼は再度人差し指を立てる。


「次もあるのか……」

 

「当たり前だ。着地点は農業なんだからな」


「そういや、そうだったね」


「人は……」

 彼は神妙な顔になった。

 

「な、なんだよ」


「人は食べ物を食べなければ死ぬ」


「あ……当たり前すぎて笑うんだけど」


 ボクは呆気に取られ口元が緩んでいた。  

 突拍子もない事を言い出したかと思ったら、凄い普通の事言うんだもん。


「笑っていられるのも今の内だぞ。お前は今から天才である俺に度肝を抜かれる事になるからな」


「な、なんだって!?」


 ボクは馬鹿馬鹿しくなってきた。

 とりあえず流れに乗ってあげる。

 いつものコントのやつかもしれない。


「太ももはエロいだろ」


「いや、知らないよ。なんで同意を求めて来るんだよ」


「万国共通だから」


「しらねぇー」


「いいやエロい。だから、『太ももはエロい = 男は好き』という公式が成り立つんだよ」

 

「なにその方程式。馬鹿じゃん。頭お子様ランチじゃん」


「言ってな頭お子様の千秋。俺はそうに違いないと思うわけ。ここで察しのいい奴なら気付くが、俺が考え出したビジネス。それこそが『エロ×食品』というコンテンツの融合なのだ」


「え……」


「太ももの形をした野菜を育てて馬鹿な男に売りつける。それが、それこそが太ももパークなのだ! フハハハハハ!」


 高笑いをする彼を横目にボクは目を細めた。


「…………」


 想像して言葉を失ったのだ。

 あまりにもキモ過ぎる事を言い出したから。

  

「一大事業。世紀のビジネス。考え付きそうで誰も考えつかなったビジネスなのだ! どうだ? 驚いたか!?」


「きもっ! そんなの誰も買わないよ!」


 チッチッチと指先を振りながら。

「お前がそう思うんならそうなんだろ。お前の中ではな!」


「……くっ!?」

 凄い皮肉が飛んで来たぞ。


「さっきも言った通り。馬鹿な男はエロければ何でもホイホイ買うのだ、なんせ馬鹿だからな! そこに理屈はない。男は馬鹿だからだ!」


「馬鹿なのは君だろ!?」


「そんな訳あるか! 俺は天才だ」


「単なる奇天烈な事を言ってるだけじゃん。ば~か!」


「馬鹿なのはこのビジネスを理解できない千秋。お前の方だ! これだから庶民はダメだねぇ」


「君も庶民だろう!」


 ――――

 ―――――

 ―――――――


 そんな日常の一コマ。





「こんな風に笑えたら……もう少しだけ、ここにいたいな。こんな未来もあったのかな……」




 

 支離滅裂だけど妙に説得力がある理論を振りかざし、やっぱり意味不明。

 一見デタラメに見えて、それでいて論理的な部分が混じる彼の話を、呆れながら聞くのが日課だった気がする。


 ――だけど、何故だろう。


 すごく、懐かしい。

 確かに、ボクは彼と毎日のように、どうでもいい話をしていた。





 ピピピピ――――。





 目覚まし時計がけたたましく鳴る。

 現実へと引き戻す音色だった。

 静かに時計のスイッチを押す。


「……はぁ……」

 大きなため息を吐きながら、まぶたをゆっくりと開く。

 

 目が覚めた瞬間。

 

 部屋は静寂に包まれていた。

 世界から色が失われていたかのよう。

 

 まるで灰色の世界。


 夢の続きは、もう見られなかった。

 

 けれど――確かに、あの時の会話は温かくて、楽しかった気がする。

 何の記憶なのかも分からない。誰と話していたのかも思い出せない。

 

 ぼんやりとした胸のざわめきを抱えながら、ボクは現実に戻っていった。


 だけど――この喪失感は何だろう?


 思い出せないくせに、現実との落差がひどく堪えた。


 色のない、空っぽの人生が始まる。

 

 授業を聞き流し。

 ひとりでご飯を食べ。

 誰とも話さず帰る。


 その繰り返し。

 

「はぁ……」


 また、大きなため息をつきながらスマホを手に取る。

 画面を見て、眉をひそめた。


「……ん? 迷惑電話?」


 ボクは誰にも連絡先を教えていない。

 そもそも友達なんていない。


 なのに――

 スマホには、いくつもの着信履歴が残っていた。


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