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終末の笛の音が鳴り響く① 劇場開幕 

 


/3人称視点/



 ――――空から。

 ひとかけらの『りんご』が落ちて来る。

 それは『食べかけ』の歯型の付いたりんご。

 


 ・

 ・

 ・



 


 

 小町の『特別な瞳』が光り輝いていた――――

 


 


 遠くの方で女生徒の声が響く。

「お顔の色が悪いようですが……お加減がよろしくないように見えますが」

 

 マリアが、小町の具合を心配していた。

  

 小町は立ち尽くす事しか出来ない。

 世界から音が消えていくような気分。

 彼女の耳には声が届かない。


 喉が渇いていく。

 

「だ……誰も……」

 

 小町にとって、マリアから告げられた『どなたですか?』の言葉が決定的になった。 

  

 千秋だけでなくマリアさえも、小町の事を覚えていなかったのだ。それだけではない。彼女の友人も、ちぐはぐな事しか話さない。

 

 それは小町の知っている『1年間の人生』が『別の1年を歩んだ』かのような内容。この1年が丸々白紙になったかのような―――― 

 

「そんな訳ない……そんなはずないんだ。確かにあったんだ」

 

 吐きそうになった。

 気味が悪くなる。

  

「え? あった?」

 マリアの困惑声は小町に届かない。

 

(誰も覚えていない……私の事を……) 

 小町の顔が青ざめる。


「穂村さん――――――」

 マリアが困惑した顔で何かを喋り続けた。


 耳から抜けていく声を横目に小町の眼はマリアを捉えている。


 そして訴えるのだ。

 

(この人は間違いなく……本物だ)

 

 色、形、魔力、匂い、仕草、言葉遣い、顔、身体。

 その全てに至るまで小町の瞳は『真実』を映し出す。

 

 彼女は偽者でもなんでもなく、本物なのだ。


 だからこそ彼女は、酷い眩暈に似た、焦燥感と虚無感が胸に募る。

 

 胸の動悸が激しくなるのを感じていたのだ。


(嘘じゃない。これは……夢じゃない)

 

 心の中で、絶望が募っていく。

 胸を掴み、呼吸を整えようとするが……

 

 余りの異常事態に意識よりも身体が拒絶反応を引き起こす。

 

「本当に……大丈夫ですか? 苦しそうですが」

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「大変です。救護室まで付き添いますわ」

 マリアは心配そうに、小町の背中をさすり声を掛け続ける。 






 すると突然――――ぐちゃり。





 

 彼女らの背後に『食べかけのりんご』が落ちた。


「「!?」」

 

 小町とマリアは衝撃で砕けたりんごに身を震わせた。


「りんご?」

 マリアは空を見上げるが、快晴。

 上には何もなかった。

 

 




 お互いの間に沈黙が流れる――――

 




 

 

 正気を取り戻したかのように小町は頭を振った。

 

「す、みません……っ」と、一言告げて駆け出した。


「ちょ、ちょっと! なんなんですの!?」と、マリアの困惑声を背に感じながら彼女は無言で学園の廊下を走り抜ける。



 目まぐるしく映る風景の数々――――。

 


 平和な風景――――

  普通の学園――――

   いつもの日常――――

    争いとは無縁―――

 


 焦燥感が胸をつく。

 既視感。彼女は夢魔界の事を思い出す。

 究極の理想郷。

 ささやかだが、望んだ人生を歩める特権。

 

 それとは違う。

 

「全部『本物』だ」

 唇を嚙みしめた。

 

 

 眼が光る。

 

 

「夢……じゃない。この眼は……真実を映し出している」


 以前の精神支配の経験。

 その経験から二度と精神支配を受けないように、彼女は対策していた。天内の教えで魔眼を使いこなせるようになっていた。


 これが夢でないと頭でわかっていた。


 

 だが、世界は無情にも『現実』だと訴えかけてきた。


 

 息を切らせ走る。

 

 走って―――

  走って―――

   走って―――

 

 目の前の現実から目を背けるように。


 走った。

 

 フラッシュバックする。

 今までの記憶が脳裏をよぎる。

 仲間との繋がりや思い出と言えるものの数々が蘇る。

 それは噓偽りじゃないと告げる。

 

 脳は、その記憶は決して偽りでないと告げていた。

 

 だが、現実は虚構だと告げて来る。



「あ!!」

 

 

 ――――写真。彼女の頭の中に連想された証拠。

 

 


「そうだ! ガリアでみんなで撮った写真は財布に入れてある。先輩を脅迫する証拠の写真もスマホに入れてある」


 

 肩を上下させ立ち止まった。

 

 

 手を震わせながら。

 懐にしまったスマホを落としそうになりながらも取り出す。急いで、スマホのスナップショット履歴を確認しようとしたのだ。

 

「お願いします。お願いします……」


 あってくれと、祈った。

 もしなくなっていたらと考えるだけで心が折れそうになった。


 指先が震える。


 今までの全てが否定されるような気がして恐怖する。

 ゆっくりと、電源を入れ、メッセージのアイコンをタッチした。


 一度、眼を瞑り。


 そして、ゆっくりと瞼を開けた。 

 

「あ、ある……」

 

 天内傑に連絡を送っていたメッセージ履歴は残っていた。


「ある……あったんだ」

 

直近のやり取り――――

 

 薄らハゲの天内 ――― 俺は女も子供も容赦なく殴れる男。そのおぞましい写真を今すぐ消さなかったらお前をケチョンケチョンに泣かす。

 

 KoMachi ――― うわっ。最低。ちなみにどうするつもりですか?


 薄らハゲの天内 ――― 往復ビンタ。泣くまで止めない強烈なやつ。

 

 KoMachi ――― その発言も今スクショしたから。


 薄らハゲの天内 ――― なに? なにをしたって?


 KoMachi ――― 言葉には気を付けた方がいいですよ? どれだけ墓穴を掘るんでしょう? これは脅迫の証拠。本物の弁護士に相談しに行きます。


――――  

 

「な、なんだ。あるじゃん」

  

 安堵した。

 

 さらに財布から写真を取り出すと、ガリアでみんなで撮った写真は確かにあった。不貞腐れ顔の天内を中心に、小町、マリア、千秋のみんなで撮った写真。

  

「……ある……間違いない……これは夢なんかじゃない。嘘なんかじゃない」

 

 

 気を緩めた、次の瞬間―――視界が揺れ眼が(かす)んだ。

 

 

 気を緩めた瞬間に、つい魔眼の効力を弱めたのだ。

 スマホの画面が黒くなったように見えた——が、すぐに目を凝らすと、そこには確かに記録が残っていた。


「何が起こっているの? ここはどこなの?」

  

 小町は茫然とする。

   

 天内傑の失踪後。

 それは突然訪れたからだ。

 

 時は正しく刻まれているのにも関わらず、誰もが『この1年間』の出来事を記憶していないかのような態度をしていた。



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