神から人へ
/天内視点/
延命施術後。
マリアの邸宅の一室。
既に日が傾きかけていた。
俺は日が暮れるのを窓辺から眺めていた。
「ここから先、俺のゲーム知識は何の役にも立たない」
俺は既に『神の視座』に座っていない……
随分前から予感していた。
ゲームの流れを知る『神が如き視点』から、未来を見通せない一人の『人間としての視点』に戻っていた。
でも、それはネガティブな事ばかりじゃない。
ポジティブな事だと思う。
『未来を知らない』と言う事は『未知の可能性』を手にする事でもあるから。
俺は本当の意味でこの世界の住民になれた気がしていたんだ。
この物語を、ようやくスタート出来たかのようで。
まるで1人の人間として生きているかのようで。
凄く清々しかったんだ。
「そうだ。俺は何も知らない」
人は盲目だ。
未来なんか知る事は出来ない。
でも、それが本来の在り方だ。
怖がりながら、手探りで未来へ進む。
みんな当たり前のようにやってきた事。
俺はほんの少しズルをしていた。
知らないからこそ楽しみ方はあるんだ。
旅の醍醐味は知らない事にある。
映画を観る前に結末を知らない方がいい。
何もかも知っていたら面白くない。
だって、そんなのってつまらない。
俺は、もう……この先の物語の『未来』が視えない。
俺は懐から『マジックきのこ』の錠剤を取り出し見つめる。
「結局、最後までうまく調整出来なかったな」
これが本当に上手く行くのか……
「わからない」
笑った。
フィーニス戦で、俺は記憶を消去する。
俺は延命に成功しようが、失敗しようが。
この『自我』と『記憶』とはおさらば。
アルジャーノン計画は『観測』そのものがカギになる。
結末の象徴であるフィーニス。
アレと直接対峙する俺と香乃は『物語の終わりであるフィーニス』を記憶から吹き飛ばす必要がある。『結末:フィーニス』を見てしまうと『終わる』のなら、その記憶を消すしかない。
『終わり』を永遠に遅延させ、存在を忘れ去れば、決して『終わり』は訪れない。
それは人生観に似ているのかもしれない。
人生に決まった終わりはなく。
思い込みを捨てれば未来は続いていくんだ。
だからこそ、未知数である召喚士……
恐らくコイツが最後の障害になる。
「コイツをぶっ飛ばして。俺の役目は、本当に終わり」
ここまではやり切れる。
でも……その先はわからない。
未来を知らないから。
そんな事を考えていると。
日が完全に沈んだ。
コンコン―――と、ドアが鳴る。
「ささやかですが、晩餐の準備が整いました。落ち着きましたか?」
マリアは室内に入って来ると尋ねた。
「ええ。少し落ち着きました」
「そうですか。良かった」
彼女はほっと胸を撫でおろす。
「それでは、ご厚意に甘えて、ご相伴に預かります」
俺は頭を下げた。
「こちらですわ」
彼女は手招きした。
それから―――彼女の邸宅で晩餐が行われた。
参加は俺とマリアだけだが。
どうやらマリアは数日後。
今日とは異なる治癒師を呼んでいるとの事。
しかし、今日が延命プランを待てるタイムリミット。なので結果の如何に関わらず、そいつらはキャンセルだろう。これ以上は待てない。数日伸ばせば俺はフィーニス戦で『究極俺』を使用出来ない可能性がある。
狂乱者の催眠を突破した時もそうだが、フィーニスの『終わり』の影響を一時的に受けないようにするには、俺が極光化するのは必須。
あくまで俺個人の予感だが、延命し切れていないと思う。
あとで、俺の魂を観測出来る召喚者の香乃と人造人間フランの2人に確認して貰おう。
・
・
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食事を終えると。
マリアがボソッと呟いた。
「私は天内さんを必ず助けてみせます」
彼女の手が微かに震えていた。
「どうも。ありがとうございます」
十分過ぎるがな。
彼女は伏目がちになりながら。
「……このような時に……言うのもおかしな話なのですが」
「なんです?」
俺はカップに口を付けた。
「私は貴族です」
「は、はぁ……」
知ってるけど。
マリアはWikiに載ってるぐらい有名な貴族。
「貴族社会は慣習と見栄を重んじる閉鎖的な社会です」
「……そうかもですね」
なんとなく想像はつく。
「私は古い考えだと思っているのですが、貴族と言うのはメンツ、血筋、家柄、しきたり、そのようなものを何よりも大事にします」
「でしょうね」
「年の瀬にお母様が、この地に来られました」
「そう言えば、以前、会話の途中に執事さんが呼びに来てましたね」
彼女は無言で頷くと。
「お母様がわざわざこの地に来たのには理由があります」
「マリアさんの学園での勇姿を見に来たんですよね」
「いいえ。違います」
「そうなんですか?」
彼女は頷き、さらに続ける。
「私は今年で18になります」
「は、はぁ。そうですね」
「私の故郷の公国。そこでは18の貴族の娘というのは、既に適齢期に入っています」
「……ほう」
なんか話が飛躍した気もするが。
彼女は何かを言いたいのだろう。
俺は黙って耳を傾ける。
「私は貴族の娘です。だから……」
「……なんです?」
「このような事を、こんなタイミングで言うのもおかしな話なんですが……私には…………婚約者が出来ました」
「は、はぁ……」
彼女は母国では大貴族。
その片鱗すら見せなかったが。
血筋を絶やさない為に自然とは言えるな。
「このままでは……私は……お母様が決めた殿方と……結婚しなければいけなくなります」
「……ほう」本当に突然だな。
「つい先日。縁談の話がまとまったのです。天内さんが振り向くまで待つと言いましたが、これは私の意志ではどうにもなりません」
「お相手をお聴きしても?」
「……少し歳は離れていますが、我が公国の騎士団長様……ですわ……」
「優しい方なんですか?」
「ええ。そうですね………………それだけですか?」
彼女の声は震えていた。
俺は敢えてその問いに答えない。
「そうですか。それがきっと一番大切―――」
と、俺の言葉に被せるように。
マリアは語気を強めて口を開く。
「貴方は生き残る。だから――――必ず、私を……連れ出して下さいね」
「……」俺はそれには答えなかった。
「それだけです……私は信じていますから」
彼女の力強い瞳が何かを訴えるように俺を見つめていた。
俺は肩をすくめた。
「俺は、貴族の慣習とか、しきたり? そういうのは、正直わかりません」
「そう……ですか」
肩を落とす彼女。
「だけど……」
「だけど……なんでしょう?」
マリアは顔を上げる。
俺は自分に言い聞かせるように。
「あらかじめ決まった……いや、決められた未来なんてものは、この世のどこを探してもありはしない」
今までの戦いが脳裏をよぎる。
俺は、何度も辿るべき未来を変えて来た。
何度も、何度も、何度も。
強敵を倒してきた。
だから、自信を持って言える。
未来は変えられるって。
最初から決まった未来なんてものはない―――ってね。
そんな確信がある。
「マリアさん。自分の人生の行く末は、誰かに強制させられるものじゃないよ」
「そうでしょうか?」
「そう……決して、自分の未来を誰かが縛る事なんて出来ない。そして……それは俺にも出来ない」
「え?」マリアの顔が強張った。
「最後は自分の意志で、自分の選択で、自分の望む未来を形作る事しか出来ない。それは色々なモノを失う困難な道のりかもしれないけど」
「……そうですね」
俺は無言で微笑んだ後。
腕時計に目を落とし、立ち上がった。
既に22時。
「おっと、そろそろ時間だ」
「勝手ながら、よろしければ……もうお時間も遅いですし……我が屋敷でお休みの準備をさせて頂いているのですが……」
彼女は所々、切れ切れになりながら言葉を紡いだ。
「いや、ご厚意だけ受け取っておきます」
「お急ぎですか?」
「申し訳ありません。今日はこの辺で」
会釈し、踵を返す。
「……また3日後には別の先生方が来られます!」
背中からマリアの声が投げ掛けられる。
俺は頭を掻いて頷いた。
「必ずお越しになって下さい。いいえ。私が迎えに行きます。貴方は必ず生き残るのだから」
「そうですね。約束しましたしね」
俺は手を挙げた。




