最期の儀式④ 不完全情報ゲーム
――― 朝 ―――
俺は今夜タイムトラベルする予定。
これから最後の定例報告に向かう。
俺はマリアとの待ち合わせしているのだ。
そんな中―――
「挨拶も兼ねるんですよね?」
と、尋ねられた。
「挨拶って?」
虚空に向かって返答する。
「これから過去に行く事への挨拶ですよ」
「誰に?」
「え? マリアさんじゃないんですか?」
「いや、しないよ挨拶。さっと行って、さっとタイムトラベルよ」
映画館で上映中にトイレに向かうノリでキッパリ告げた。タイムトラベルする事はアイツらに言ってないのだ。
――― 一瞬の間 ―――
「ほう。なるほど……」
「なんだよ?」
なんか勝手に考え込み始めたぞ。
「可塑性を残しておきたいという訳ですね」
「……ん?」
どゆこと?
俺は白眼を剥いた。
コイツさぁ。
いつも思考スピードが数手先を行き過ぎてるんだよな。
「万が一のパラドックス。そこの穴を突く。そういうわけですね?」
言葉が足りねぇ……
頭の良い奴との会話でたまに成り立たなくなる現象。
それは説明を省きすぎて、一言どころか1文、2文、先取りを前提に会話を開始するのだ。
「え、あ、うん?」
「やはり、そこまで考えていますか」
いつも通り何か勘違いをしてるぞ。
アイツらに挨拶しないのは、やいのやいのうるさいからだ。
俺は馬鹿がバレないように話題を切り替えてみる。
「ところで召喚士の件、どう思う?」
と、切り出したのだ。
「それですね。まず、現在の状況を整理すると『完全情報ゲーム』と『不完全情報ゲーム』に例えられます。今回は不完全情報ゲームです」
「え、うん?」
ま~た、何言ってんだコイツ。
だから話が数手先を行ってるんだよ。
俺は賢くないのだ。
だからインテリは苦手なんだよ。
「ご存じだとは思いますが、これはゲーム理論の一種」
ご存じじゃないねぇ。
俺をなんでもご存じだと思うのをそろそろ止めて欲しい。本当に話に置いてかれる時が多いのだ。
「例として―――前者はお互いのプレイヤーが盤面を見通せるチェスや将棋。後者はお互いのプレイヤーに情報が隠されたポーカーやブラックジャック。今回は情報が不完全な状態。盤上を予測・推測しながら進める必要がある」
「……未知が……介在しているしな」
俺は何となく話を合わせる。
「そうです。件の召喚士と我々は、経済学のナッシュ均衡の状態にあると分析出来る」
わざわざ経済学で例えないで欲しい。
余計ややこしくなるじゃないか。
「……まぁ、そういう事だ」
「お互いの手が読めないので拮抗状態ですもんね」
「ふむ……そう」
「ですね。で、そこでなんですが。現状こちらが相手について、わかっている手札はなんですか?」
「手札?」
「そうです。こちらが分かっている事。ここを聞いてなかったので」
「あ、ああぁ。そういう……ちょっと待てよ」
俺は手帳を開いた。
いくつか要点を掻い摘んだ。
召喚士について、わかっている情報を簡潔に伝える。
「なるほど……相手は完全情報ゲームを仕掛けている印象を受けますね。まるで『初めから盤上を見渡している』かのようだ。ん? 待てよ。と言う事は……ふむ。いくつか推測が出来ますね」
コイツは一瞬で全てを理解したようなのだ。
やはり天才か?
天才なのか!?
「どういう意味?」
「それは――――」
と、そんな途中であった―――
マリアの奴が声を掛けてきた。
「お待たせしました」
「あ、はい。どうも」
「あの~……どなたかとお話されてました?」
マリアはキョロキョロと周りを見渡す。
「1人……ですよ」
「そうなんですの?」
「そうです。そうです。いつもの独り言です」
彼女は怪訝な顔を浮かべながら。
「そうですか……では、時間が惜しいので本題からよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
彼女は頷くと資料を手渡してきた。
そこには詳細記載された固有能力を持つ人物のリスト。
ちょっとした辞書ぐらいの分厚さであった。
「これが?」
「そうです。天内さんを延命させる事が出来る可能性のある方々です」
「どうも、ありがとうございます」
「お礼には及びませんわ。既に私の用意した宿に招いておりますわ。早速ですが、行きましょう」
マリアは世界中から招いた能力者達をこの地に呼んでいるのだ。
「へ、へぇ~」
マジでギリギリで用意してきたな。
俺は彼女に急かされながら資料を捲ってみる。
資料の束の先頭に記載された地味な女。
―――――――
名前:山田キワ子。
固有能力『エネルギーチャージお灸』。
壬王朝山間部:テンダールにて霊感商法を行う占い師。
身体中のツボに灸を据える事で、体内の悪いエネルギーをすべて浄化し生まれ変わった自分にするとの事。
―――――――
俺はバレないように顔を歪めた。
胡散臭えぇ。
俺の知らない能力者。
ゲームには登場しないし、そもそもコイツ能力者なのか?
単なる鍼灸施術師じゃないか?
―――とは、ツッコめず。
「あ、ありがとうございます」
「では行きましょう! 時間が惜しいですわ」
※「不完全情報ゲーム」とは、すべての情報が公開されていない状態。




