ファントム様……まさかこの学園に居るの?
/マリア視点/
---時は数刻遡る---
実家のゴタゴタも落ち着き、新学期ということもあり学園に戻った私は教室の隅で空を見上げた。
そして物思いに耽る。
漆黒の騎士ファントム様は一体誰だったのか。
かっこよかった。
もう一度会えないものだろうか。
是非お礼を言いたい。
そして私の"気持ち"をお伝えしたい。
まるで物語の中に出てくる王子様であった。
「この国に居るわけはないのだけど」
私は吟遊詩人の歌う詩が好きだ。
王道の恋愛小説が好きだ。
それは空想だとわかっていながらも、フィクションの中に出るまだ見ぬ王子様に憧れた。
だからこそ現実にあの御仁が現れて私は心を奪われた。
「はぁ」
溜息が出てしまう。
あの日から考えるのはその事ばかりだ。
卓越した戦闘技術に見惚れた。
その仮面の下からでも伺える美しい相貌から目が離せなかった。
5属性魔法の同時使用とあらゆる武器を巧みに使うそれは公国の精鋭騎士でもできるものはいないだろう。
そんな人物が居れば国が放置するはずがない。
神業だと思った。
一体どれだけの時を修練に充てたのかと思った。
勿論学園には猛者が居る。
100年に一人と言われる天才がゴロゴロ居る。
特に今代生徒会の人間は別格の才人が幾人も集まっている。
もしかしたらあの騎士様より強いかもしれない。
いや、悔しいが強いだろう。
しかし、私にとっては漆黒の騎士様は特別だ。
何より魂が綺麗だと思った。
運命を感じた。
その仮面の下から見える瞳には揺るがぬ意志を感じた。
何者にも譲れぬ信念が垣間見えたのだ。
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「マリアさん。この後よかったら食事でも」
なにやらよくわからない男性が喋りかけてきた。
どうやら午前のホームルームは終わったようで、クラスメイトはゾロゾロと教室の外に出て行っていた。
心の中で溜息を吐く。
「昼から模擬戦では? 少しは準備でもしたらいかがか? それではごきげんよう」
私は立ち上がり、その場を後にする。
「え? あの。ちょ」
あたふたとする優男に背を向け、昼の模擬戦について支度を始める素ぶりをする。
明らかにナンパ。
努力のドの字も出来てない魔素量。
そもそもこの学園の男性諸君には何一つ魅力を感じなかった。
どうやら、このクラスに二人転入生がいるらしいが正直どうでもいい。
転入日当日に遅れてくるような者は碌でもない人間だろう。
考えるまでもない。
あの御仁を見た後では、そこらに居る男どもなど。
ひよこでしかない。
「まったくピーチクパーチクうるさくて仕方がない」
愛用のメイスを取り出し磨く。
「それにしても。模擬戦ね。少し考えなくてはいけない」
模擬戦は上級生が新入生に披露する演習。
私は現在加入しているパーティがない為、個人戦での参加になる。
個人戦は4ブロックに分かれた複数人でのバトルロイヤル。
その中から一人の勝ち残りを決める事になる。
二日目は各ブロック残った4人で一対一の戦いをそれぞれ行い、勝者二人で決勝を行い春の新学期の個人戦優勝者を決める。
「無論負ける気はないけど……」
不安が無いわけではない。
模擬戦は仮想空間で行われるので首を撥ねられても死ぬことはない。
だが、その恐怖は計り知れない。
何より私の実力でどこまでやれるのか、という疑問もある。
この模擬戦では、生徒会は運営に回るため生徒会役員からの参加はない。
中間考査前の次代の才能の発掘を趣旨としている。
次期生徒会役員候補の下見という側面もある。
現在は3、4年生しか生徒会役員はいない為、それ以外から傑物を探す目的もある。
マホロ学園という世界屈指の魔法学園において生徒会に属するというのは、それだけでブランドなのだ。
特に今代の生徒会役員は才人の中の才人と言われるほどの人物が集まる。
大貴族、最古の魔女の血を引いているとはいえ、私にどれだけの事ができるか。
こういう時に大きな家に生まれた事に後悔する。
私は周囲に期待されている。
公国では天稟の神童と謳われたが、この学園に入り井の中の蛙と悟った。
世界には上には上がいると。
そんな不安をかき消すように懐に手を突っ込み【封魔結晶】を握りしめる。
「フフッ」
少し気が和らいだ気がした。
騎士様の魔力の残滓を保存した結晶石。
これがあればいずれ遭える。
そんな予感がする。
騎士様に恥ずかしくない戦いにしなければいけない。
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私のエントリーはCブロック。
夕方からの試合日程。
時間のある間は各人自由行動である。
私は時間の空いている間訓練でもしようと思った。
でも、訓練場は大勢の人でごった返しており、どうにも集中が切れると思い試合の観戦に来ていた。
それにほんの少しだが自信もあった。
私はこの数か月訓練を怠った事はない。
あの出来事から私は少しずつだが成長している。
試合前はゆっくりと精神を落ち着ける方が自分の為になると思った。
訓練で魔力と集中力を消費するのも避けたかった。
これが大きな理由でもある。
AブロックとBブロックは同時に行われており、私はそれを観戦していた。
生徒会所属でなくても強者は多く居る。
いい勉強の機会になると思っている。
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私は目を疑った。
結晶石が淡く明滅していた。
これは保存した魔力の持ち主が魔法を発動すれば光るそんな代物だ。
近ければ近いほど強く反応する。
つまりこの場に。
「まさか……いるの? あの会場に」
私は観戦席で身を乗り出した。
ライブ中継されているスマホのモニターで確認する。
カメラの数は300を超える。
私は必至でスマホを弄り、ライブ中継されているカメラをチャネリングする。
「数が多いわね」
すると結晶石の明滅は徐々に弱くなっていき次第に反応しなくなった。
「……」
動揺を隠しきれない。
あの中に居るのだ。
目頭が熱くなるのを感じた。
――またお会いできると信じておりました――
「どうしたの? マリア。そんなに慌てて」
隣の席に座る親友のクレアが不思議そうな顔をしている。
「いえ、なんでも……」
「そう。とても気分が悪いようだけど。私の里のとても気分の落ち着くハーブティーがあるの。ちょっと待ってね」
「そんな。気を」
と制したが、クレアは準備を始めた。
こうなってしまうとクレアは耳を貸さない。
「いいから。いいから」
私はそれどころではなかった。
胸の高鳴りでクレアの声は殆ど聞こえていなかった。




