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最期の儀式① 相棒


/千秋視点/


 文献にはこう記されていた――

 魂の劣化。

 それは、肉体の崩壊ではなく。

 『未知の元素:エーテル』の崩壊を意味すると……。


 近年では、このエーテルの量を『存在値』と呼ぶ事がある。

 生まれた瞬間に、エーテルの総量は決まっているらしい。

 その総量は十人十色。

 10の人も居るし、1000の人も居るとの事。


 多ければ寿命が長く、健康であり、強い魔力を宿している可能性が高いとされている。


 そして、この存在値がゼロになると……

 この世界に留まることはできない。



 つまり、寿命が尽きるということ。


 

 人類は過去に何度も『死者の蘇生』を試みてきた。

 だが、一度たりとも成功した例はない。

 死んだ人間の肉体を治癒魔法で修復し、血が温かさを取り戻し、脳が完全に回復したとしても。

 息を吹き返す事はない。


 存在値とも呼べる魂が戻らなければ、それはただの死肉に過ぎない。


 そして――

 天内傑の存在値は、今、尽きかけている。

 彼にはもう、時間が残されていない……


 と思うんだけど。

 

 なんか……


 普通なんだよなぁ。


 ラーメン屋の前―――

 スマホを触る傑くんがボクに気付くと、手を挙げると近づいて来た。


「いやぁ~。寒い日は麺ラーに限るよな。今日もマシマシで行くだろ?」


「う、うん」

 

 ・

 ・

 ・


/3人称視点/



 ―― 天内・千秋 ―― 



 ニンニクと魚介粉末の独特な匂いが充満する店内。

 千秋と天内の前に『三郎ラーメン』が運ばれる。


「あのさ。こんな事していて大丈夫なの?」

 千秋は恐る恐る口を開くと天内に尋ねた。


「こんな事って?」


「いや、それは、君の体調が……それなのに……」


 言葉を選ぶ千秋に、彼はため息をつく。


「わかってねぇ~な~」


「え?」


「こんな時だからこそ。こうやって飯を食うんだよ。遊び心は必要なの」


「そんなもんかな?」


「そんなもんさ。無駄と思える時間にこそ一番価値がある。それに俺は今から入れる保険に入ってる」


 彼は箸は彼女のどんぶりに乗るチャーシューに手を掛ける。


「おい! それボクのだぞ!」


「気にしない。気にしない」


「気になるんだけど」


 彼は真剣な顔でチャーシューを掴んだ箸を千秋に向ける。


「一つ……言っていいか?」

 

「な、なんだよ」


「俺はもうすぐお星さまになるかもしれない……」


「……洒落になってないよ」

 しょんぼりする千秋。


 天内は、その表情に勘付くと。

 ヘラヘラ顔を作り、肩をすくめながら続ける。

 

「星になったら、白い歯を輝かせながら、青空に浮かんでサムズアップする。効果音は『キラーン!』って」


 千秋はその光景を想像し複雑な感情になる。 

(ふざけてるのか? コイツ。なんか全然悲壮感ないんだよ。それとも本当にバカなのか?)

 

「それなのにだ! 千秋はチャーシュー1枚でうだうだ言うのか? 心の狭い奴だねぇ~」


「な!? ちっが! 違う!」


「そうか。じゃあ、これも貰うな。心が広いもんな」

 

 千秋のどんぶりに乗ったチャーシューをさらに3枚摘まむ。


「お、おい! おい! 何やってんだ!?」


「どうした? そんなに慌てて」


「どうもこうもない! ラーメンの華だぞチャーシューは! それを全部取るなんて酷いよ!」


「もうすぐ死ぬかもしれないのにチャーシューごときでウダウダ言うんじゃないよ」


「ウダウダ言うんですけど!」


「思い返せばお前らは俺の一挙手一投足に姑の小言みたいにいちゃもんつけやがった! 事あるごとにだ! やれ、服はダサい。やれ、清潔感がない、金に汚い、デリカシーがないだ。あれは悪口だからな」


「話をすり替えるなよ! それに、後半のは本当の事じゃん」


「本当の事じゃないし……そもそも、まず、ダサくないしな俺」


「いや、ダサいだろ。それは認めろよ」


「ダサくないしね……それに清潔感だってあるからね」


「ないしね。たまに変な臭いしてるよ。気付かないんだねぇ~。男の子って」


「ファブかけてるから……それにワイルドで危険でハードボイルドな男の香りって言ってくんない?」


「良い風に言うなよ」


「それに俺は……紳士だし、お金を大事にしているだけだし」


「なにが紳士だよ。デリカシーないじゃん。それにお金を大事にしてるって、お金ないだけじゃん」


「ごちゃごちゃうるさいなぁ~。と……言う訳で、お代は千秋くんに付けとくけど、いいよね?」

 

 彼はスッと、伝票を千秋の手元に置いた。

 千秋は呆れた顔で天内を睨む。

 

「傑くん。一つ訊くけどさ。まさか死ぬ死ぬ詐欺をしてるんじゃないだろうな?」


「まるで俺が詐欺師のような発言だ。聞き間違いか?」


「そう言ってるんだけどっ」


「唾を飛ばすな。お行儀がなってないねぇ~。これだから庶民はダメだねぇ!」


「庶民イジリはもういいよ! 君も庶民のくせに何言ってんだ。あと、これ……奢らないから」

 

 千秋は伝票を突き返す。


「なんで? もうすぐ星になるかもなんだぞ。払えよ。それぐらい」


「ないから」


「どういう意味?」


「こんな事もあろうかと、ボクはボクの分しかお金を持ってきてない」


 千秋は財布の中の1000円札を見せびらかす。


「俺もないぞ」


「じゃあ、お巡りさんにお世話になるしかないね。食い逃げだね。これは。やれやれ。冷たい手錠が傑くんの両手首に掛けられるんだね。ざまぁみろ」


 天内は店主をチラチラと見ながら、ヒソヒソ声になる。


「まさか、仲間である俺を見捨てようなんて気をしちゃいないだろうな? 俺とお前って仲間だよな?」


「そうだね」


「家に金あるよな?」


「あるよ」


「よかった~。じゃあ払えるじゃん。仲間だしいいよな?」


「払わないんですけど!」


「大声出すなよ。じゃあどうするんだよ。これ。俺のお代はどうやって払うんだよ」


「しらねぇー」


「なんだよケチ臭いな。ラーメンの一杯や二杯。女々しい奴だなぁ。漢らしくないぞ」


「男じゃないんだよ! ボクは!」


「だから大声出すなって」


「傑くんってさ。図々しい奴って言われない?」


「言われないよ。太っ腹の天内さんって界隈で有名だから」


「うそつけ」


「俺は! 人生で! 一度も! 嘘を! 言った事がない!」


 千秋は『あ~はいはい』と呆れながら、テーブルに置かれたサングラスを手に取る。


「……いいよ。ここは払ってあげる。でも、お金がないなら、これを借金のカタで貰うから」


「俺のアイデンティティ! そいつは苦楽を共にしてきた俺の相棒だぞ!」


「そこを動くなよ。変な真似したら君の相棒(サングラス)は握り潰すからね。これは預かっておくから」


 ・

 ・

 ・

 

 結局、ラーメン屋の代金を立て替えたのは千秋であった。

 彼らは食事を終えると―――

 


 千秋の女子寮まで2人して歩いていたのだ。

 


「この調子じゃお星さまになる事はなさそうな感じだね。しぶとそうで安心したよ」


 彼女はサングラスを手元で弄びながら続ける。


これ(サングラス)もあるし。お金を返すまで君はお星様にはなれそうにない」


「まぁな」


「そういや。前、ボクのお父さんと何の話をしたかわかんないけど。傑くんが将来農家になりたいって事話したら、ウチの使ってない土地使っていいってさ」


「へぇ~。そういや、千秋はこっちに就職で残るのか?」


「なに言ってんだよ。故郷に戻るよ」


「故郷の官僚とかか。それもありか」


「官僚とか興味ねぇ~」


「あ、そうなの? 儲かるぞ。多分」


「儲けなんてどうでもいいよ。何よりつまらなさそうだ。傑くんもその口だろ?」


「それはそう。田舎でスローライフしてた方が万倍マシだわ」


「だね! 君の農家生活を横で見てた方が面白そうだ」


「ごちゃごちゃうるさい奴もついてくんのかよ。どっか行けよ」


「ボクは地主の娘だぞ。敬えよ」


「うへぇ~」


「ボクは、ひぃこら言ってる傑くんをお茶でも飲みながら優雅に眺めるよ。そっちの方が面白そうなんだよね」


「いい性格してるなお前……」


「そういや。ウチの土地ってやせ細ってるんだ。なんかいい案ない?」


「あるぞ。まつり先輩に頼べばワンパンだわ」


「あ、ああぁ~」と、千秋は苦い顔をした。


 ―――と、そんな他愛ない会話していると。

 遂に彼女の女子寮の前までたどり着いた。

 

「お嬢様。着きましたよ」


「お、おう。ありがと。あ、あのさ。もう少し喋ってかない? そこら辺でさ……」


「今日はこの辺にしとこう。今日は突然呼び出して悪かったな。おかげでいい飯が食えた。ありがとう」


「で、でも―――」


 天内は『ああ。そうそう』と一言前置きし、サングラスを指差す。


「それは千秋にやるよ。俺の相棒だ。大事にしろよ。じゃあな」





彼なりの感謝と愛情表現です


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