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時の調べ



/3人称視点/



 香乃とモリドール、フランの三人は、新年の参拝を終えた帰り道を歩いていた。



 二人の少し後方を歩く香乃は、どこか浮かない表情を浮かべ、うつむきながらとぼとぼと足を進めていた。


 昨夜の出来事が、頭の中を離れない。

 

 香乃の瞼に浮かぶのは、かつての戦友、ユラの姿。

 しかし、それは彼女の知るユラではなかった。

 彼女は既にこの時代にはいないはずの故人。

 見る者を嘲笑うような赤い瞳を持つその姿は、ユラであってユラではない「何か」だった。


 驚愕。恐怖。そして、命を弄ぶ姿への激しい怒り。

 その一方で、かつての仲間に再び会えたという微かな喜びと、目の前の現実が突き付ける絶望。

 

 それらの感情が、胸の奥で渦巻いている。

 

 香乃の脳裏に蘇る本当のユラ……

 仲間達との思い出は、剣を交えた激戦の記憶ではない。

 

 思い返されるのは、いつだって。

 

 旅の道中。


 日常の何気ない一幕ばかり。 


 戦いが激化する前。

 傑を召喚するよりもずっと前の話。


―――――――



 1000年前。

 まだ香乃が未熟な冒険者だった冒険の道中。

 旅が『カノン:香乃』、ユラ、ルミナ、マルファ、クロウリーの5人だった頃。

 

 

 それは―――ある晴れた日の事。


 

「今日は誰が馬に乗る?」

 

 誰かがそう言うと、いつものように小競り合いが始まる。

 

「あ~……昨日は本当に疲れました。肩も足も腰も眼も痛いです。なので今日も私ですね」


 ユラが大げさにため息をつき、馬の手綱を握ろうとする。


「うそつけ。さっきまで元気に走り回っていたじゃないか?」

 『特別な瞳』を持つ、理知的な賢者マルファが鋭く指摘する。


「蝶々を追いかけていたな」

 香乃は肩をすくめた。


「誰よりも朝飯を食べていた……」

 ルミナはボソリと呟いた。


「知りません」

 ユラは素知らぬ顔で言い放つ。


「な、なんてふてぶてしいんだ。注意してやれクロウリー」

 握り拳を作るマルファ。


 呑気に『小鳥型の召喚獣:グリスパーク』や小動物と戯れるクロウリー。

 

 そんな、のんびり屋の彼に向かってマルファが注意を促す。


 穏やかな笑みを浮かべながら。


「行ってきなさい」

 クロウリーは、そう一言告げると、グリスパークを偵察の為に空へ放った。

 

 続けて―――

「まぁ。いいじゃないか。どうせ誰かが歩くことになるんだ。今日はユラに譲ろう。急いでも仕方ないしね。のんびり行こうよ。それより今日のお昼のご飯って何?」


「それは私も気になります!」

 『ご飯』という言葉を聞き、既に馬に跨るユラが手を挙げた。


 ルミナは驚いたように一言。

「あれだけ食べていたのに……」


 香乃は空笑いし本日の献立を告げる。


「やれやれ……」

 マルファは肩をすくめた。

 

 そんな会話が、いつも通り冒険の始まり。




―――――――場面が切り替わる。



 

 ―――雨がパラパラと降り始めた。



「今夜は荒れそうだな。今日はここまでにしよう」

 香乃は空を見上げみんなに提案した。 

 

「そうですね! では」

 その掛け声と共に、雨風を凌げる場所へ一目散に、ユラは真っ先に飛び込む。


 ユラは木の棒で地面に弧を描くと。

「ここから、ここまでは私の領地です。それでは男性諸君はあちらに行って青空の下でお休みください」


「この聖女はニセモノかもね。なんて自分勝手な奴だろう。そう思わないか? カノン」

 マルファは眉をひそめる。


「私に同意を求めるな」


「どちらかというと、自由なんじゃないかな?」

 肩にグリスパークを乗せたクロウリーは感想を述べる。


 その言葉に、ユラは満足げに胸を張った。


「あら。良い事言うじゃありませんか」


 香乃は苦笑いしながら。

「それ褒めてないよ。多分」


 マルファはうんざりしたように。

「クロウリーはユラに甘いよな」


「そうかな?」


「いや、訂正しよう。誰に対しても甘かったな」


「そうですよ。クロウリーは心が広いのです。どこかの誰かさんと違って」

 ユラな得意げな表情で舌を出してマルファをからかった。

 

「こ。こいつ……」


「まぁまぁ。いいじゃないか」

 クロウリーはマルファとユラの間に入って、彼を(なだ)めた。

 



―――――――場面が切り替わる。




 食事時には、さらに賑やかだった。

 仲間が増え一層賑やかになったある晴れた食事時。

 

 ―――寂れた教会の隅。


「もったいない。食べないのなら、これは頂きますね」


 ユラが何食わぬ顔で隣のフィリオの皿からメインディッシュの肉を自身の皿に移した。


「え!? ちょっと! まだ食べてますよ!」


 彼女は、フィリオの困惑をよそに素早く口の中に放り込む。


「あ、酷い!」


 慌てふためくフィリオを尻目に、ユラは平然と頬張りながら一言。


「てっきり食べ残しかと思いました。まだ食べていたんですか」


「そんなぁ~。酷いですよぉ~。僕は好物は最後まで取っておくんですよぉ」

 

 涙目のフィリオを見て、仲間たちは小声で囁き合う。


「「すまん」」と、そっぽを向き、自分の食事が取られないように見て見ぬふりをするイガリとムジナ。


「私のを分けよう」

 肩をすくめてフィリオに自分の食事を分けるアラゴン。


「なんだまたか……」

 黙ってフィリオに肉の切れ端を渡すマルファ。

  



―――――――



 

 そして現在―――




 思い返されるのは、そんな何気ない日々ばかり。

 ユラの存在は、旅の中で仲間たちに明るさと温もりをもたらしていた。


 だが――今、香乃の前に現れたユラの姿は違う。

 狂気に染まり、殺意を纏い、血の匂いを纏うその姿。


「…………あれは葬らねばならない」


 吐き出された白い息が、冷たい空気の中に溶けていく。

 香乃は、凍てつく空を見上げた。

 

 かつて笑い合った仲間を、自らの手で討たなければならない現実に直面していた。


「それが、旅路の果てだというのなら、これほど残酷な運命はないのだろう」





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