名探偵ポンコツ と 天才助手
/3人称視点/
―― 天内・翡翠・雲雀・ハイタカ・ミミズク ―――
天内と影の仲間による『召喚士探し』の緊急会議が行われた。
天内の仲間の中で、カッコウと並び立つ天才。
それが翡翠。
彼女はホワイトボードの前に立ちキリリとした表情で口を開く。
「暗躍している召喚士。この者をヒノモトの中から探すのは容易でないです」
「そりゃそうだ」
天内は適当に頷く。
「まず前提条件として、トウキョウの人口1000万。学園のあるオノゴロの人口は変動はありますがおよそ3万。マホロの関係者だけで数千人。学園は人の入れ替わりは激しいですが、コンスタントに3000人は居ます」
「やみくもに探しても絶対に見つけ出す事は出来ないわ」
雲雀は当然のように呟いた。
「その通りです。しかし、幾つかの条件から推測は出来る。ですよね?」
翡翠は天内に同意を求めた。
「お、おう。そ、そう! その通りだ!」
天内は力いっぱいに頷いた。
「では、現状分かっている事から意見をすり合わせましょう」
それから全員で意見を交わし、ホワイトボードにプロファイリングの結果を書き込んでいった。
プロファイリング条件:
――――――――――
(1)時期:ガリアでの決戦が行われた11月下旬から12月下旬までにヒノモトに入国した者。
(2)実力:魔法の実力はこの世界でも屈指。
(3)交友:魔人戦で意図的に邪魔をしたならば魔人と通じている可能性が高い。
(4)所在地:魔術師は自然とマホロのあるオノゴロに集まる可能性が高い。
(5)性格:用心深い性格で意図的に実力を隠している可能性アリ。
(6)行動:魔法の実力はこの世界では名誉にも関わらず、暗躍している。
(7)動機:実力を隠す=名誉や金銭が直接的な動機や目的ではない。
(8)その他:『究極俺:極光化』のタイミングを狙って、決め打ち出来る。
―――――――――
「8番、これはなぜだ? 俺はこれが腑に落ちない」
天内は腕を組んだ。
ハイタカは壁にもたれ掛かりながら。
「ここに何らかの『カラクリ』があると見ていいのかもしれませんな」
「そんなの決まってるにゃ。能力にゃ!」
ミミズクは机に胡坐を搔きながら手を挙げた。
「また考えもなしに。それは早計だわ」
雲雀が肩をすくめる。
「そうかにゃ?」
「決めつけるのは良くないと言う事」
「案外単純なものやもしれませんぞ」
ハイタカはミミズクを擁護する。
「そうかしら?」
しばらく、雲雀・ミミズク・ハイタカの意見が交わったが、翡翠はオホンと咳払いすると話を打ち切った。
「一旦、それは後で考えましょう」
「だな」
天内も同意する。
翡翠は続けて―――
「マスターは既にわかっているかもしれませんが、これだけの条件があれば、かなりの少数に絞る事が可能です。ですよね?」
「え?」と、天内は突然振られてギョッとした。
「マスターのプロファイリングの意見をお聞かせ頂いても?」
「まさか。これだけの情報でわかるものなの?」
雲雀は低く呟く。
「当たり前にゃ。もう犯人は特定じゅみにゃ」
「ですな」
全員の羨望の眼差しが天内に突き刺さる。
天内は眉間にしわを寄せた。
なぜならわからないからである。
しかし、知らないとは言えない。
なぜなら今、彼は『名探偵オレ』になりきっているからだ。
天内は翡翠の方を見ると―――
「……俺の考えと翡翠の考えが合っているか知りたい。まずお前の考えを聞きたい。ワトソンくん」
伝家の宝刀『知ったかぶり』を発動した。
「そ……そうですね。これは私からマスターに頼んだ案件。マスターばかりに頼っていてはいけませんね」
「そ、そう! その通り! 俺一人で解決しても、な~んの意味もない!」
大嘘である。
天内は何もわかっていない。
ただ、有能な探偵ムーヴがやりたいだけなのだ。
翡翠は頷くと―――
「まず、組織の調べでは、条件1の期間中にヒノモトへ入国した者は50万人です」
「多いわ」と、雲雀がため息をつく。
「そうですね。ですが、条件2からさらに絞れます。一般的に魔法を使えるのは1000人に1人とされています。およそ0.1%。ここから、魔法の強弱に問わず50万 × 0.1%と計算できます」
「500人ですな」
ハイタカが壁に寄りかかりながら口を挟む。
「すごいにゃハイタカは! 今の一瞬で計算したのかにゃ!?」
「大した事はありません」
翡翠が赤いペンで500と力強く数字を書き込んだ。
さらに続けて―――
条件2・3・4を矢印でつなげて関連性を示す。
「条件2、3、4を考えると、学園やオノゴロ、魔法そのものに縁がある者に絞れます。この割合をマホロの一月の人口流動率、全体の5%を参考に。500人×5%で25人です。どうでしょう、マスター? 私の推論は合っていますか?」
翡翠が天内に問いかける。
「お、おう……そうだな。だいたい合ってる!」
天内は適当な相槌を打ちながら心の中で汗をかいていた。
ミミズクとハイタカは『おおぉ~!!』と翡翠に向けて手を叩いた。
(何も分かってねぇ! でも、俺は名探偵! 名探偵は動揺してはいけないのだ!)
天内は腕を組みながら――
「翡翠、念のため~に! お前の考えをもう少し詳しく聞かせてくれないか? みんなの為にな!」
「かしこまりました!」
翡翠がさらに説明を展開し、残りの条件を詰めていく。
天内は「うんうん」と頷くだけで、内心は「助かった」と胸を撫で下ろしていた。
雲雀は手を挙げる。
「パーセンテージの根拠が疑問だわ」
翡翠はペンを止めると。
「これはあくまで仮説に基づく推論であり、ベイズ推論やフェルミ推定を用いたものです」
雲雀が首をかしげる。
「翡翠。前も言ったわよね? 私は貴方ほど賢くないの。貴方が何を言ってるのかよくわからないわ」
「つまり、限られた情報で大まかに予想を立てる方法です!」
「……なるほど。そっちの方が分かりやすいわ」
雲雀は納得したように頷く。
翡翠は推論により、50万人居た容疑者から候補者を数名から数十名までに絞り込んだ。
「―――と、こんな所でしょうか。まずは入国者の内、魔法が使えないと確定している者。自ずとそれ以外は魔術師となります。調査。よろしいですよね?」
翡翠は天内の許可を求めた。
「お、おう! そんな感じで調べちゃって! 俺が言いたいのはそういう事だから!」
天内は、召喚士探しを翡翠に丸投げした。
「かしこまりました!」
翡翠の冷静な推論の前に、似非名探偵天内は何もできなかった。しかし、その場の空気だけは『俺が名探偵』というムードで乗り切ることに成功していた。
※ベイズ推論、これは"すでにわかっている情報"から"新しい情報"を得たときに、どれくらいその可能性が高まるかを計算する手法
※フェルミ推定はざっくりとした数値を使って大まかな見積もりを立てる方法




