そして幕は閉ざされた……
ダンジョンは深緑の迷宮となった。
植物が急成長するせいで、道や空間は複雑に進化し続ける。さらに閉鎖空間にも関わらず雪が降り始めたのだ。
視界は悪く、ダンジョンが生き物のようだ。
目の前の道は、行く手を阻むように半透明の白煙が充満し始めていた。
白煙が満ちる回廊では、もがき苦しむゴブリン型の魔物の姿。
時折、爆発音が響いても来る。
「この先でなんかやってんな。さて、どうしたものか……」
勝者が出るとアナウンスが流れるシステムだが、今の所それは流れてきていない。
そんな中―――
爆発天パのフィリスがこちらに走って来た。
「仕込んできたぞ」
「サンキュな。ブロッコリーヘアーのフィリスくん」
「な!? なんだその態度は!? 失礼な奴だな!」
「すまんな。これは俺なりの親愛の証。流石だな。お前は本当に凄い奴だよ」
「なにぃ!? そうなのかぁ?」
困惑するフィリス。
「お前にしか出来ない事ばかりだ。そして可愛いじゃないか。もじゃもじゃアフロ」
「な!? お、お前。突然何を言うんだ!?」
適当にヨイショし終えて。
「しかし、どうしたんだ。その頭?」
適当に会話を広げて、2人して歩き出した。
「これはだな―――」
と、横でやいのやいの言うフィリスをかわしながら次の手を考えていた。
フィリスにはまず、この鬱陶しい深緑の除草をお願いしている。
彼女には酸性雨:『腐食の雨』を降らせている。
気候魔法はフィリスの専売。
この魔法そのものが固有。
彼女がグリーンウッドの天鎮の巫女という側面から考えて当然と言えば当然だが。
気候操作というなんとも抽象的な魔法だが。
極めれば、実に多彩である。
風魔法のような暴風、竜巻を巻き起こせるし。
雷魔法のような落雷も落とせる。
熱波、寒波、乾燥、腐食、豪雨や濃霧さえ生み出せる。
何より範囲が広い。
ただし、余りにも魔力の消費コストが重い。
フィリスはマリアのような莫大な魔力はない。
何度も連発は出来ない。
ガリアでの親善試合では、日を跨いだ試合と言う事もあった為、魔力の回復は出来ていた。しかし、今回はそういう訳にもいかん。
―――と、頭の片隅でそんな事を考えながら。
草木を掻き分ける。
「まず、俺のパーティーメンバーと合流したいところだが……」
「私だって合流を優先したいぞ!」
「そりゃそうだ」
すると――フィリスが足を止める。
「おい! またここに戻って来たぞ天内!」
「……のようだな」
先程、目印としてバツ印を付けた樹木が眼に入った。俺とフィリスは何度も同じ場所をグルグル周っているようなのだ。
「一旦、動くのを止めた方が良さそうだ」
と、フィリスに提案する。
「もう時間がないのではないか?」
「時間はない。だが……戻るにしろ、先に進むにしろ……」
目の前の岩盤が崩れると、先程まであった道を塞ぎ、樹木が生える。すると新しい道を作った。
「そ……うだな」
フィリスもダンジョンが改変されていく様を見て納得した。
「とりあえずこの樹海を何とかしないといけない」
「確かになぁ」
「フィリスこそなんかないの? アイデア募集中なんだけど」
「私より、策を立てるのは天内の方が得意だろう?」
「「う~ん」」と、2人して腕を組んで頭を傾けた。
「まぁ、とりあえずお前の雨で除草されるまで待つか」
「うむ。そうだな。それがいい。そう言えば、腹が減ると思ってな。スイーツを持って来たんだ。食うか?」
「ちなみに何?」
「ぬがー……最近見つけたのだ。どうだ?」
フィリスは、砂糖まみれのソフトキャンディーを取り出し、口の中に放り込んだ。
恐らく激甘。
甘すぎて気分の悪くなるやつだ。
「……いや、いい。やめとく」
「そうか? うまいぞ? ほら! いいから食え!」
「おい! やめろって」
フィリスが、ずいっと身を乗り出すと俺の口に無理矢理、『砂糖の塊』を押し付けてきた。
「照れるなよ!」
・
・
・
/3人称視点/
と、そんな事をしている天内とフィリスは蚊帳の外。
ダンジョンは、異なる意図が複雑に交錯していた。
まつりの出現させた樹海。
マリアと千秋が織り成した豪雪。
TDR13騎士が仕掛けた毒ガス。
それらが、すべてを侵食し、すべてを足止めする。追い打ちをかけるように、フィリスの雨が加わった。酸性雨が降り注ぎ、ダンジョンはまるで魔窟のような様相を呈し、どの陣営も簡単に動けなくなっていたのだ。
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だが、その混沌としたダンジョン内部とは裏腹に、ダンジョン外部の学園ではお祭り騒ぎであった。
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『学園のスポンサーの意向』という事でタイムアタック戦に参加・所持を許されなかった聖剣:プルガシオン。彼女は人型になり、年越し蕎麦を啜りながら、タイムアタック戦を眺める。
映像に映るのは―――
風音が女生徒を担いで出口に向かう光景。
放送部らしき生徒が『これぞ友情・努力・勝利!』と、盛り上げると観客から歓声が響いた。
「珍妙な事になっているではないか……」
プルガシオンは、その光景が自分が伝え聞いていた内容とはまったく違っていることに、興味深げに目を細めた。
そんなプルガシオンの背後から、ひとつの影が静かに迫る。
「……」
暗闇の中。
ユラは『聖女』にしか扱えぬ『均衡の聖杖』を握りしめ無言でその背を見つめていた。
ニタニタと笑みを浮かべながら―――
深淵の魔術師の計略。
規格外の兵装:聖剣と担い手の風音。
彼らを一時的に引き離し、強力な固有武装である聖剣を手中に収める事。それが深淵の魔術師の目的。
間もなく―――
タイムアタック戦という名の仕組まれた舞台は終わりを告げる。
聖剣の消失という結末をもって幕を下ろした。




