名も無き人々の反撃
/3人称視点/
1000年前に始まった深淵の魔術師の謀略――。
歴史は数世紀を掛けて、ゆっくりと深淵の魔術師によって巧妙に改ざんされていく。
極光を信仰する者たちは追放され、迫害され、抵抗の象徴である『極光』の名は禁忌とされた。数百年に渡る弾圧の中で、歴史書は焚書にされ、魔人や終末の騎士を語り継ぐ者の多くが殺されていく事となった。
世界は歪んだ支配構造に支配されていく。
人よりも膂力の勝る獣人は差別され迫害された。
人よりも僅かに長命のエルフは衰退させられた。
歴史や文化、種族にまで影響を及ぼした陰謀。
終末に対する抵抗勢力の力を徐々に削ぐ暗躍。
その土台を下に新たな魔人が台頭する。
魔に与する者は、見返りに地位と栄誉、莫大の財が与えられた。支配者層は極光の勢力から、次第に魔の勢力に浸食されていく。
だが、どれほど『深淵』が策略を巡らせても、希望や抵抗の象徴である『極光の騎士』の名を歴史から完全に消し去ることはできなかった。
支配者によって歴史を捏造されようとも。
例え笑い話として流されながらも。
それは寓話として。
あるいは、おとぎ話として。
名も無き者たちが、命を賭けて、その記憶を次代へと繋いでいったのだ。
マリアの家系。
システリッサの家系。
イノリの家系。
フィリスの家系。
彼らの血筋もまた、か細いながらも歴史を紡いだ。
極光を呼び寄せる『依り代』は、名も無き人々が『過去から現在』に繋ぎ続けた想いの結晶。
多くの人の願いが、彼をこの世界に繋ぎとめた。
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フランが翡翠と雲雀にお茶を出す。
彼女らは机を挟んで腰を掛けていた。
「それで? 話って何?」
雲雀はティーカップに手を伸ばした。
「おかしいのです?」
翡翠はガリアに現れた謎の剣兵、トウキョウに現れた弓兵が脳裏に過っていた。
「うん?」
翡翠は、古の衣装を纏った弓矢の騎士に遭遇したのだ。
組織の鑑定士に騎士の遺留品を鑑定させた結果―――
「これらは博物館に展示されていてもおかしくない代物です」
「この古ぼけたものがかしら?」
雲雀は遺留品の布の切れ端を摘まんだ。
「時代測定の結果。歴史が不確かな『暗黒時代』のものばかり。遺留品に刻まれた紋章は文献に残っていません」
「要領を得ないわね。私は貴方ほど賢くないの。結論から言って頂戴」
雲雀は、回りくどい翡翠に少しだけ苛立つ。
「私は、終末の騎士の他に、未だに明確な脅威が残っている……と思うのです」
「脅威? ボルカー以上の存在が居るとでも?」
雲雀は怪訝な顔をする。
翡翠は雲雀の言葉に返答出来なかった。
「……これはあくまで持論です」
「また長くなりそうね……いいわ。聞かせて頂戴」
翡翠は苦笑いすると。
「現在マスターは、最後の障害、終末の騎士への最終作戦を準備、アプローチ中です」
「ええ。その為にこれが必要なのだものね」
雲雀は席を立つと、近くの段ボールに詰め込まれた『きのこ』を手に取った。
翡翠は話を続ける。
「今までは、マスターの叡智頼りで活動をしてきました。そして、多くの作戦は成功した」
「そうね。それで?」
「マスターの叡智と先読みがなければ多大な犠牲を払っていたでしょう」
雲雀は頷くと。
「それはそうだわ。人類の敵が、先に動いて居れば、確実に後手に回っていた。死傷者は想像を超えるモノになったでしょう。今の10倍、いいえ。100倍……それ以上あってもおかしくない」
翡翠は、机の上の遺留品に目を落とす。
「そうです。しかし、もし、マスターが感知出来ていない脅威が、現存するのならば。マスターがご健在の内に先手を打たなければ―――」
雲雀はゴクリと喉を鳴らすと一言。
「なによ?」
「何もかもが終わる予感があります」
それは翡翠の直感めいたものであった。
そんな2人の会話に割って入るようにフランが口を開いた。
「脅威だと考えられるのは召喚士ですわ」
「召喚士……か」
雲雀は復唱した。
「ご主人様……アマチさんが以前、気に掛けていました。これらを身に纏っていた死体。その中身は『アルターグリフ』。ガリアとトウキョウに現れた個体と同じ、分裂する魔物ですわ」
眉を寄せる翡翠はフランに目線を移す。
「……やはり、フラン殿はご存じなのですか?」
「魔物に関しては、詳しいかと」
「フラン殿はどう考える? 私は、マスターが感知出来ていない恐るべき脅威が潜んでいると考えています」
「わかりません。しかし……これほどの担い手たる屍にアルターグリフのような魔物を宿し使役する術者は、間違いなく危険でしょう」
「ですか……」
「勿論、我が父にして母。ご主人様である天内さんの敵ではありませんが! どのような術者も木っ端でしかありませんわ! ご主人様の威光の前では何人たりとも雑魚でしかありません」
フランは胸を張り、鼻高々であった。
翡翠は唖然とし、少しだけ笑みを浮かべる。
「そうですね……ええ。そうです。マスターに掛かれば、我らが苦戦する敵など造作もない」
フランは自信満々に。
「当たり前ですわ。最強! 無敵! 不敗! それが我が父上にして母上であるご主人様。終末すら何度も踏破しているご主人様であれば、きっとこう言いますわ。『俺にかかれば、ちょちょいのちょい』とね」
翡翠は目を閉じて頷いた。
「マスターの延命策と並行して、目に見えぬ脅威。これはマスターの助力を借りねばならないでしょう。敵の全貌、召喚士の情報を集めねばなりません。マスターに相談しましょう。お時間を割いて頂きますか」
翡翠の洞察力は、天内よりも先に深淵の魔術師の脅威に勘付いた瞬間でもあった。




