決戦術式『奈落』
/3人称視点/
深層ダンジョンに転移させられた者が居る一方。
それはダンジョンの外であった。
両目を潰されたフィリスの首が、無惨にも群衆に投げ込まれる。
それはこれから行われる虐殺の合図。
青白い顔をした無数の亡霊が、無防備な市民を切り裂き、その血で地面を赤く染めていく。伝説的英雄達の屍は、無慈悲に生者を踏みにじる。
その力は圧倒的であった。
現代兵器は一切通用せず、魔術師と騎士たちの攻撃も、目の前で瞬時に無力化されていった。
深淵の魔術師の配下である追憶の亡霊たち。
同じ顔をし、同じ能力を持つ彼らの数は数百に及ぶ。
各個が一騎当千の伝説的戦士達。
彼らの群れが、戦場を血と肉で塗り替えた。
剣兵アレックスが操る剣筋は、まるでの雷鳴の如き速さで繰り出される。皮膚を剥ぎ取り、首を切り落とす、胴体を、腕を輪切りにする。武の極地から放たれる剣閃は斬撃の嵐のようであった。
騎兵アラゴンの炎をまき散らす戦車は、止め処なく走り、燃え盛る火炎の中に女も子供も、無差別に引き潰していった。大地そのものが燃え上がり、逃げ惑う人々は次々と焼き尽くされていく。焼けた皮膚が焦げ臭く漂い、苦しむ者たちの呻き声が空を覆う。
盾兵イガリの操る巨大な大楯は、あらゆる攻撃を反射し、無力化する。その圧倒的な力で、相手を押し、潰される者たちは、内臓を吐き出して絶命した。
弓兵フィリオが放つ矢は、空中を旋回し、群衆の中に着弾すると、そこにいた者たちは、まるで肉が引き裂かれたように跡形もなく消え去る。
槍兵ムジナの放つ刺突は的確に人体に開いた急所の穴を貫く。目、耳、口、鼻、膣、肛門。串刺しにされていく。
彼らは、ただ殺して、殺して、殺し尽くす。
フランの身体には無数の矢が突き刺さり、両腕は雑巾を絞ったように捻じ曲がり、腹部は無惨に串刺しになった。彼女の身体中の強固な皮膚は、はく製のように無慈悲に剥がされている。剥がれた皮膚の先にある筋繊維の隙間には、容赦なく刺突が撃ち込まれていた。
10人の剣兵アレックスと10人のムジナによる一方的な蹂躙が行われたのだ。
「ここまでか……」
フランの顔の皮膚は無惨に剥がされ、その顔はどこまでも無表情に、最後に命の終わりを迎えた。
――― 極光が輝いた ―――
深淵の魔術師は、その目に宿す魔眼を開いた。
その眼は、あらゆる異能を完璧に模倣する。
それでさえ……
「……」
解析できない。
意味すらも読み解けない。
極光の力は、最後まで理解出来なかった。
あらゆる異能に該当しないそれは模倣する事など出来ない。
極光の光は星を燃やすかのような鮮烈な光を描く。光の奔流が巻き起こると、闇を切り裂いて行った。
英傑たちでさえ、その速さに追いつくことすら叶わない。
戦場を縫うように駆け巡る閃光は、触れたモノを一刀に伏せる。
深淵の魔術師に突っ込んでくる光の矢―――
それはまるで、星屑が降り注ぐかのように、光を放ちながら魔術師に迫る。
極光は星屑のように身体中が崩壊している。肉体の輪郭のみでその大部分は青と白の眩い光。間もなく命の灯が尽きる。
にも関わらず―――
唯一残る青く光る極光の右目と深淵の目が合った。
魔術師は後ずさる。
「最大の障害……お前は! 何度! 私の邪魔をする!? ここで! 消え去れ! 私の絶望!」
深淵の魔術師が咆哮し、奈落の孔が目の前に現れる。
深淵が開かれた。
最大出力の召喚術と時空間魔法。
現世に一時的に深淵に繋がる穴を穿つ召喚術。
時空間魔法で穴を開けたまま時間を一時的に固定した。
それは、ある術式のレプリカ。
決戦術式 ―― 奈落 ――
現世に顕現出来ない魔物の群れが、地獄から這い出ようとする亡者のように我先に出てこようと穴に手をかける。
奈落の向こう側から……
深淵の獣が溢れ出そうと――――
「「終わりだ……」」
深淵の魔術師と極光の騎士が同時に呟いた瞬間。
突然視界が闇に包まれた―――
・
・
・
―――未来を視た。
この先起こり得る光景が脳裏に焼き付いた。
それは、相打ちの未来。
虐殺を繰り広げた末に、二人の力が拮抗し、相打ちとなる結末。
深淵の魔術師は、ゆっくりと目を見開く。
「……直接対峙したならば、相打ち……ならば、極光の死後、動けばいい。貴様には時間がないのだろう? ただ虐殺が後になっただけの話だ」
深淵の魔術師は、極光が完全に朽ちた後。
フィーニスを顕現させる計画を練る。




